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006:魔法とは② レイナと策謀


「レイナお嬢様、食事の支度が整いました」


「そう、分かったわ」


 清々しいはずの朝。

 目を覚ました私はメイドの声に返事して、それから不意に我に返って憂鬱な息を吐き出す。


 ここは学園寮。

 学生のための寮と言えば小さな手狭なワンルームとか相部屋を想像しがちだけど、寮に入る子女の多くが貴族家ともなれば部屋の二つ三つは当たり前。給仕メイドとか従者を泊めておくための部屋だって完備されている。


 私は子爵家の令嬢だけれど、アルフィリア王国から見れば他国に所属していた貴族家で、つまり王都メグメルに屋敷なんてあるワケがない。

 亡命してきて二年も経てば小さな一軒家くらい買えるんじゃないかと思う人がいたなら甘いとしか言い様がない。

 子爵なんて爵位があって何人も使用人を雇っている貴族家が、こじんまりとした一軒家で家族だけで慎ましやかに暮らしていくなんて周囲が許さない。本人のプライド的にも断じて認めることなんて出来ない。


 アーカム子爵家は亡命の際に王様から仮住まいできるお屋敷を宛がわれて使用人共々そちらで暮らすようになっている。

 けれど私は、屋敷から通学することを拒んで寮で生活することを選んだ。


 ……私には前世の記憶があって、この世界が乙女ゲームと酷似した世界だってことを知っている。

 そのせいなのか、家族に対して罪悪感のようなものを覚えていて、だから仲良し家族とはお世辞にも言えないほどギクシャクした関係になってしまったの。


 要するに私は家族から逃げたんだ。

 パパとママは、以前から何か察していたのか提案をすんなり承諾した。

 私が転生者だなんてこと一言だって告げていなくても、些細な遣り取りからでも違和感のようなものは覚えるものなのかも知れない。


 あと私のお付き(メイド)は名を“ミリン”といって25歳の女性だ。


「お嬢様、まずは顔を洗ってお支度をなさいませ」


「ありがとう、ミリン」


 ミリンは私が4つか5つの頃に付けられた専属で、アップにしたダークブルーの髪と銀縁眼鏡が知的な印象を抱かせるクールビューティーだ。

 いや印象だけじゃなくて実際にすんごい頭のキレる女性なんだけどね。

 けれど十年以上の付き合いがあると彼女が実はめちゃくちゃ世話焼きで情の深い女性だって事も分かってくる。

 彼女は下位ながら貴族家の娘さんで18歳の時に縁談が持ち上がった事があるけれど主人わたしが結婚する所を見届けるまでは辞めないと頑と言い張って縁談を蹴ったらしい。

 だから私は彼女に感謝しているし困ったことがあればまず最初に相談もしている。

 頼れるお姉ちゃんで知恵袋、それがミリンなのである。


「お嬢様、そんなに暗い顔をしていては周囲から倦厭されてしまいますよ?」


「うん、分かってる。分かってるのだけれども……」


 テーブルの上に並べられた簡素な朝食を啄む私をミリンが窘める。

 三日前の入学式、その魔力測定で私の実力なんてたかが知れているのだと痛感させられた。


 この私、レイナ・アーカムは子爵家に生まれた娘で、同時に前世の記憶を持つ転生者だ。

 そしてアーカム家の血筋というのは代々魔法に対する適性が高くて、なので高名な魔導士を数多輩出している。

 するとどうなったのかと言えば、家の蔵書を片っ端から読み漁り魔力増強の訓練に明け暮れた私が神童とか言われちゃうくらいの反則級の魔法能力を身に付けるといった話になった。


 つまり15歳にして国内屈指と囁かれる程の実力を持っているのが私なのである。

 亡命して余所よその国に来たって、私一人であったとしても、これなら生きていけると。

 悠々自適な無双ライフが送れるはずだとタカを括っていた。


 なのに。それなのに!

 その自負が、プライドが、ものの十数分で粉々に砕け散った!


 マリア・テンプルはまだ良い。

 いや魔力値7万って時点で異常、これこそがチート持ちってな感じなんだろうけど、それはあくまで人間の尺度内での話だ。


 蒼紅(無印)で悪役令嬢だった筈のルナ・ベル・ディザーク。

 彼女は人間の範疇に収まっていない。。

 肩に触れられた瞬間に深淵を無理矢理に覗かされた気分になった。

 アレは、アレだけは(・・・・・)敵に回しちゃあいけないと確信した。

 生物としての次元が違う。

 なんでこんな化け物が存在して、平然と入学式に混じっているのかと問い詰めたい気持ちで一杯になった程だ。


「お嬢様、僭越ながら策を一つ」


 食事の手が止まっていた私をミリンが現実に引き戻す。

 入学式から三日が過ぎているが、私はこの間に対抗策はないかとミリンに相談していた。


 我がアーカム子爵家は代々強力な魔導士を輩出してきた魔法のエリート一族で、それは言い換えるなら魔法という専門分野で目立てなければ他に大した取り柄も無い一芸だけの貴族家って事でもある。


 その上で、魔法という技術大系というのはどこの国であっても国家機密に類するくらい重要な位置づけで、だからその育成機関である魔法学園は超重要だし、社会の縮図とも言える学校といった場所で天下を取ることは卒業後の進路でもめちゃくちゃ重要な事項となる。

 特にウチのようなコネも信用も最底辺からのスタートとなる亡命貴族家にとっては、絶対に失敗できないミッションなのである。


 ……失敗した時には、私は家から捨てられて冒険者に身を窶す事になるんだろうなぁ、なんて思っていたり。

 なお冒険者というのは前世で言うところの派遣社員。

 つまり社会の最底辺で二束三文の端金で仕事を受ける使い捨ての労働者ってところ。

 確かに社交会みたいな腹の探り合いとか謀略とかは無いだろうけれど、それは稼げなければ野垂れ死ぬっていうリスクと隣り合わせの自由でしかない。

 毎日の入浴どころか食事もままならない乞食よりは幾らかマシってな立場は、きっと私には受け入れがたい環境に違いなかった。


「お嬢様はそれでも新入生の中では三番目に魔力の保有量がおありなのです。でしたら技術を見せつけることで他から必要とされる立ち位置を確保する、というのは如何でしょう」


「必要とされる立ち位置……」


 ミリンに相談したのはどうやって学園で天下を取るかといった話。

 私の頼れる知恵袋である彼女であればきっとすぐに妙案を思いつく筈と思ったのだけれども、ミリンは「数日ほど考えさせて頂きたく存じます」と言ったきり今の今まで沈黙を保ったままだった。

 そんな彼女から放たれた策が私の頭に吸い込まれていく。


「お嬢様はアーカム家の所有する全ての魔導書に目を通しておいでですし、でしたら知識や技術の面で他を圧倒する事が可能と判断します。その上で、ルナ・ベル・ディザーク公爵家令嬢の懐に潜り込むのです。……この数日ほど、お嬢様が出払っている時間で彼女について調べました。その結果判明したのは彼女が途轍もない実力とそれを周囲に認知させる能力に於いて他の追随を許さないレベルにあるという事。そして第一王子の婚約者として国王夫妻にも気に入られ、軍部とも深いパイプを持っている。家柄ではなく彼女個人が計り知れない影響力を持っているということです。彼女と敵対するのは得策ではありません。ですので、逆に率先して彼女の傘下に加わることでまずは身の安全を確保なさいませ。しかる後に周囲の取り巻き達を味方に付けていくのです」


 ミリンが捻り出してくれた策謀。

 それは要するに学園番長の補佐役ってポジションになって彼女をサポートする裏で自分の勢力を育てろって事なのよね。

 ぶっちゃけると影の実力者として暗躍するって話。


 ……ってか、ルナは“蒼紅”でも第一王子の婚約者といった立場なのだし国王夫妻から気に入られてるという部分はまあ分かる。

 え、でも軍部にパイプを持ってるって、そんな話知らないわよ!?


「軍部、というのは?」


 平静を装いつつ問い掛ける。

 けれど動揺を隠しきれなかったようで指に掛けたティーカップの湯面が小刻みに揺れているのが見えた。


「ルナ・ベル・ディザーク侯爵家令嬢は、軍に所属こそしておりませんが自領に私設軍隊を駐留させており、これを自ら率いて戦った実績を持っています」


「私設軍隊なんて何処の国でも上流貴族なら持ってるのでは?」


「空を飛んで戦う兵団を上流とはいえ一貴族が保有し運用しているなんて、そうは無い話かと」


「……っ!?」


 私は思わず腰を浮かしかける。

 そんな私を落ち着かせようとしてかミリンがそっと私の肩に触れた。


「彼女に関しては天才的なアイドルですとか女神の化身であるだとか眉唾物の噂が飛び交っていて外側からでは情報の全てを精査することが難しいようにも思えます。いずれにせよ、お嬢様があくまで学園一を目標とお考えであればいつか必ず壁として立ち塞がってくるでしょう。しかし、だからといって早々にぶつかれば敗北は必至。ですので必ず勝てるよう準備を整えるのです」


 もう一度言い含めるようにミリンは告げた。

 私は深く大きな息を吐き出した後で腹を括る。


 よ~し、やってやろうじゃない! 陰の実力者ムーブってヤツを!

 でもってアベル王子を奪い取って無理矢理にでも断罪イベントを発生させてやる。

 そうすればルナがどれだけ凄くても関係無い。

 私が! 私こそが! 学園の主席いちばんに相応しいのよ!


 私の考えなんて丸っとお見通しのようで、ミリンは「少しは良いお顔になられました」と微笑み、勢いよく飲み下したティーカップにお替わりのお茶を注いだ。



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