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012:レイナと試練の洞窟① クラス内談義


 レイナ・アーカム子爵家令嬢。即ち私は陰鬱な面持ちでアルファ・クラスの教室までやって来て、溜息一つと共に着席する。

 日本の学校とは違って誰がどの机を使うなんて決まりは無いけれど、学園生活が始まって一週間もすればそろそろ顔なじみのグループというものができてきて、先生がやってくるまでの時間を世間話に費やすなんて光景もチラホラ見かけるようになる。


 まだかのご令嬢(・・・・・)の姿は無く、そのせいか教室内の空気は穏やかに感じられた。


「おい見たかトーマス!」


「なんだい藪から棒に」


 ふと声につられて目を向ければ二人の男子生徒が段々になった机の上側下側で談笑しているのが見える。彼らは確かトーマス・ナンダッテー男爵令息とパーシー・エムアール男爵令息。

 パーシー君はひょろっとした体型で金髪。

 トーマス君はふくよかな体型かつパンパンに腫れたような、一言で言い表すならあんパンに顔をくっつけたような顔かたちをした好青年(?)だ。

 二人は静かな教室にほんのり響く程度の音量で囁き合っている。


「探偵メリッサだよ。今日の朝一で最新話が公開になってたんだぜ」


「な、なんだって!? そいつは大変だ。帰りに見に行かなきゃ!」


「俺も行く。朝の忙しい時間帯だったから前半部分見逃してんだ」


「おう。ファングラブの会誌にも載せないとだから今夜は徹夜だな」


もちろんさ。ルナ様は絶好調に可愛かったぞ!」


「……ルナ様と同じクラスになったこの幸運よ!」


「ああ。生きてて良かったって、今更ながらに感動しているよ」


「「ルナ様万歳っ!!」」


 ん~? 私は思わず顔を顰めてしまう。

 なんだこのキモい男達ヤローどもは? 怪しい新興宗教にでも洗脳されてしまったのかしら。

 私はげんなり(・・・・)としながら、けれど彼らの会話内容を精査する。


 探偵メリッサとはなんだろう?

 ウチの専属メイド(ミリン)はそれらしい事なんて何も言ってなかったように思うのだけれども……。


「おいお前ら、俺の師匠が何だって?」


 と、そこへやって来たのは紅髪が気性の荒さを言い表しているのかと疑いたくなっちゃう不良学生ヤンキーもといダルシス君だ。

 蒼紅(無印)の設定がそのままなら確か近衛騎士団の騎士団長ベレイ・ウォーレス子爵の息子さんだったはず。

 あんな見るからに粗野そうな青年でも子爵家の家督を継げるのかしらと他人事ながら心配してしまう今日この頃。

 というか、彼は「師匠」と言った。掛かっている言葉は悪役令嬢ルナだろう。

 ということは、この世界では彼はルナの弟子になっているということ。

 確かに昨日見せられた魔法の才能を思えばあり得る話ではあるのだけれども、ここでちょっと引っ掛かった。

 確かダルシスは炎系魔法が得意なキャラではあるけど魔法そのものは大した事がなくて前衛に特化したような戦闘スタイルだったと記憶しているのだけれども……。


「ああ、ダルシス氏。ルナ様の弟子を自称していながら彼女のご職業については無知なんですかぁ? よくそれで弟子などと曰えますなぁ」


「アァ??」


 得意げというか嫌味モリモリで喧嘩を売るトーマス君。

 ブチギレ三秒前といった調子のダルシス君。

 どうやら現実の彼は乙女ゲームよりも随分と攻撃的で沸点が低いらしい。

 今にも胸ぐらを掴みそうな勢いのダルシスなんてお構いなしにトーマスが喋る。


「ルナ様は歌って踊れて演技も完璧にこなす天才的美少女なのですぞ。少なくとも平民で彼女を知らない人間なんて居ないし、今ご出演なさっておられる微笑探偵メリッサでは主役を演じ、もはや国民的女優と呼ぶに相応しい御方。我々とてファンクラブの一員なのです!」


 如何にルナが素晴らしいのかを滾々と説明するトーマス。

 うん。どう考えてもキモいです。

 ドヤ顔で曰う小太りあんパン顔にダルシスが「チッ」なんて舌打ちする。

 ダルシスは喧嘩っ早いとするならトーマスは空気が読めない人といったところか。

 私はああいう人達とはお近づきになりたくないなぁ、なんて顔を顰めるばかり。



 ――ギィ、コツ、コツ、コツ。


 と、そんな和やかムードだった教室が或る瞬間を境に凍り付きしんと静まり返る。

 静寂の中にこだまする靴音は、やたらと存在感を主張していた。


「皆様、ご機嫌よう」


 そこへ放たれたのは透明感のある鈴を鳴らしたような音色。

 誰も彼もが無視できず、固唾を飲む。

 恐ろしい女。

 私は心底から恐ろしいと思っている。


 昨日は本当なら私の魔導の技術を居合わせた全員に見せつけ一目置かれる存在になる手はずだった。

 そうすればルナの懐に入ったところで取り巻き達の中でも重用されるだろうし、裏で動くことも容易だったに違いない。

 それなのにルナは私が保有する技術さえ簡単に凌駕して見せ、今では彼女を無視できる人間なんて一人として存在しない有り様だ。


 まさか、彼女は私の目論見なんて最初から分かった上で、潰しに掛かっているんじゃないのか。

 私が心の底から屈服し跪くよう仕向けているんじゃないとさえ考えてしまう。


 ああ、クソッ。なんて忌々しい女なのかしら!


「レイナさん、ご機嫌よう」


「ご、ごきげんようルナさん」


 そんな鋼色髪娘が私の着席する机の列で足を止め、こちらに挨拶する。

 物腰はあくまで優雅。

 なのに凄まじい圧迫感が私を押し潰そうと迫ってくる。

 身震いしながら返事すると、彼女はやはりすぐ隣までやってきて腰を落ち着けた。


「今日もお隣で勉強させて下さいね?」


「は、……はぃ」


 まさしく地獄の始まり。

 魔力は無尽蔵。技術だって見上げなきゃいけないほどの高みにある彼女が、私に可憐極まる笑みを手向けている。

 恐ろしい。本当に恐ろしい女。


「…………」


 ふと視線に勘付いて目を上げれば、いつから居たのかルナの向こうからこちらを見てくる取り巻き達を見つける。

 彼女らもルナと一緒に教室へと足を踏み入れていた筈なのに、ルナの存在感が大きすぎて霞んでしまう。


 瑠璃色髪の蒼紅(無印)主人公マリアを筆頭に。

 紅髪のアリサ、黒グレー髪のクリスティーヌ、それから存在感が希薄でミステリアスな空気を纏っているシェーラ。

 シェーラに関しては昨日帰ってからメイドに調べさせたけれど、どうやら数年前にルナの家の養子になっている、つまり義妹いもうとといった関係性らしい。


 この四人がルナの取り巻きだと確信する。

 そう言えば蒼紅(無印)では攻略対象だったダルシスはルナを指して師匠なんて呼ばわっていた。

 なのに彼は少し離れた場所に位置取りしている。

 師弟ではあってもプライベートではそれほど近しい関係じゃないのかも。

 婚約者でかつ第一王子のアベル君も距離的にはダルシスとそう変わらない位置に居る。

 ……だとするならやっぱり無印の攻略対象だった彼らを籠絡することこそがルナを屈服させるための手段になり得るのでは?

 なんて思う私であった。



 これは余談なのだけれど、私は鑑定魔法が使える。

 鑑定魔法というのは物体に対して行うもので、これを人や動物、魔物といった生き物に行う場合はかなり精度が落ちる。

 聖職者が使用する神聖魔法に“浄眼”というのがあるけれど、私の場合、覚醒イベントで聖属性が使えるようになるまでは使用できない。

 浄眼は他人のステータスを覗き見るだけじゃなく、例えば人間に化けている魔物に対して使用すれば正体を看破する事ができたりする。


 それで何が言いたいのかと言えば。

 私は既に彼女らに対して鑑定魔法を使用しているのだ。

 その結果分かったことは驚くべき事実だった。


 うん、つまりルナの取り巻きたちは、平均レベルが100を余裕で超えているって話。

 ルナに至っては“閲覧不可”なんて表示が見えただけだった。


 鑑定妨害のスキルは存在するし過去にランクの高い冒険者や魔導士で絶えず発動させている人にも会ったことがあるけれど、鑑定を阻害されている場合にはステータスウィンドウにノイズが走ったようになって文字化けしているからすぐに分かる。

 だから“鑑定不可”なんて表示が出てくるルナは、その時点で異常なのだ。


「くっ……」


 すぐ隣から放たれている圧迫感にてられて自然と吹き出す汗。

 蛇に睨まれたカエルさんと化した私は恐怖と緊張を気取られないよう必死で平静を装い教科書を開いたものである。


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