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014:レイナと試練の洞窟③ 肉団子モンスター、一方的に蹂躙される


 ――ゴゴゴゴゴゴ。


 試練の洞窟に設置された転移陣。ダンジョンのスタート地点とも言うべきワリと広さのある洞内は異様な空気に満たされていた。


(鈴木土下座右衛門……何よそのクソダサいネーミングは?!)


 私はゴクリと唾を飲みつつも、どこか冷静になっている部分でツッコミなど入れてみる。

 肉団子に人間らしき手足を無理矢理くっつけた挙げ句、死神かよってくらい大仰な鎌を握り絞めたモンスター鈴木土下座右衛門(すずきどげざえもん)は、見た目のグロさだけでなく恐ろしいまでの腕力をも兼ね備えているらしい。

 その証拠に、ヤツの足下に倒れ伏している同級生たちはどれも鎌の一撃で上下半身を分断させられていたり頭蓋骨から股下までを左右に割り裂かれている。

 まともなご令嬢ならびにちょっぴり気の弱い少年なら軽く失禁おもらししちゃいそうなスプラッターな光景だ。

 まあ、前世じゃあ日々のストレス発散にスナッフ映像なんぞを嗜んでいた私にはまったく通用しないけどね。

 ごめん嘘です。めっちゃ気分悪くて吐きそうです。


 そこは目を瞑るとしても。

 いくら鎌の切れ味が鋭く重量があったとしても人間の体を、骨も筋肉も一緒くたに切り裂くには相当な筋力が必要な筈。

 つまり、肉団子モンスターはレベル相応の筋力値を持っているってこと。


 そんな野獣の如き怪物へと臆した様子も無く近づいていくのは五人の令嬢たちだった。

 どこから見ても線の細い、屈強な男の腕一つで簡単に折れちゃいそうな儚げな貴族家の娘さん達は、女帝として認知されつつあるルナ嬢を筆頭に、男爵家の血筋ながら聖女だなんて肩書きを持ち、小耳に挟んだ情報だと女神教の大幹部に収まっているらしいマリア嬢、ディザーク家と親交厚いウィンベル伯爵家の出自でルナ嬢の右腕とも言われる怖いもの知らずの特攻隊長アリサ嬢。

 はたまたアルフィリア王国にあっては食料庫とも言われるシラヴァスク子爵家に生まれ文武両道に秀でているとさえ噂されているクリスティーヌ嬢。

 そして最後に極黒髪が不吉さを漂わせ、なのに気配が感じられない影のような娘さんシェーラ嬢。

 シェーラは、どうやらルナの妹であるらしい。そのワリに顔かたちも雰囲気もまるで似ていないのはどういうことかと訝ってしまう。


 そんな五人のお嬢様方。

 彼女らの向かう先には巨大な、返り血に濡れた大きな鎌を両手に構えている肉団子モンスター。

 そいつの足下には数分前まで談笑していた筈のクラスメート達が四肢やら胴体やらを切断された肉の塊として転がっている。

 学校に来ている筈なのに、血と肉、誰かの臓物が形作る血の海を眺める羽目になった私は、吐き気に苛まれていてとても彼女らのように敢然と立ち向かおうだなんて姿勢は執れなかった。


「速攻で仕留めます。宜しいですわね?」


「「「「はいっ、お姉様っ!」」」」


 ルナが仲間達に向けて言えば4人の徒弟たちが返事する。息がピッタリなところを見るに、こういった状況は一度や二度の話じゃないって事が窺い知れる。


 ……っていうか、ひょっとしてこの子たち。日常的に死と暴力が蔓延るダンジョンに潜っていたりしないでしょうね?


 そんな疑問を覚えたのも束の間、状況が動く。

 肉団子が襲い掛かってきたのだ。

 団子は手にした鎌の刃先を大きく振りかぶると迷うことなくルナの顔面目がけて振り下ろす。


 ガチィィッ!


 しかし刃は届かない。

 瞬時として肉団子の全身に黒い糸のような物が絡み付き身動きを封じたからだ。


「……源流氣術、影牢かげろう。お姉様には指一本たりとも触れさせません」


 シェーラが自慢の極黒髪を指で掻き上げ口ずさむ。

 そんな悠長にしていて良いのかしらと思う前に、肉団子の体躯のすぐ横に身を屈めたメガネっ娘、クリスティーヌ嬢が飛び込んでくる。


「お姉様の視界を遮るなど、不敬にも程があります。死んで詫びなさい」


 見るからに読書が好きそうな手弱女が低い声で曰うのと同時に両手をモンスターの体表に押しつけると足裏で大きく地面を叩いた。


 ――桜心流氣術、虎吼ここう


 ボグンッ!


 それは彼女の地面を蹴り割る音だったのか、それとも肉団子が拉げながら真横へと吹っ飛ばされる音なのか。

 レベル200にも届こうかという数値だけでみればドラゴン種にも引けを取らない筈の肉団子が指で弾かれたピンボールよろしく簡単に宙を舞いグシャリと地面に叩き付けられた。


『Uriiii……!』


 だが腐ってもレベル195なのか、団子の周囲にくっついた四肢を使って器用に起き上がる鈴木土下座右衛門。

 ヤツの反撃が行われるかと思われた矢先に、真っ赤な髪で尾を引くようにして娘さんが突っ込んでいく。


「ザコが、イキがるんじゃあねぇぇっ!!」


 ――紅華魔導拳術、鳳仙花ほうせんか


 ゴファッ!


 手合いの頭上から急襲したアリサ嬢が目にも止まらぬ早さで握り絞めた拳を連打すれば、まるでショットガンで打ち抜かれでもしたかのように団子の輪郭がボコリと陥没する。拳で抉られた穴から炎が吹き出し土下座右衛門は更に砕かれ四肢すら潰されほんのり陥没した地面の上に転がされる始末。


「マリア!」


「はいっ!」


 アリサが声を掛けつつ飛び退く。

 返事したのはそれまでルナの傍らに立っていたマリア嬢で、彼女は10メートルも離れている肉団子に向けて数歩踏み出すと腰を落とし両手で何かを抱え込むような構えを見せた。


こうぅぅぅぅ……」


 向かい合った掌の内側で青白い光が漏れ始める。


りゅうぅぅ……」


 手の中に在る光は倍々で密度を濃くし、やがて黄金色の光へと変化した。

 黄金色の光が更に更にと膨張していって、やがて臨界点に至る。


「――あぁぁぁぁぁあああっ!!!」


 そして放たれた閃光。

 美しくも恐ろしい青白い光があっという間に肉団子の体躯を丸呑みする。



「消し飛べええぇぇっ!!」


 マリアの咆吼。

 ボシュッ、と光の中で砕け散り蒸発する怪物。

 光が失われた時にはもう怪物の姿は見当たらず。

 ただソイツが持っていた巨大な鎌が、超高熱により溶かされ変形した金属塊だけが、抉れた地面の上に突き立っていた。


 戦いは、どうやら終わったらしい。


「あ、でも……」


 私は我に返って周囲を見渡す。

 そこにはモンスターに体を破壊された遺体が十数体、そのまま地面の上に在った。


「まったく、やれやれですわね」


 絶望に打ち拉がれる生き残った生徒達。

 そんな中へと進み出るのはルナ嬢。

 彼女は腰に差していた扇子を広げて口元を隠すと遺体たちの前に立ち、一度だけ振り向くと一同に向けて呼ばわった。


わたくし、こう見えて蘇生魔法は得意ですの。ですので彼らにはもう一度だけ学ぶチャンスを与えます。あなた達は今見た事を他言無用で願いますね?」


 ニッコリ、と男も女も一瞬で恋に堕としてしまう笑顔。

 その背に純白の二つ対の翼が出現した。

 鋼色だった艶髪が黄金色の光を放ち、頭上に数枚の光輪が現れる。


 大天使……。

 私は理由は分からないのに目頭が熱くなって、頬を涙が伝うのを止められない。

 彼女を中心として放たれた光が洞内を覆って、元の薄暗い空間へと戻った時にはもう、被害者だった筈の肉塊が元のクラスメート達へと戻っていた。


「奇跡だ……」

「女帝様……」

「女神の化身だって話は本当だったのか……」

「「「「うあぁぁぁああああっっ!!!」」」」


 “試練の洞窟”のスタート地点で、喝采が起きた。


「「「女神様万歳! 女神様万歳! 女神様万歳!!」」」


 なぜか万歳三唱――この世界にもそんな文化があったのかと感心してしまった私――が起きて、私は同時に恐ろしい光景を目の当たりにする。


 黄泉の国からの生還を果たした生徒達が。

 或いは奇跡の光景を見てしまった生徒達が。

 床の上にひれ伏し一様に祈るような仕草で感涙を流す様を。

 彼らの目には狂気的とも言える信仰の光が宿っていた。


 あ、これはもう駄目なヤツだ。

 と私は察した。

 当クラスは完全にルナ・ベル・ディザーク侯爵家令嬢を崇拝し、彼女のためなら喜んで命を差し出す人々の集まりになっちゃったということ。


 私は悲嘆と今すぐにでも駆け寄って抱き締めたい衝動とで鬩ぎ合う胸の内を悟られまいと、薄暗い天井を見上げていた。



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