015:レイナと試練の洞窟④ パーティ
――実のところを言えばルナの本音は「儂にも戦わせろ」だった。
肉団子はその防御能力から言ってマリアの放った功龍波を耐えきるだろうと期待もとい予想していて、トドメの一撃にと駆け出す算段だったのだ。
折角なので何か格好良い技で仕留めれば次の瞬間からクラスのヒーローになること請け合いで、ゆえにドキドキワクワクとタイミングを見計らっていた。なんてのが真相だったりする。
それなのにマリアの必殺技が炸裂して文字通りにモンスターを滅殺しちゃったものだからルナお嬢様としては立つ瀬がない。
(戦いたい戦いたい戦いたい戦いたい……)
そう。ルナちゃんは“戦闘したくて堪らない病”の発作に苛まれていたのだ。
狂おしいまでの戦闘欲求が腹の底から湧き上がってくるのを感じていた。
敵なるものを殺して殺して殺し尽くす。
欲を言えば死力を尽くしてもなお勝てないかも知れない相手と命を削り合う。みたいな、そんな死闘がしたくて堪らない。
かといって四人の連携攻撃で見事手合いを仕留めたお嬢様方の悦びと達成感に水を差すワケにもいかず溢れそうになる闘気を必死で抑え込むしかできないルナなのだが。
己が心境を悟らせまいと扇子を広げて口元を隠してはみるものの、ギラギラと光を放つ双眸は隠しきれない。
ついと向けた視線の先で、レイナ嬢が「ひっ?!」なんて声を上げるけれど、周囲でルナを女神様だ何だと騒ぎ立てているクラスメート達は気づきもしなかった。
◆ ◆ ◆
「――はい、それじゃあ授業を再開したいと思います。当ダンジョンは試練の洞窟といって学園が管理する区域になります。
皆さんにはダンジョンの一番奥に設置された金のメダルを取ってきて貰うワケですけれど、初級ながら魔物も放たれていますし単独での行動はお勧めしません。
仲の良い人同士でも良いですし、能力重視でメンバーを募っても構いませんが、複数名でチームを組んで侵入するのが楽でかつ効率的でしょう」
歓声に沸くドームに取り繕うような声が響く。
恐怖の肉団子モンスターが登場したせいで忘れかけていたけれど、ここは試練の洞窟で、乙女ゲームで言うところ「ヒーローの好感度を爆上げするためのイベント」の真っ最中なのです。
蒼紅(無印)のイベントなので本来であればマリアが主人公として王子様たちとパーティを組むはずなのだけれど、生憎ご本人は悪役令嬢ルナにベッタリゾッコン♡ラブなご様子。
その空いた間隙を突いて主人公の座を簒奪せんと目論むこの私レイナ・アーカムとしては、場が落ち着きを取り戻す前に動くより他に無かった。
「あ、あの、アベル殿下、宜しければ私とチームを組んで頂けないでしょうか……」
いや厚かましいのは分かっているのよ。
相手は正真正銘の王子様で、しかも婚約者のいる身。不敬罪でしょっ引かれて斬首刑に処されたって文句は言えない。
当国の礼儀作法的に目上のましてや王族に連なる人間を前に目下の人間から声を掛けるなんてのは礼儀知らずも甚だしい事だって知っている。
――令息令嬢が結婚相手を探す婚活パーティーや貴族家が家名を出して執り行う式典等に関してはこの限りじゃあないけど――。
通常は目上の人間が相手に発言の許可を与えてから地位の低い人間が口を開くっていうのが一般的なお作法で。
にもかかわらず私の方から声を掛けたのは、一つは学園内でのイベント、授業の一環であること。
学園内にあっては王侯貴族であっても建前上は学生という立場に纏められ、そこでは家の身分は無視するとされている。
つまり生徒は王族も平民も“生徒”の枠に収まっているから上下関係を持ち出すなよクソガキどもってのが学園運営側の意向なのである。
なので仮に不敬だなんだと騒ぎ出す輩がいたとしても王子様から表立って責められることは無い。
この特殊な状況を利用したお声かけなのである。
そしてもう一つの大きな要因として場の空気が挙げられる。
アベル殿下の婚約者はルナ・ベル・ディザーク侯爵家令嬢で、なので普通なら二人はこういった催し事に際して一緒に行こうとする筈なのだけれども。
現実にはルナは他の妹たち、聖女マリアを筆頭とする女の子達に囲まれてキャッキャしていて男性陣の入り込む隙間なんて1ミクロンさえ見当たらない。
アベル王子はそんな婚約者を捨てられた子犬のような目で遠巻きに見守っているといった構図ともなればこれは好機と判断したって仕方の無いこと。
「師匠! 俺もお供するぜ!」
とそこへズカズカ踏み入ってきたのはダルシス・ウォーレス君。
紅髪の剣士様はデリカシーなんて何ソレ美味しいの?とでも言わんばかりの歩調で鋼色髪のお嬢様へと詰め寄っていく。
「あ? なんだテメ。ぶち殺されたいのか!?」
するとルナお嬢様の可憐な唇から絶世の美少女然とした佇まいからは程遠い唸り声が漏れ出し、気付けばその華奢な体躯が意気揚々と歩み寄ってきた紅髪青年のすぐ後ろにあった。
「ごっ……は……?!」
バタムッ。
何が起きたのかさえ理解できないまま、青年の体が地面に倒れ伏す。
私でさえ注意深く凝視してようやっと見える程の神速で、彼女は青年の脇をすり抜ける間際に数発ぶん殴り、おまけとばかりにローキックで足をへし折っていた。
「ド阿呆ぅがっ! 貴様の如きひ弱な小童が儂の楽しみを邪魔しようなんざ百億万年早いんじゃ!!」
ゾッとする私の事なんて無視して、まるで背中に“天”一文字でも背負っているかの如き修羅の気勢を放ちつつのルナが、肩越しに地ベタを這いつくばるダルシス君を見る。
「お姉様、淑女教育」(ボソッ)
「ぁう……」
マリアが何事かを囁く。
苦虫を噛み潰したような顔を一瞬だけ見せたルナは、次に取り繕うように口調を戻す。
「あら御免あそばせ。虫の羽音があまりに鬱陶しかったもので、つい手と足が出てしまいましたわ」
それから彼女は腰に差していた扇子を引き抜くと、ばっちい物にでも触れるようにその先端でまだ倒れているダルシスの側頭部をグリグリと押す。
「一つだけ忠告して差し上げます。私の可愛い妹たちに指一本でも触れてごらんなさい。その汚らしい○○を○○ごと切り取って犬の餌にして差し上げますわよ?」
「ひぃっ!」
どうやらダルシスは彼女の取り巻き達にちょっかい掛けようとして同伴を申し出ているものとルナは解釈している様子。
いや、私の目から見ると彼の好意と興味と関心はルナお嬢様ただ一人にのみ向けられているようにしか思われないのだけれど。
あ、そうか。ルナは彼を近所の悪ガキくらいにしか思っていないのか。
そもそも異性とすら見ていないのなら恋愛対象になんてなるワケがない。
つい納得して目を元に戻す。
すると私の方を見ているアベル王子様と目が合った。
「ええと、僕を誘ってくれているのかいお嬢さん?」
「は、はい」
少し照れたような顔は超絶的な美形。
金色の髪がこれぞ白馬の王子様ってな風体を醸し出している。
私はドキリと跳ねる心臓の音を悟らせまいとして勢いよく頷いて見せた。
「さて、どうするか……」
彼は少しだけ迷うように目を彷徨わせる。
彼が視線を向けた先に誰がいるのか、見なくても分かった。
「――ですが私とて鬼ではありません。あちらにいらっしゃるご令嬢をエスコートしてご覧なさい。それが出来たなら駄犬から犬に昇格させてあげましょう」
なんて言葉が耳に入る。
何やら嫌な予感を覚えて慌てて悪役令嬢を見れば、バッチリと目が合う。
ルナは何を考えているのか、まさしく悪巧みする悪役の笑みでこちらを見ていた。
「分かった。では一緒に行こう、レイナ嬢」
すぐ近くで発せられた声に大急ぎで顔を向ける。
すると僅かに笑む王子様の整った面立ちが見えた。
「俺も行くぜ兄上」
そこへベクトルは違えど美形って部分は同じな弟君、第二王子のカイン様が割って入ってくる。
倒れ伏しているダルシス君は流れるような手際の良さでマリアから回復魔法を掛けてもらい遅ればせながら馳せ参じてくる。
気付けばアベル王子、カイン王子、ダルシス様、私の四人パーティが完成していた。
ふと他の攻略対象はどうするのかと気になって頭を巡らせるに、宰相のご子息であるヒューエル様と魔法省長のご子息になるロディアス様は二人してチームを組む様子で。
蒼紅(無印)のイベントと言いながらその内容は随分と違った物となっていることに一抹の不安を覚えた。