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006:魔法とは①


 アルフィリア王国の首都はメグメルという。

 メグメルの中心地にそびえ立つオーガスト城は白を基調とした荘厳な佇まいをしており、王族一家のみならず近衛騎士団やら使用人やらが千人規模で勤めている。


 近衛騎士や使用人は、一地方の領主ならともかく王城勤めであれば当然ながら貴族家から出ており、ということは城の近くに彼らの住まいが無ければ成り立たない。城で寝泊まりできる人数の上限がそんな多くないからだ。


 そういった理由からメグメルは王城を起点として貴族達の住宅とこれを客とする店舗――貴族は見栄を張る生き物で、お金を使うともなれば気に入った品物に対しては大金であってもポンと出す。金勘定に聡い商人達がそんな彼ら(カモ)を放置するなど考えられないだろう?――とで構成された貴族街と、この外縁部に平民達が暮らす平民街といった二重構造になっている。

 “グランスヴェール魔法学園”は平民街の更に外側。郊外と呼んで差し支え無いところを敷地としている。というのは先述の話ではあるが。

 ここで問題としたいのは平民と貴族とでは必然的に通学するのに掛かる時間と距離が変わるという点だ。


 平民は生家が大店おおだなであったりなど資産を持っていない限りは馬車を所有していない。

 成績優秀につき特待生にでもなれば学費免除される制度があるが、当然ながら移動手段まで面倒見てくれない。

 馬も高価なら維持費も馬鹿にならないからね。

 一方のお貴族様だって、お金に余裕のある中流から上位の貴族家でもなければ馬車を日常の足にするのは難しい。

 そうなると結果的に一番割を食うのは男爵家など庶民に毛の生えた程度の家柄の出になる。

 単純に登下校の際に掛かる時間と距離が遠くなるのだ。

 下級貴族といえど一応は貴族家なので登下校の時間を短縮しようと目論み平民街などに居を構えた日にゃあ「貴族家にあるまじき下賎の所業」として陰口叩かれ後ろ指さされ、なんて目に遭う。

 

 この問題を解決するために、学園には寮があって、学生に限り市街地と比べれば格安とも言えるお値段で借りる事が出来た。


「はぁ……、億劫ね。私も寮に入れば良かったかしら」


「侯爵家のご令嬢ともあろう御方が何を仰いますやら」


「私はどっちでも良いですよお姉様♪」


 馬車の黒塗り客車の中で物憂げな溜息を吐くルナお嬢様。

 対面座席に腰掛ける専属メイドのアンナさんはお澄まし顔で無反応。

 すぐ隣で同じ制服を身につけている専属聖女のマリアちゃんはルナの腕に自分の腕を絡めてニッコニコ。

 いやまあ、お胸の柔らかい感触を感じていれば悪い気はしないのだけれども、ちょっとはこの憂鬱な気持ちを理解しろってんだバカチンがぁ! と声を荒げたくなるお嬢様である。


 女神教の教団内だと大聖女なんて呼ばれてるマリアは、現状ディザーク侯爵家が王都内に保有しているお屋敷にてルナと一緒に生活している。

 マリアは家格で言えば男爵家で、テンプル男爵家は下級貴族で、なので馬車はおろか別宅すら持ち合わせていない。

 そうなると普通なら寮住まいになる筈なのだけれど、専属聖女たる者がお仕えしている女神様を一人にするなど言語道断と言い張ってお姉様との同居生活をゲットしているのだ。

 恐ろしい女である。


 これに関してルナは、まあ、そういうのもアリかなと了解しているが。

 解せないのはウィンベル伯爵家のご令嬢たるアリサちゃんともなると屋敷のすぐ隣に別邸があって本来であればそちらで寝起きするべきなのに何故だかルナの家で食事もお風呂も睡眠さえも行っていて、彼女専用の部屋が既に出来ているっていう……。


 尚、アリサ嬢は馬車二台態勢の登下校ではもう一台に乗り込んでいる。

 彼女にも専属メイドが居て、この人が言って聞かないのだとか。

 そりゃあ侍女が主人の身だしなみに気を遣うのは当然の話だし、賊に襲われるだとか緊急事態にいつ遭遇するとも限らない。

 そう考えるならメイドさんの言い分は全く以て正しいだけれども。


 いずれにしたって魔法学園の生徒として暮らす二年間はこの態勢が崩れることは無さそうだった。


「ルナ様、もうすぐ到着しますので」


「ええ、分かったわ」


 客室の窓から覗く風景から到着時刻5分前と察したアンナがお嬢様に一言告げる。

 ルナは二年間にも及ぶ淑女教育、というか王妃教育ですっかり女性らしい立ち居振る舞いを身に付けていた。

 身内しかいない場所でなら素を出しても問題ないが人目のあるところではお淑やかに振る舞うよう躾けられているのだ。


 これは貴族社会において一分の隙も見せないといった意味でも物凄く重要なファクターであった。


「さ、行きますわよ」


「はい、お姉様」


 やがて馬車は並木道の奥にそびえ立つ魔法学園の門前で停車。

 粛々と降り立つルナとマリアは同じ女子学生制服姿で砦の如き佇まいを見上げる。

 並木道の桜はこの三日ほどでかなり散っていて、お花見と称して一升瓶を空ける暇も無かったと、ちょいと残念がってしまうルナお嬢様であった。



 ――入学式兼魔力測定と称した学園行事から三日が経過していた。

 この間にクラスの面子やら選択科目がどうだといった話を済ませている。

 200名ほどの新入生たちは40名でひとまとまり、アルファ、ベータ、ガンマ、デルタ、イプシロンといった5クラスに分けられそれぞれの教室を宛がわれている。


 ルナ、マリア、アリサの三名は想定通り(・・・・)にアルファ・クラスに割り振られている。

 それは何年も前から分かっていたこと。

 即ち、預言書(乙女ゲーム)“蒼い竜と紅い月”のシナリオ上そういった配置になる事を予測していたって事。


 略して“蒼紅”に記されていた記述というのは現実化する前に意図的に改変することができる。

 だが言い換えれば意図的に改変しようとしなければ記述通りの展開に持っていこうとする強制力のようなも力が幾ばくか働くらしい。


 証拠に、マリアの居るクラスにはアベル王子とカイン第二王子、それからルナに弟子入りしているがダルシス・ウォーレスだって居るし、他にも宰相殿のご子息ヒューエル・ハイマールと魔法省長クレイ・ディラ・シューデルのご子息ロディアスが、預言書と同様に籍を置く格好となっている。


 因みに、ヒューエルとロディアスについては過去に行われたルナのデビュタント・パーティーに出席しており全くの初対面というワケじゃあない。

 ただし個人的に会話を行ってはいないのでどういった人物かは分からない。

 まあ、蒼紅に登場する彼らの性格と同じであれば、ヒューエルは頭でっかちで理屈を捏ね回すばかりの大して役に立たないモヤシ野郎。ロディアスに関しては戸籍の上ではクレイ氏の息子という事になっているが、その実はクレイ氏が自分の体細胞から作ったクローン人間というか魔法生物といった存在で最初から最後までミステリアスな青年なのだけれども。


 いずれにしたってルナが女神アリステアの化身じみた存在になっており、マリアがその聖女になっているといった現実を考慮するなら彼らの言動にも幾らかの変化が見られる筈だった。


 ……ああ、そう言えば、くだんのレイナちゃんもアルファ・クラスに編入されているが、これはどちらかと言えば監視の意味合いが強いのだろうとルナは考えて居る。


 だってレイナの父君であるアーカム子爵は故郷の国家機密を手土産に家族共々亡命してきたワケだが、どういった事情があるにせよ祖国を裏切っているのだ。

 自分や家族の保身の為なら祖国すら裏切って逃げ出すような人間を簡単に信用するほどアルフィリア王国はお人好しじゃあない。

 また何かあれば平然と裏切るだろうし、そもそも亡命を偽装しても中身は相手国から送り込まれた破壊工作員であるといった可能性も捨てきれない。

 ならば監視の目を付けておくのは当然だし、合理性で考えれば国の重要人物が集まっているアルファ・クラスに置いた方が遣りやすいだろう。

 

 まあ、ルナとしてもその方が色々と捗るのだけれども。



 学び舎と呼ばわるにしては少し仰々しさが鼻につく廊下を瑠璃色髪と紅髪二つを引き連れて歩く。

 ルナの鋼色の艶髪が歩調と共に微かに跳ね、上品な、けれど揺るぎない足取りが擦れ違う生徒達を魅了する。

 春の空気と柔らかな日差しが斜めから差し入る廊下。

 暫し歩いた先にて足を止めれば、三人の前に木製の扉があった。



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