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002:五人の少女達


 ――入学式やら卒業式といった催し事。

 当事者にしてみれば冗長で退屈な時間は、けれど組織を成すといった観点から見ればとても重要なものだ。

 入学式は、新入生たちに「自分はこの学園の生徒いちいんになったんだ」と自覚させるためで、卒業式は彼らに「自分は当学園の授業カリキュラムを全て履修し次の段階に進むんだ」と意識を切り替えさせるための催し事。

 つまり入学式や卒業式といったものは教員たちの自己満足で行われているといった話ではなく生徒達の精神をシフトさせるための儀式なのである。


 また各々がお金を出して購入する学園制服だって、単なるファッションなどではなく「当組織団体の一員である」と当事者達の深層意識に擦り込むための道具となる。

 この組織の一員である以上は組織内のルールを遵守しなければいけないと、本人の自覚の有る無しに関わらず楔を打つ所業なのである。


 だから制服を着崩したりなどは認められないし、例えば女子生徒がスカートを折って短くするなど言語道断――風潮として女性が素肌を見せるなどはしたない(・・・・・)と見られる文化なので可愛いからとスカート丈を短くなどしたら男を誘惑していると見做されるのは当然、下手すりゃ売女とか頭のおかしな人であると陰口叩かれ罵られる――だし、何よりも名誉を重んじる貴族家のご子息ご息女であればそんな真似はまずやらない。


 ではあるのだけれども、当魔法学園の女子制服のスカート丈というのは動きやすさの観点から膝小僧が隠れるくらいになっていた。

 つまり脛やふくらはぎが半分以上露出する格好になるのだ。

 これに関して昔ともなれば「破廉恥である」と苦情が寄せられることもあったらしいが今じゃ慣れてしまったようで「制服とはそういうものだ」と見られる傾向にあるのだとか。

 人の世の摩訶不思議である。



 ――そんな余談はさておくとして、ルナご一行様を乗せた黒塗り馬車の列は桜並木を通り過ぎ砦の如き威風を放つ魔法学園の正面門ゲートを潜り抜けた所で停車する。


「師匠おぉぉぉ!!」


 ルナお嬢様が専属聖女マリアを伴い馬車の客室から出たところで遠くから何やら凄い勢いで駆けてくる輪郭が一つ。

 ルナは身に付けている制服の腰、スカートの裾から一本の扇子を取り出すと迎え撃つように足を前に出す。

 やって来たのはダルシス君で、筋肉隆々の細マッチョとなっている体躯の全部で掴み掛かってきた。


「騒々しくてよ?」


 ズドン。

 折りたたんだままの扇子の先っちょを青年の鳩尾へと叩き込めば、駆けてきた勢いをそっくりそのまま返されて吹っ飛ばされてしまうダルシス君である。


「がはっ……!」


「貴方もいつまでも子供ではないのですからいい加減に紳士としての立ち居振る舞いを憶えなさい。あと、だらしのない身だしなみは婦女子から嫌われますわよ?」


「押忍……」


 もんどり打って地ベタを転がる紅髪青年を優雅に見下ろしつつルナお嬢様が声を掛ければ青年は返事らしき声を絞り出したところで気を失って、彼のお付きの者であろう黒服二人に抱え上げられ運ばれていった。


「う~ん、日に日に乱暴者になっていきますね」


 マリアが困ったような笑みを浮かべルナの斜め後ろに立つ。


「武術より礼儀作法を先に教えるべきだったわね……」


 ちょいとげんなり(・・・・)して呟く鋼色髪お嬢様だ。


 ダルシス・ウォーレスは二年ほど前からルナの弟子になっている。

 父ベレイ子爵は近衛騎士団の騎士団長を務める御仁で、即ち剣術では国内で五本の指に入る実力者。なのでルナは彼にまずは父君の認可を得よと条件を突き付けたのだけれど、肝心の彼の父君があっさり許可してしまったものだから断るに断れなくなって、なので定期的に修行を見てやるくらいしていたワケさ。


 ルナの手元に寄せられた手紙によると、ベレイ子爵は自分が受け持っている近衛騎士団の訓練にこそ重きを置きたかった事もあるのだけれど、より高みを目指すのであれば一人きりではなく複数名の師を得て様々な分野を会得していく必要があるとの持論が綴られていた。

 向上心の塊なのだろうな、とは思ったが。

 因みに剣術という分野でアルフィリア王国の頂点に立っているのは王妃様である。

 剣聖の二つ名すら持ち合わせているエリザ王妃の前に手も足も出ないベレイ氏なので、護衛対象より弱い己が身にはただならぬ感情を抱えているのかも知れない。


 まあ、そんなわけでルナの弟子になっているダルシス君なのだけれど。

 この二年間で面構えが随分と厳めしく――もとい精悍になったかに思われた。

 

「まったくダルのヤツにも困ったものですね」


 そんな二人のところへやって来たのはダルシスに負けず劣らぬ紅髪ながら長く伸びたそれをポニーテールにしているアリサ嬢。

 母ミーナ伯爵夫人より“紅華魔導拳術”を継承しているアリサは今や部隊内でも“鬼のアリサねえさん”などと呼ばれる程の技のキレを持っている。

 ダルシスごときは秒殺できるくらい強いのだ。


「ルナお姉様♡」


「あら、クリス。ご機嫌よう」


 そこへ小走りにやって来たのはクリスティーヌ・シラヴァスク嬢。

 シュバルツ子爵の娘さんでグレー色に近い黒髪と見るからに大人しそうな雰囲気が特徴的な女の子である。

 ダルシス君とは婚約関係にあるけれど、二人並んでいても色恋の意味で進展があるようには思われない。幼馴染みとか腐れ縁とか、そういった言葉がしっくりくる二人である。

 クリスティーヌ嬢は息を弾ませルナの前に立った。


「お久しぶりです。お姉様もお変わりなく」


「ええ、二週間を久しぶりというのならそうなのだけれど、貴女も元気そうで何よりだわ」


 クリスティーヌはルナからはクリスと呼ばれている。

 愛称というか、短い名前の方が呼びやすいといった理由からそうなっているのだけれど本人は満足そうなので良しとしてしていた。


 クリスはルナ一行とは違ってシラヴァスク領から馬車で王都入りしている。

 それは道の途中でダルシスと合流、拾っていく意味合いもあったけれど、ディザーク侯爵領とシラヴァスク領とでは距離が離れているためにご一緒できなかったという都合があって。

 ダルシス君が修行している横で見様見真似ながら氣術の鍛錬などを行った彼女は武術的には素人同然だけれど空を飛ぶことは出来るようになっていた。


「ダルシス様がいらっしゃらなければ私だけでもお姉様のところに飛んで行ったのですけれど……」


「クリス。気持ちは分かるけれどそういった事は口にしてはダメよ? ダルシスが泣いてしまうわ」


「あ、その辺りは大丈夫です。私のお姉様への愛は滾々(こんこん)と言って聞かせてありますから♡」


「ダル……不憫なヤツ」


 アリサちゃんが何とも複雑そうな顔で呟く。

 クリス嬢もダルシスにしたって思い込んだら一直線の猪突猛進的な気質があって、似たもの同士というか、なのでダルシス的には嫉妬心を抱いているわけでもなさそうだった。


「まあ良いわ。もうすぐ入学式が始まるようですし、遅れないようにしましょう。えっと……」


 出会った皆を引き連れていざ足を出そうとしたところで肝心の場所がどこだったかと首を捻る。


「校舎の隣、講堂です。お姉様」


 と、合いの手を入れるように声がやって来る。

 目を向ければいつから居たのか、或いは最初から在ったのか、極黒髪ロングのシェーラちゃんが気配を感じさせない立ち姿で佇んでいた。


 影に生き影と共に動く少女は、ディザーク家の一員となった時からルナお嬢様の影となる決意をしていたのだ。


「そう、ありがとうシェーラ」


 言葉で労い微笑みを手向ける鋼色髪少女はこうして足を前に出す。

 付き従うは4人の乙女達。

 一度だけ振り返れば専属メイドのアンナが深々と頭を下げるのが見えた。




 乙女ゲーム“蒼い竜と紅い月”の開幕は今。


 グランスヴェール魔法学園を舞台に繰り広げられる愛憎の物語。


 或る者は真実の愛を求めて。


 また或る者は私利私欲を満たんがため。


 魔王復活の兆し。勇者の顕現。

 暗躍する秘密結社。

 散りばめられた不穏の中、少年少女達は満開の桜並木が続く先へ。


 征く先は悪鬼羅刹共の巣くう魔法学園。

 真っ青だった空に深く色濃く暗雲が垂れ込め始めるのだった。



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