005:魔力測定
随分と長く感じられた入学式は、けれど実時間では小一時間ほどで終わった。
講堂にて解散の流れになると予想していたルナお嬢様なのだけれど意外にもまだ続きがあったのだ。
「はい、皆さん。これより魔力の測定を行いますので呼ばれた方から順番に来て下さいね」
校長先生の冗長な挨拶に始まり、新入生代表として壇上に立ったアベル王子が何やらそれっぽいお言葉を垂れてから、次に一同の前に立ったのは青紫っぽい髪色をした眼鏡の女性教員で、魔法使いのローブを身につけた彼女は壇上に台と、この上に両手で抱え込むサイズの球形石を設置して呼びかける。
「ああ、私はリベリア・ホーマーといいます。魔法基礎の授業を受け持っています」
年齢は二十代前半で、ふにゃっとした面立ちと喋り方からちょっとヌケた印象を受ける。
「学園内では敬称は付けないしご家族が保有する爵位といったものも省きます。学園内では生徒と教師といった立場が何より優先されますからね」
リベリア先生は腋に挟んでいた薄っぺらいファイルを開くと新入生達の氏名を順に声に出していく。
呼ばれた生徒達は列を作って順番を待つ。
「ところでお姉様、気付いてましたか?」
「何を?」
偶然なのか狙っているのか、ルナは一番最後に位置取りする格好になった。
その前にはマリアが居て、瑠璃色髪を振り向かせて彼女は問うてくる。
コテンッ、と小首を傾げてみせるルナである。
「さっきから私たちを見ている子がいます」
「どこぞの王子様ではなくて?」
「はい。……あの子、薄い金髪の子。分かります?」
「ああ、あの子ね。もちろん気付いているわ」
老学園長が演台で声を張り上げている頃から視線は感じていた。
ただ、あからさまに反応して周囲から被害妄想の強い娘さんなんて思われるのは癪だから気付かないフリをしていただけだ。
「あの子、お姉様に何か思う所があるかも知れません。ちょっと行ってシメてきましょうか?」
普段から温厚でお上品でお淑やかなマリアがそこまで言うのは珍しい。
ルナは扇子で口元を隠しつつ、ちょいと考える。
「いえ、まずは相手の出方を窺いましょう。あとマリア、シメるだなんて淑女にあるまじき言葉遣いですわよ」
「あぅ、ごめんなさい……」
やんわり窘められたマリアちゃん。
叱られた子犬のようにシュンとして、このお姉様としては抱き締めたい衝動に駆られてしまう。
先刻よりチラチラとこちらの様子を窺っているのはプラチナブロンド寄りの金髪をストレートに降ろした娘さんで、色白で目元はパッチリしている。
やや吊り目が負けん気の強さを物語っているアリサや、垂れ目が小動物系というか弱気を体現しているかに思われるクリスティーヌとも違う。
あくまで中道、でも意思表示はハッキリしてそうな娘さんだ。
目を向けるルナと、手合いの目が一瞬合う。
相手は気まずそうに目を逸らす。
「でも、可愛いお顔ね」
「浮気はダメですよ?」
「浮気だなんて人聞きの悪い」
「お姉様はいつもそうやって女の子を誑し込むんですから」
分かったような顔でマリアが釘を刺して、ルナは誤魔化すように「おほほ」なんて声を立ててみる。
……と随分と前の方に居た金髪ちゃんの番になったようだ。呼ばれて前に出るのが見える。
「レイナ・アーカムさん、というのね」
「その名前って……え、でも?」
壇上に立った彼女に声を上げるのはマリアだった。
「亡命してきた子爵家の娘さんらしいわね」
「亡命?! どうして?」
「二年前のあの事件で。まあ、これは機密事項に類する話だから余所で喋ってはだめよ?」
「それは分かってますけど。……そうか、道理でどこかで見たことある顔だと思った。お姉様、彼女はたぶん――」
マリアが何か告げようとしたところで「おぉ~」なんて声が上がる。
何だろうと目を向けると、例のレイナ嬢と向かい合う格好のリベリア先生が驚愕を顔に貼り付けているのが見えた。
「魔力値、27000って……大魔導士の域じゃないですか!」
驚かれ周囲から畏怖の籠もった目で見られたレイナは「そんな大した事じゃないですって」などと謙遜しているが、元来た道を戻ろうと振り返った瞬間に見えたドヤ顔。
その視線は列の最後尾にいるルナとマリアへと向けられていた。
「あらあらどうしましょう。なんだか挑戦されてしまったみたいだわ」
ムカッ。と大人げもなく反応するルナお嬢様。
マリアが「やっぱり私、ちょっと行ってシメて来ますね?」なんて声に出して足を前に出そうとしたのでルナは慌てず騒がず制す。
「マリアちゃん。そういうのは後で良いわ。今は彼女に自分がどれほど矮小な存在かを教えて差し上げる方が先決よ?」
なんて言いながら、心の中じゃ『あのドヤ顔を媚びて蕩けたメスの顔に変えてみたいわね』なんて嗜虐的なことを考えてしまうお嬢様。
あらやだ私ったらなんてはしたない事を……などと自制するものの一度火の付いた闘争心(?)はそう簡単には消えて無くならない。
「それでは次は、と、クリスティーヌ・シラヴァスクさん」
「はい」
そうこうするうちにクリスが呼ばれて前に出る。
この前に出たアリサは魔力値7500で、それでも新入生の中だと飛び抜けているのだけれども、しかし最初の方に叩き出された27000に比べると随分と控えめでザワつきだってたかが知れていた。
「ええっと、クリスティーヌさん、魔力値20000! すごっ!」
先生の驚いた声が響く。
クリスは恐縮しきりで。
でもこれで新入生ではレイナとクリスのツートップで確定だろうと誰もが思った。
男性陣ではアベルが12000。カインが9700。ついでにダルシス君が3500。
こうやって値を並べるとダルシスだけが異様に低いように思われるのだけれど、勘違いをしてはいけない。
普通の人は1500くらいが平均なのだ。
「ではあと二人ですね。マリア・テンプルさん」
「はい。……お姉様、行ってきますね」
「ええ、頑張って」
あくまで測定なので何を頑張ることがあるのかとも思ったけれども、可愛い妹分に声援などしてみるルナお姉様。
瑠璃色髪の大聖女は進み出て水晶球に手をかざす。
すると球形の石の表面から眩いまでの光が放たれた。
「うそ……、魔力値7万!」
もはや阿鼻叫喚。
先生の悲鳴じみた声が響き渡れば周囲で黙して語らずの教員達だって思わず身を乗り出してしまう。
そりゃあ、修行に修行を重ねてレベル100を簡単に突破した上に信仰する女神様の寵愛を受けているのだから当然と言えば当然だ。
それまでどうにか自尊心を保っていたレイナちゃんも目を剥いている。
場が落ち着くまでに暫しの時間を要して、いよいよ大トリとなった。
「で、では次で最後ですね。ルナ・ベル・ディザークさん」
「はい」
そして鋼色の艶髪を揺らしルナが進み出る。
興奮冷めやらぬ中、その美貌に目を奪われる者が続出する。
そんな有象無象には目もくれず、壇上に立ったルナは促されるまま石の表面に手をかざした。
ピシリ。
「……え?!」
その瞬間、リベリア先生は確かに見た。
表示される数値が67万を超えて更に上昇。最終的に『計測不能』の文字が浮かび上がり、と同時に石球体が木っ端微塵に砕け散る。
興奮の坩堝と化していたはずの講堂内が今度は逆に水を打ったように静まり返る。
女教師は少々呆気にとられてルナお嬢様を見つめ、既に麻痺して何も思わなくなったのか抑揚の無い声で「測定できません」と告げた。
「あらあら、私何かしてしまったのかしら?」
と、おどけたようにクスクスと笑んで振り向くお嬢様は、まるで地ベタに這いつくばる虫けらでも見るような視線をレイナ嬢へと向ける。
「くっ?!」
金髪少女は悔しげに顔を歪ませる。
ルナはおもむろに近づいて、そんなレイナのすぐ目と鼻の先まで顔を寄せると嗜虐的な笑みを浮かべ囁いた。
「レイナさん、といったかしら。同じ新入生として仲良くしましょうね?」
「ヒィ?!」
細い肩に優しく手を置けば悔しそうな顔が一瞬で強張る。
血の気の引いた顔に「可愛い♡」なんてつい本音を漏らしてしまうイケナイお嬢様であった。