017:レイナと試練の洞窟⑥ マリアの場合
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佐々木清十郎忠敬
Lv:142
体力:90,000/90,000
気力:18,000/18,000
魔力:5,400/5,400
攻撃力:760
防御力:1000
素早さ:250
賢さ:120
運:20
技能:
佐々木バスター
毒霧
称号:
魔界騎士
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「――マリア!」
「はいっ!!」
打てば響くとでも言わんばかりの掛け合いは洞窟からは隔絶された空間の中で行われた。
試練の洞窟にあった隠し通路へと一歩足を踏み入れると空気は一変する。
全身にネットリ絡み付いてくる悪意と敵意に充ち満ちた気配。
通路は十数メートルで終わりを迎え、その先は下り階段。
階段を伝い降りた先に広がっているのは、どこからどう見ても自然に出来たとは思えない石材をざっくばらんに積み重ねたのであろう幅も高さも人間用と考えるには少々大きすぎる廊下で、私たちを一番最初に出迎えたのは巨大な蜘蛛だった。
「皆さん気をつけて! レベル140の魔族で毒の攻撃を仕掛けてくるみたいです!!」
いや、巨大な蜘蛛、という表現は語弊がある。
縦と横が3メートル程といった、人間なんて成人男性であっても一囓りで体半分をもっていきそうな巨躯の蜘蛛の頭部に黒い体毛に覆われた人間の上半身がくっついた生き物で、そいつの頭は貝のように平べったく、そのくせ開けば内側に幾つもの眼球と生え揃った牙が見えるという出鱈目で悪趣味な造形。
さっき戦った肉団子モンスターもそうだったけど生理的に受け付けない類の顔かたちをしている。
私はつい最近になって使えるようになった聖女のスキル“浄眼”で敵の能力値を看破すると仲間達に要点だけを伝える。
スキル“浄眼”は神聖系に属する魔法で本来は対物となる“鑑定”とは系統を違えている。
聖女は固有の技能として使用できるけれど本来“浄眼”は高司祭や司教が使用する魔法で、かなりの高性能。
人間に化けている魔物を看破したり、スキルのランクが上がれば更に詳細な情報を引き出すことが出来るワケだけど、神聖系魔法は他の系統と違って魔術構文ではなく祈りの力で奇跡を引き起こすといったものなので、結局の所そういった職業の人達と大して違いがない。
というか私はお姉様、つまり女神アリステアの専属聖女といった立場だから使えるのだけれど、レベルが上がって覚えるのとは逆で能力値が要件を満たしたから技能を解放して貰ってる若しくは授かってるみたいな感じになる。
なのでお姉様が居なくなっちゃうと私は完全に無能の要らない子になってしまうワケです。
――その辺りの細かい事は追々に説明するとして。
私たちはこの二年間修行する中でお姉さま引率の元、実戦訓練と称して何度か国内のダンジョンに潜っている。
そこでパワーレベリングを繰り返した結果、数値上のレベルは100を超え。
更に各々が奥の手を習得するに至っていた。
するとどうなるのかと言えば、レベル200超えしたモンスターでもない限りは全員でフルボッコの無双状態になる。
まあ、だからといってレベル100を超えてる時点で超常の怪物。
人間の手に負える物ではないから気を抜けば一瞬で全滅なんて事だって普通にあるんだけどね。
ただ、後ろにお姉様が控えているなら負ける気なんて全くしないし、仮に死んでも一瞬で復活&復帰コースになるってのも理解しているから常に全力全開で技をぶっ放せるって寸法です。
「みんな、速攻かけるよ!!」
そう言って勢いよく駆け出したのは特攻隊長アリサ様。
血の気が多くてお姉様と同じくらい脳筋な彼女は「取り敢えず一発ぶん殴れば相手が強いか弱いのか分かるでしょ」が信条であるらしく、可愛らしい女子制服姿が汚れたり破れたりする危険なんてこれっぽっちも考えない勇猛さで大きく跳躍、蜘蛛型モンスターの懐に入るなり思い切り身を屈めると薙ぎ払うように飛んで来た前足の攻撃を躱し、それから体全部を使ってバネのように跳ねては敵の底部――たぶん顎なのだと思う――をアッパーカット。
――紅華魔導拳術、方喰っ!!
ズドンッ、と蜘蛛の体表に亀裂が走り、そこから炎が噴き上がる。
打撃と衝撃により大きく身を仰け反らせた蜘蛛型モンスター。
『GAAA!!』
蜘蛛の上にくっついている人型の頭部、貝が口を開けて悲鳴を上げる。
滅茶苦茶シュールな光景ね、なんて思ったのは秘密だ。
「次は私です」
アリサ様が飛び退くのと入れ違いに突っ込んできたのはシェーラ様。
極黒の長髪を尾のように靡かせて、彼女は「ひゅぅぅぅ」と呼吸らしき声を漏らすと開いた指にて空気を薙ぐ。
――源流氣術、斬指。
「しょうぅ!!」
掛け声と共に蜘蛛の足関節が綺麗に切断され、胴体が地面に落ちた。
「毒霧、来ます!」
ここで私が叫ぶ。
アリサ様の攻撃で拉げた筈の蜘蛛の顎がガチガチと音を立てたから。
敵は佐々木バスターとかいう攻撃手法も保有しているようだけど、毒霧だと言えば仲間達は一端飛び退く筈だからどういった技であったとしても関係無かろうと考えたから。
けれど佐々木某の攻撃は私の予想を大きく上回っていた。
ヴンッ!
蜘蛛の胴体にくっついていた8つの赤い目が一斉に光を灯し、次の瞬間には赤い怪光線が放たれたじゃあないか。
アリサ様の腕が根元から切れていた。
シェーラ様の腰から上と下が切り離され、真っ赤な液体が撒き散らされる。
「こんの、クソがぁ!!」
ここでブチギレたのは普段は大人しいクリスティーヌ様。
彼女はとんでもない膂力で見上げるばかりに高い天井スレスレまでジャンプすると空中で半回転、天井を蹴って一気に急降下。蜘蛛の真上から急襲する。
――桜心流氣術、重波!
ボグンッ!
直上から放たれた数百トンもの重圧。
怪物は一瞬すら耐えることができず、粉砕されながらも圧力に耐えかねて陥没した床に半ば埋もれる格好になった。
「マリアさん! 浄化の光を!」
「はいっ!」
着地したクリスティーヌ様の呼び声に答えつつ、私は手を天上に向けて掲げる。
「偉大にしていと尊き慈愛の女神アリステアよ! 蒙昧にして邪悪たる暗黒の使徒に正常なる裁きの光を注がれん事を祈り奉ります!」
――神聖魔法、浄化光!
魔法が発動した瞬間、天井から柔らかな光の柱が降り注いで床に散らばる肉片を余さず照らし出す。
『URYIIIII!!』
断末魔の悲鳴が廊下いっぱいにこだまし、さしたる時間を置かずに肉片が灰へと変わりボロボロと崩れていった。
「私たちの勝利です」
祈るように手を合わせたまま私はそっと目を閉じ宣言する。
神聖魔法が発動している時っていうのは、その種類に関係無くお姉様と素肌を触れ合わせているような、包み込まれているような暖かさと安らぎを感じるから好きだった。
余韻を残しながらも目を開けて振り返る。
褒めて欲しかったから。
お姉様は一瞬だけ物凄く残念そうな顔をしたけれどすぐに気を取り直して「皆さん頑張りましたね」と褒めてくれた。
アリサ様とシェーラ様の怪我を魔法で癒やしながら――即死魔法でもない限り秒で絶命する状況というのは実は少ない。胴体が引き千切られても何十秒かは生きているので、その時間内であれば蘇生魔法ではなく回復魔法が有効となる――不意にお姉様の表情の意味を理解する。
(あ、お姉様は自分が戦いたかったんだ……)
そう言えば過去にダンジョンに潜っていた時だって、私たちは褒めて貰おうと遮二無二突っ込んでいくばかりでお姉様の活躍の機会を奪ってばかりだったな、と。
お姉様は温厚そうに見えてその実アリサ様より血気盛んな御方。
これ絶対にストレス溜まってるよ。
思い至って申し訳ない気持ちになった私である。