016:レイナと試練の洞窟⑤ ガチ攻略勢と乙女ゲーム勢
レイナが王子たち或いは近衛騎士団長の子息たるダルシスと徒党を組んで迷う所なんて一つも無い筈の洞窟へと踏み入っていた頃。
公爵家令嬢ルナの率いる娘さん方々は物凄い勢いで道程の中程まで突き進んでいた。
「お姉様、ホントに行くんですか?」
「当たり前です。こんな美味しいイベントをみすみす取り零すなどディザーク侯爵家の名折れとさえ言えましょう」
とんでもねぇ速度で疾駆するルナお嬢様とその斜め後ろのポジションを陣取っているマリアとの会話だ。
反対側にはアリサ嬢が黙って付き従っているけれど、彼女の顔には最高潮に達している戦意がありあり窺える。
殿を駆けるシェーラは涼しい顔をしているが、彼女の前を走っているクリスティーヌは息切れしている。まだ体力的に育ちきっていないからだ。
……まあ、クリスは元々はダルシスがディザーク邸に押しかけて来たときに一緒にくっついてきたおまけというか、最初は本人的に修行する考えなんて露程も無かったワケで、なので修行期間が一番短くむしろこの短期間でよくぞここまで強くなったものだと称賛すべきところなのだけれども、そういった諸々の事情なんて実際の戦場では言い訳にもなりゃしないってのが世の世知辛さってヤツさ。
事の発端は転生者にして乙女ゲーム愛好家よりはゲーマー寄りの気質を持つ専属聖女からもたらされた情報にあった。
蒼紅(無印)では主人公がヒーロー達に囲まれ守られの格好で行って帰ってくるだけだった試練の洞窟。
けれどRPG版になると同じ場面でも性質が全く異なる。
洞窟の半ばに隠し扉があって、その先に真のダンジョンが口を開けているのだ。
そこは理不尽なまでに強力な魔物達の犇めく地獄の底。
レベル的に考えるとラスボスである筈の魔王でさえ無事に生きて返って来ることが至難の業であろうと思われる怪物達の巣窟なのである。
RPG版の通りであれば倒した敵が落とすアイテムはどれもこれもが国宝級どころか伝説級で、最奥に祀られているアイテムに至っては神話級とかいう、もう「レベルとか意味ねえんじゃね?」と思えてしまう様な代物がゴロゴロと転がっている筈だった。
この情報を過去に作成された資料から知り得ていたルナは、当然のように真ダンジョン攻略へと舵を切ったとかいう話になる。
「確かこの辺りだったかしら?」
ダンプカーも真っ青といった勢いで途中で出現したモンスターなんざ正体を確認するまでも無く撥ね飛ばし或いは拳一つで粉砕してきたルナ様は、急に足を止めると洞窟の壁へと向き直り腰を落とすと掌を押し当てる。
「ふんっ!!」
――桜心流氣術、通背掌。
マリアが普通こういうのって小さなハンマーとかでコツコツ叩いて壁の向こうが空洞になっているかどうか調べるものじゃないの?と疑問を口にするより早く鋼色髪娘は軽い調子で足裏で地面を蹴る。
ドカンッと轟音と振動があって、数メートル離れた場所の壁が呆気なく崩れた。
「スキル持ちな方であれば“空間把握”とか“地形掌握”といった技能に頼るのでしょうけれど、私そういった小賢しい術は持ち合わせておりませんの」
と、これがルナお嬢様の説明である。
スキルがなければぶん殴って壁を破壊すればいいじゃない。
まさしくルナ様式解決法。
脳筋とはこういう事なのかと肌で実感する面々である。
「通背掌は衝撃を壁の奥に伝播させる術。こういった天然の洞窟は人力で掘った穴と違って壁が固いので崩落の危険は少ないのです」
新たに口を開けた通路を尻目にルナお嬢様がドヤ顔で曰う。
「凄いですっお姉様!」と感嘆の声を出したのはアリサ嬢だけれどもマリアは「あら?」と口にする。
「でも、それだと……」
「ええ、隠し通路を塞いでいた壁は誰かが後付けで作った物。強度に差がある為に振動系の魔法や技で簡単に崩せるのです」
ここ重要テストに出ます。とでも言わんばかりのお嬢様。
まあ、少なくともマリアとクリスティーヌは彼女を師としているので間違った態度でもないのだけれど、それでも何やらモヤモヤしちゃうマリアであった。
「さあ、先に進みましょう。モタモタしていると後追いしてきた人達に美味しいところを掻っ攫われてしまいますわ」
「「「「は~い」」」」
扇動するルナに各々ちょっぴり緊張感の無い返事をして、五人は揃って隠し通路の奥へと足を掛けるのだった。
◆ ◆ ◆
――これが乙女ゲーム・ヒーローズの実力なのか……!!
などと私は戦慄していた。
いや戦闘能力が、という意味じゃなくて、顔面偏差値の高い男性達が切った張ったしている光景ってのは危険なレベルで様になるって話。
普通のご令嬢が目の当たりにした日にゃあ骨抜きのフニャフニャになってしまうに違いない。
かく言う私だって王子様の優雅な物腰と優しげな声色に中てられて腰が砕けそうになっているのだから。
イケメン恐るべし、である。
私たち四人の前に立ちはだかっていたのは3匹のコボルト。
今は全てが地面に倒れていて、現在進行形で形が崩れていっている。
コボルトというのは犬を無理矢理に人型にしたような生き物で“蒼紅”の設定上、最下級のモンスターに分類されている。
私が鑑定したところレベルも10とか20とか、そんな感じ。
同じコボルトでもマジもんのダンジョンに生息している奴らは実戦経験の差とかでもっとレベルが高いから、初心者用ダンジョンに配置される練習用の標的と考えれば、まあこんなもんかと納得できる。
「怪我は無いかい、レイナ嬢」
剣に付着した返り血を払いつつのアベル王子が私に尋ねる。
倒したモンスターは魔法で作成された疑似生物で死体が残らない仕様だから返り血だって払わなくたって放っておけば自然消滅するのだけれど。
習慣的にというか、一連の動作として身に付いているのだろう。
怪我どころか戦いに参加すらさせて貰えていない私は「はい、おかげさまで」と頷くことしか出来ない。
私たちはもうじき洞窟の半ばに到達する。
ここまで一本道で迷う要素は無かった。
顧みるに目を凝らせば判別できる距離に後続のパーティがいるのを確認できる。
クラスメート達がパーティを組み終えた頃合いで先生から諸々の説明があった。
各パーティはある程度の時間を空けて出発すること、倒したモンスターは時間を置けば復活するよう設定されていて――そもそも実際に生息している魔物そのものが放たれているわけじゃなくて魔法でソレっぽい生き物を生成して行動パターンとかを制御するプログラムで動かしているだけなので、本質的にはRPGに登場するモンスターと同義なのだ――、なので倒された標的が復活するまでの空白時間中に生徒達が素通りしちゃわないよう色々と配慮されているって話をされていた。
その上で順番決めになったのだけれど、ルナ達を除けば次点で最有力になる私たちが戦陣を切るパーティになった。
後から思うに、実力順という意味で考えればルナ達が先生の呼びかけにも応じず先走ったのは正しい判断と言えよう。
大まかな段取りが分かっていて、かつ実力があるならまどろっこしい説明なんて聞くだけ時間の無駄だしね。
ただしクラスの輪を乱しているといった点では彼女らは減点対象になるでしょうよ。
……うん、まあ、そんなもの気にしない人達っぽいけれど。
悪役令嬢ルナとその取り巻き達は先生の説明が始まるより先に凄い勢いで洞窟奥へと駆け出して以降、結構な時間が過ぎているから今の時点で相当な差が開いている筈だった。
(けど、何か忘れているような……?)
私は喉に小骨がつっかえているような妙なモヤモヤ感を覚えながら、仲間達に促されるまま足を前に出す。
一本道で迷う要素の無い初級ダンジョン“試練の洞窟”。
その中程にぽっかりと空いた脇道を発見するのは、そこからもう少しだけ進んだ先でのことだった。