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013:レイナと試練の洞窟② 試練? いいえ、洞窟内は地獄でした。


 昼食は学園内にある食堂で摂った。

 ルナとその取り巻き達は中庭でランチするとかで私にも声を掛けてきたけれど、あんな化け物たちと一緒じゃあ折角のご飯も味が分からない。

 そう思って先約があるからと一人席を立った後は脇目も振らず食堂に直行したという……。

 食堂で注文したのは前世日本で言うところカルボナーラに近いパスタ料理で、まだ焼き上げてから時間が経っていないのであろうぬくいパンと相性バッチリ。魔法学園に入学できた幸運を噛み締めてみたり――祖国の料理は私の口に合わなかった――である。


 で、午後の授業なのだけれど、アルファ・クラスの生徒達はリベリア先生に引率される格好で学園敷地内にある建物へと赴いた。


 この建物は先日の訓練場とは打って変わって人間が五十名も入れば窮屈さを覚えちゃうような、こぢんまりとした、それでいて外壁が妙に分厚いどちらかと言えば何かの実験施設というか有り体に言えば金庫っぽさを醸し出している四角い建物。


 正式名称が何だったかは覚えていないけれど。通称として“転移門ゲート”と呼ばれているこの建物を私は知っている。


「――皆さんはご存じではないかも知れませんけれど、当学園において“アルファ・クラス”に編入されるということは、それだけで特別な意味を持っています」


 青紫色の髪と眼鏡、それから女性用スーツの上に羽織った黒マントとトンガリ帽子&やたらと仰々しい赤い石のくっついた杖を手にリベリア先生が曰う。


「正式に公表こそしてはいませんけれど、魔導適性が高い、もしくは何らかの強力な能力スキルを保有する生徒を集めたのがアルファ・クラスであることは事実。

 その理由はと言えば、優れた資質を持つ人間は相応の責任を負うべきである。というのが学園が創設された時からの変わらない理念のためです。

 具体的には、魔王などの強力な、人類にとって脅威となり得る敵を排除したり天変地異などの災害に際して人々を救う、いわゆる人類の希望にするべく貴方達を教育すること。

 基礎レベルが高い者を集めた方が効率よく能力を伸ばすことができるとの考えからアルファ・クラスは編成されているのです」


 先生は朗々と謳うように言葉を紡ぐ。


(――ああ、このイベントか)


 私は知っている。

 これは入学式を経て次に始まるイベント。

 “試練の洞窟”だ。


 転移門ゲートから一気に洞窟へと送り込まれた生徒達はその攻略を指示されて一番奥に設置されたメダルだかガラス玉だかを取りに行くって流れになる。二年生になっても同じようなイベントはあるけれどそこは割愛。

 “蒼紅”は乙女ゲームで、つまり主人公マリアの動きとしてはここで攻略対象達とパーティを組むって話なのだけれど。


 まあ、要するに各キャラの特性とか性格とかを知るためのチュートリアル的なシナリオなのよね。

 出現するモンスターは初心者向けのザコだけ。

 その上で私の魔法能力は既に乙女ゲームからは逸脱したレベルなので舐めプレイで全然大丈夫。

 むしろ私の優位性を誇示するのと同時に上手く立ち回る事で主人公マリアの役どころを丸っと奪い取る事ができる筈だった。


(で、マリアは、と。……う~ん、やっぱりあの子、悪役令嬢を攻略しようとしてるわね)


 チラリと様子を窺えば、本来の主人公である筈のマリア・テンプルは悪役令嬢ルナとスキンシップ増し増しでイチャイチャしている。

 べ、別に羨ましくなんて無いんだからねっ!


 気を取り直してリベリア先生へと目を向けた。


「――というワケで、今日は皆さんにダンジョンに潜って貰おうと思います」


「「「ええぇっ?!」」」


「ああ、安心して下さい。ダンジョンと言いながら学園側で管理している初心者用の洞窟で、配置されているモンスターも実在する物と比べてずっと弱く設定されていますから。

 まずはそこで魔法を実戦で使用するにあたっての勘を掴んで貰います」


 アルファ・クラスというのは、とどのつまりが将来の英雄を育成するためのスーパーエリートソルジャー養成所である。

 そうすると、他のクラスでは経験させて貰えないような国や学園の管理下にあるダンジョン等に経験積みと称して入るイベントが発生する。

 教職員の中ではある程度の日程は決まっているだろうけど私たち生徒には何も通知されない、つまり突発的なイベント開始になる。


 何が言いたいのかと言えば、私やマリアといった転生者組、ぶっちゃけ“蒼紅”プレイヤーにとっては楽勝って事。

 洞窟の構造だって分かっているし、レベル的にも安心安全なお手軽簡単クエストなのである。


「では足下に見えている転移陣サークルのラインからはみ出さないよう気をつけて下さいね」


 先生が言ってから詠唱を始める。

 生徒達はまだ実感が湧かないのか緊張感もない様子でクラスメイトと談笑半分。

 かく言う私だって攻略対象である王子様を初めとした美形男子達にどういったアプローチを仕掛けようかなんて事に頭を悩ませている。

 だって乙女ゲームなんだし。恋愛脳全開ってのが正しい乙女の在り方なんだろうし。


「――《転移メタスターシス》」


 転移陣が既に構築されている状態なのだから後は必要量の魔力と起動キーとなるごく短い詠唱があれば術式は発動する。

 床面に描かれた魔方陣サークルから淡い光が溢れ出し、それは秒ごとに光度を増していく。

 やがて視界が薄緑色の光で覆い尽くされたかと思えば、唐突に光は失われ、周囲の風景が全く違った物になっていた。


「さ、到着です。皆さんは洞窟の一番奥まで進んでいって、証となる金のメダルを取ってきて下さい。何人かでグループになっても良いし単独で進んでも構いません。途中に配置されたモンスターは魔法で倒すのも良し、逃げて戦いを回避するのも良し。要は如何にして目的を達成するかといった話なのですから。――さあ、いってらっしゃい」


 クラス全員を転移させたリベリア先生は一仕事終わったぜとでも言わんばかりのやり遂げた感を滲ませながら声に出す。

 周囲を見回すに壁は剥き出しの岩面。

 薄暗さは感じるものの全く視界が遮られていないのは、きっと壁面そのものに発光の魔法が練り込まれているから。

 私は最初の一歩として位置を確認していた金髪王子様へと駆け寄って声を掛ける。


「あの、アベル殿下! 私と――」


 気配に振り向く王子様。

 私の言葉はざわめきの中、それでも彼の耳に届いている筈だった。



 ――バスンッ。


「ぎゃあぁっ!?」


 何か包丁を肉の塊に叩き付けるような鈍い音と、誰かの悲鳴が洞内にこだまする。

 背筋にゾワリとした物を感じつつも振り向いた私。

 そんな私たちの視界の奥で。或いは描かれた転移陣から一歩足を踏み出した先で。

 上半身と下半身を分断されたクラスメイトが血肉を撒き散らし床に転がっている。

 更にその向こうに異形を見つけた。


「なに……あれ……?」


 誰かの、或いは私自身の唇から漏れた呟き。

 信じられない形を見てしまった。

 それは丸い球状の肉塊に人間らしき手足をくっつけた、その真ん中にて一つきりの眼が見開かれたどの魔物図鑑でも見たことの無い怪物。

 怪物は手に巨大な鎌を持っていて、それで男子生徒は体を真っ二つにされていた。


「嘘……なんであんな物が……?!」


 声に弾かれ目を向ければリベリア先生が真っ青な顔でガタガタ震えている。

 彼女は少なくともアレが何なのかを知っている様子。

 私はもう一度肉団子モンスターへと目を遣る。

 鑑定魔法を発動させた。


*****


 鈴木土下座右衛門すずきどげざえもん


 Lv:195

 体力:124,000/124,000

 気力:22,000/22,000

 魔力:14,000/14,000

 攻撃力:1,800

 防御力:540

 素早さ:200

 賢さ:30

 運:5


技能:

 土下座右衛門スラッシュ

 眼から死ね死ね光線

 口から臭い息


称号:

 魔界男爵

 千人喰らい

 


****


 ツッコミ要素てんこもり。

 私は一瞬ほど呆気にとられる。

 過去に実家の近くにあったダンジョンに潜ってモンスターを鑑定したことがある。

 なので統率、武力、知略、政治、魅力といった人間に対して鑑定した際に表される項目とは別種の、それこそRPGにありがちな能力値の表記になっているって事は知っていた。

 けれど問題はそこじゃない。

 レベル195って何?

 体力12万超えって何?!

 ドラゴン種だって2万かそこそこに強くても5万ちょっとだというのに。


 いやいやそうじゃない。

 本当に問題なのは魔界男爵ってところ。

 つまりコイツは何らかの方法でこの世界に顕現した魔族だって話になる。


 魔族は、この世界にいるモンスターとは根本的に違う。

 通常のモンスターというのは怒りや恨みといった負の感情、マイナスベクトルの氣が凝り固まって物質化、これを核に動植物に取り憑いたり、死体から養分を吸い上げ自ら肉体を生成する事で魔物として顕現する。


 一方で魔族というのはこことは違う世界、いわゆる魔界から次元の壁を通り抜けてこの世界に出現するものだと何かの魔導書に書かれてあったように思う。

 能力的に言えば、魔族は異次元的にべらぼーに強いのだとも。


 そんな魔族がどうして魔法学園管理下にある初心者ダンジョンを彷徨いているのか。

 少なくとも乙女ゲームの最初期イベントで出くわすような相手では絶対にない。


「グホバァァァ!!!」


「うぐっ?!」


 肉団子の真ん中、眼球のすぐ下に切れ目が走ったかと思えば巨大な口になる。

 牙の生え並んだ大口から放たれたのは凄まじい咆吼と、意識が飛ぶほどの悪臭。

 随分と距離がある筈なのに臭いは私のところまで届いて嘔吐感を覚えて膝を付く。

 ぐわんぐわんと揺らぐ視界。それでも目を上げれば私より前にいた生徒達がバタバタと倒れ伏していく様子が見えた。


「……不愉快だわ」


 そんな中で私は声を聞く。

 鋼色の艶髪を靡かせ、広げた扇子で口元を覆い隠す凜として美しい少女。

 ルナ・ベル・ディザーク侯爵家令嬢。

 もしくは乙女ゲームの悪役令嬢ルナ。

 そんな彼女が颯爽と進み出る。

 彼女の後ろに付き従うのは4人のご令嬢達。


 こういった場合にいち早く飛び出していくのって王子様たちでは?

 そう思って肩越しに顧みれば、男どもは各々苦悶の表情を浮かべ地面に蹲っていた。



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