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007:魔法とは③ レイナは気付く


 寮から歩いて学園に辿り着いた私は、歩幅を変えることもなくアルファ・クラスの教室までやって来た。


(……まだ、来てないわね)


 扇状になっている教室内を一巡見回して確認する。

 私が待ち構えているのはやはりルナ・ベル・ディザーク悪役・・令嬢であり、彼女に取り入り利用して追い負かす策謀をどの様に仕掛けようかと虎視眈々、本音じゃあ戦々恐々としていた。


「おや、君はレイナ嬢じゃあないか」


 標的はまだかと全集中していた私は、不意に横合いから掛けられた声にビクリと肩を震わせる。

 顔の全部でそちらを向けば、金髪美形の王子様、アベル殿下が机の向こう、階段状になったスロープからこちらを窺っている。


「は、はい、アベル王子殿下!」


 思わず声が裏返る。

 いや、だってホラ、すっげーイケメンから優しく微笑みかけられた日ひゃあ普通の女なら心臓バックンバックン言っちゃうものじゃない。

 彼は困ったようにはにかむと「王子殿下は止めて欲しいな」と言った。


「先日も言われたように学園内では身分とか出自とか、そういったものは気にしなくて良い。僕のことはアベルと呼んでくれて構わないよ」


「そ、そんな畏れ多い」


「そうやって畏まられた方が返ってこっちも気を遣ってしまうというものだ」


 そこへアッシュグレー髪が眩しいカイン第二王子殿下が言葉を差し挟む。

 ぶっきらぼうな口調ながら、相手に対する気遣いというか優しさ繊細さが滲み出ている。

 あれ? けれどカイン王子って“蒼紅”だと確か俺様系だった筈なんだけど……。


「ん? 俺の顔に何か付いているのか?」


「い、いえ」


 ついガン見しているとカイン王子が怪訝そうな顔する。

 同じ顔が次の瞬間にパッと横を向いたかと思えばキリッと引き締められた。


「ご機嫌よう、皆さん」


 シャラン、シャランと鈴を鳴らすような優雅さと共に教室に入ってきた輪郭は三つ。

 それまでザワめいていた教室内が急に水を打ったように静まり返って、入れ替わるように小さな靴音が響く。

 音の出所を求めて目を上げれば、銀色の艶髪を見つける。


(来た……!)


 ルナ・ベル・ディザーク侯爵家令嬢。

 或いは悪役令嬢。

 “蒼紅”の設定からは明らかに乖離した悪役令嬢が、コツリ、コツリと靴音を鳴らし近づいて来る。

 彼女の両脇に侍るのは一人は瑠璃色髪の無印主人公、マリア・テンプル。

 男爵家の娘で下位に位置する家柄ではあるけれど、神聖系魔法が使えるおかげで聖女の肩書きを持ち、だから高位貴族家であってもおいそれと命令などはできない。

 反対側に居る紅髪の少女は悪役令嬢の取り巻きの一人、アリサ・ウィンベル伯爵家令嬢。だったかしら?


 私、蒼紅シリーズは網羅しているけれど広く浅くで細かい設定資料には目を通していないから大してモブキャラと違いのない子の事なんてあんまり覚えていないのよね。


 そのアリサ嬢は王子二人の前に立つと腰に手を当てた偉そうなポーズでこう言った。


「アベル王子、カイン王子、お姉様が通りますの。邪魔なので脇に退いて下さいません?」


 ……え?

 と思ったのは私。

 てっきり王子二人と仲良くしている私に矛先が向くと思ったのに、彼女は私の事なんて眼中に無いとばかりに兄弟王子様を牽制している。

 両者の関係性がサッパリ分からない。


「あ、ああ、すまない」


 しかも折れたのはカイン王子で、彼はそそくさ逃げるように私から見てスロープの反対側にある机に着席したじゃあないか。

 どういう事なの?!

 混乱する私を捨て置いて三人のご令嬢がやって来る。


「あら、貴女は」


 私のすぐ横までやって来た銀髪お嬢様はこちらを見て「ふふっ」と含み笑むと何かを思いついたように立ち止まる。

 ドキリとして緊張する私。

 教室内の空気までもがピリッと緊迫したかに思われた。


「確かレイナさん、でしたわよね? お隣、空いているかしら?」


 まるで天使の歌声かと疑うばかりに美しい音色。

 私は「は、はい」なんて意図せず答えてしまう。


「え、お姉様!?」


 困惑の声を上げたのは意外な事にマリア嬢で、この世の終わりかってくらい悲壮感を漂わせる。

 その隙を突いて身を潜り込ませたのはアリサ嬢で、私の隣に着席したルナの更に隣に有無を言わせず腰を落ち着ける。


「アリサ様ずるいっ!!」


「ズルくない! ぼんやりしているアンタが悪いんでしょ!」


「ぐぬぬ……!」


 歯噛みして、アリサさんの更に隣に座ろうとしたものの既に空きスペースが無い事に絶望して、意気消沈と共にカイン王子の横に座ったマリア・テンプル。

 ルナに対しては何も言わないのにカイン王子には簡単に「横にずれて下さい」と言って押し退ける無印主人公。


 この構図を見て私は察したピンときた。

 マリアが狙ってるのは悪役令嬢ルナだ。

 私の予想ではマリアは転生者で、だから彼女が本来の乙女ゲームのシナリオには存在しないルナ攻略ルートを目論んでいても驚きはしない。


 けれど、そうするとルナは転生者ではないのかしら?

 ルナが転生者だった場合、二人の距離感から考えて秘密は共有されている可能性が高い。

 だとしたらもっと違った対応になると思うのだけれど。


 ううん。判断つかないわね。と言うのが正直な所だった。


「それでレイナさん、お恥ずかしい話なのですけれど、わたくし、魔法という学問が少し苦手ですの。よろしければ魔法について色々とお聞かせ願いたいのですけれど宜しいかしら?」


「え、ええ。構いませんけれど……」


 彼女の台詞を言葉通りに捉えるならコイツは何を言ってるんだと思う所だ。

 だって、ここは魔法学園で、私たちは生徒として教室にいるのよ。


 つまり、黙っていても先生が授業を始めれば魔法についての知識は得られるのだから、同じ学生といった立場の私に態々言うような事でも無いってこと。


(……っ!?)


 けれど、一瞬を置いてから私は気付く。

 違う、そうじゃない。

 彼女はそういった意味では言っていない。


 ルナは私が“蒼紅Ⅱ”の主人公であることを知っている!

 蒼紅Ⅱの主人公レイナ・アーカムが魔法に特化したキャラで、ゲーム中盤にある覚醒イベントから神聖魔法が使えるようになって、以降は全魔法属性持ちの手が付けられない大賢者に変貌するって事を踏まえた上での台詞と考えれば腑に落ちる。


 終盤ともなるとレイナは魔導の究極奥義を完成させるワケだけれど、そういったシナリオに至るためにはレイナは初期状態から魔法の原理原則について完全に把握していなければいけない。

 要するに入学時点から魔法について分かっている事がシナリオを成立させるための前提条件なのだ。


 事実としては既に生家にあった魔導書を完全読破しているし、アーカム家が長年に渡って蓄積してきたノウハウだってとっくにマスターしている。

 隠しスキルとも言うべき“魔導の極み”も、だから保持しているワケだしね。


 ルナはその辺りを踏まえた上で、“授業で教わる内容よりもずっと深い事を私が知っている”という前提で、だから私に教えを請うような発言を囁いたのだ。


 やっぱりコイツも転生者で間違い無い。

 銀色と呼ばわるにしては少しメタリック感の強い鋼色の髪がサラリと肩から流れ落ちる様は扇情的。

 端正な、美の女神と言われてもおかしくない面立ちが妖艶な笑みを浮かべる。

 見ようによっては悪魔の微笑みにも思われる唇に、私はゾクリと身の毛がよだつ思いがした。


「……教えて差し上げるのは構いませんけれど、私だってそれなりにしか知りませんよ?」


「そんな事はない、ですよね?」


 念のためにとしらばっくれてみる。

 すると彼女はコロコロと鈴を鳴らすような音色で否定した。


 ――間違いない。彼女は転生者で、しかも蒼紅Ⅱの主人公である私を迎え撃つ態勢は万端だと、ひねり潰す準備はとっくに出来ていると暗に告げているのだ。


 それはつまり“私の傘下に加われ”と言っているに等しい。

 向こうの机から視線を感じてチラリと盗み見れば、こちらの反応を窺うような、実験動物を観察するような無印主人公(マリア)の視線とかち合う。

 私は「くっ」と漏れそうになる声をどうにか喉元で封じ込めるのだった。



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