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001:本編開幕


 空は青く、彼方に見える雲は細く長く緩やかに流れている。

 空気はまだ幾ばくかの肌寒さを残しながらも暖かさを感じさせ、或いは程良く水分を含んだ風が植えられた桜の木々からピンク色の花を奪い取り吹雪きの如く舞い降らせる。


 季節は巡って春になっていた。

 いつ、誰が植えたのかも分からない桜の木は、この世界では東方の島国“蓬莱”から伝来したと言われているが。

 そんな桜並木の奥にそびえ立つのは砦の如き威風堂々とした建物で、それは当アルフィリア王国にあって由緒正しき魔法の学び舎“グランスヴェール魔法学園”である。


 一部の特定の人間達からは預言書(乙女ゲーム)“蒼い竜と紅い月”の舞台として知られる建物ではあるのだけれど。


 学園は王都メグメルの郊外に位置しており、魔法という学術体系を基礎から教えるだけでなく実践として発動させる事もカリキュラムに含まれている。

 うん、つまり少々デカい魔法をぶっ放しても近隣の民家に被害が出ないよう町の中心部から離れた位置に建てられているって話。

 ただし生徒には王都に別邸を持てない低位貴族のご子息ご令嬢や少ないながらも平民上がりだっている都合から学園敷地内には寮が建っていたり、或いは学生たちの学業を支援するためのお店――制服や魔杖を取り扱っている。――が並んでいたりで学園を中心として店舗やら何やら人が集まっているので魔法授業での近辺の安全性という意味ではちょいと不安が残るのだけれども……。


 学園長の名前はベルロイ・ディラ・シューデルという。

 魔法学園の真上――立地じゃなくて構図的に――にあるグラデュース王立魔法省の長はクレイ・ディラ・シューデル公爵だがベルロイ氏は彼の弟といった関係性になる。

 シューデル家というのがそもそも多数の魔導士を輩出している名門貴族家で、歴代の当主は生涯を魔法に捧げているような魔法バカの一族なので、兄弟で国の重要機関のトップに就いていたってそう不思議な事でも無かろう。


 そんな学園長ベルロイの目に映り込む風景。

 学園長室の窓から見える桜並木の向こうから何台もの馬車が数珠繋ぎにやって来る光景というのは波乱の幕開けを暗に物語っていた。


「……とうとう、始まってしまったか」


 意味ありげに呟いてみるじじい

 兄と同じく顎から伸びた白髭を指で梳きつつ憂鬱そうな顔をする。

 それもその筈で、本年度の新入生というのはとにかく特別な人間が多い。

 まずは近衛騎士を束ねる騎士団長ベレイ・ウォーレス子爵のご子息であるダルシス・ウォーレス氏。

 既に入手している情報によれば血気盛んといった言葉をそのまま形にしたような粗暴な少年であるらしい。入学早々から問題を起こしたって何の不思議も無い。


 次にヒューエル・ハイマール氏。彼の父君は現宰相ヴィンセント・ハイマール侯爵で、つまり大貴族のご子息なのだ。

 情報によると彼は幼少の頃より本を読むのが好きな大人しい少年で最も熱心に読み耽っていたのは軍学や策略に関する書物であったとか。

 もしかしたら気に入らない人間を策謀や知略の限りを尽くして排除するといった側面も持ち合わせているかも知れなかった。


 更に国王陛下のご子息二人。

 第一王子アベル・ルーティア・ド・アルフィリア氏と弟君のカイン氏である。

 金獅子と呼ばれその名を周辺諸国に轟かせる王妃エリザ・ルーティア・ド・アルフィリアを母とする若獅子たち。

 お二方は品行方正を絵に描いたような少年達であるとの報告があるが、王位継承権を持っている御方ともなれば報告書だって忖度そんたくされている可能性が高い。実情が如何なるものかなんて直接見てみないことには何とも言えないのだ。


 そして極めつけがルナ・ベル・ディザーク女史。

 ジル・ベル・ディザーク侯爵のご息女にしてグラッド・ウェルザーク公爵の孫とかいう本来なら姫君と呼ばわるべき御方。

 裏では軍部を掌握し思うがままに操っているだとか、ここ数年で台頭し今や国教となっている女神教の開祖であるだとか眉唾物の噂が飛び交っている。

 ただしそういった噂を別としても魔法省の研究機関と協力し映像という部門で大活躍している彼女は間違い無くアルフィリア王国にあって最も注目度の高い人物と言えよう。


 というか、魔法学園は建前上、身分の上下を気にしない学生という立場という意味で平等であるといった理念を掲げている。

 例年であれば、これでも問題なくやってこれた。

 だが大貴族や王族、国家の中枢を担う人々のご子息ご令嬢が異常なまでに集中しているこの状況で忖度も特別視もなく、何の問題もなくやっていけるとは思えない。

 彼らが卒業するまでの二年間、平穏無事に終業を迎えられると思う方がおかしいのだ。


「……だがこちらとしても手は尽くした。これ以上は望めまい」


 本年度の新入生が怪物揃いである事は何年も前から分かっていたし、故にベルロイとてただ手をこまねいていたワケじゃあない。

 魔法学のカリキュラムを見直すだけに留まらず、新たに数名の教員を雇い入れて所謂“対王族シフト”を完成させたのだ。

 ただそれでも不安は拭えない。

 まったく困った話である。


「学園長、お時間です」


 一人物思いに耽っていたベルロイ学園長が耳にしたノックの音に振り返れば扉を開けて入ってきた若い女性教員からその様に告げられる。

 絞首台に登る犯罪者の気持ちが少しは理解できた学園長であった。



◆ ◆ ◆



「――お姉様、見えてきましたね」


「そうね。でもマリア、あまりはしゃいではダメよ?」


「はい」


 馬車の客車に揺られて制服姿の少女が二人。

 一人は瑠璃色の髪に髪留めを掛ける娘さんで名をマリア・テンプルという。

 父はクォーツ男爵で、いわゆる下級貴族ともなれば馬車なんて保有している筈も無く、本当なら王都の都心と学園を行き来している寄り合い馬車に乗り込むか、そうでなければ徒歩での登校となる筈だったマリアなのだけれども、個人で“聖女”の肩書きを持っているともなると話は変わってくる。


 乙女ゲーム“蒼い竜と紅い月”との最大の違いはマリアの立ち位置であろう。

 同ゲーム内で悪役令嬢の役どころだったルナが女神化し、その専属聖女となったマリアは女神教内では“大聖女”なんて呼ばれている。

 女神教の開祖はテッパチ氏ではあるのだけれど、権限から言えば彼と同じくらいなので、例えば教団内の仕組みを変えたりなんて事だって出来てしまう。

 そんな特殊な環境に置かれて馬車の一台も持っていないという方がおかしいのだ。……ちなみに今乗っているのはディザーク侯爵家が所有している馬車。だって緩衝器サスペンション等々の品質から一番乗り心地が良いんだもん。まあ、侯爵家が地位的な諸々を考慮して「ウチのを使え」と言えば嫌と言える人間なんてそうは居ないし。


 マリアの隣には鋼色をした艶髪が眩しいルナ・ベル・ディザーク様。

 貴族家の視点から言えばお姫様だし教会の目から見れば女神様ご本人。

 聖導教会との戦いから二年が経過した頃ともなると体つきはますます女性らしくなって、マリアが男だったら襲っているに違いないってくらい美貌に磨きが掛かってきた。


 マリアは前世の記憶を持った転生者ではあるのだけれども、そんな人間であっても身も心も捧げずにいられないまでに彼女は魅力的だった。


「けれどシェーラもアリサも、どうして同じ馬車に乗らなかったのかしらね?」


「さあ? 私は何も聞いてませんけれど」


 向かいの席でお澄まし顔をしているメイドのアンナ。

 シェーラはルナの義妹としてディザーク家に引き取られた娘で、元居た家の都合から忍者軍団を従えている。

 またアリサ・ウィンベルは伯爵家の令嬢だが今では航空戦闘部隊エンゼル・ネストにあって鷗外と互角の戦いを繰り広げる猛者になっていた。

 この二人は後ろの馬車に乗り込んでいて、同じ客車に相乗りしなかった事を不思議がるルナお嬢様である。


「そんな事より、今は登校を楽しみましょうお姉様♡」


「え、ええ、そうね?」


 腕に絡められた手の感触に思わずニッコリしてしまうルナ。

 女神様はしかし、三人がルナとの相席を狙って熾烈なバトルが繰り広げられた事を知らない。……まあ、ジャンケンしたり料理対決したり、そんな話なんだけどね。


「でもマリア、学園に来た目的を忘れていないでしょうね?」


「勿論です、お姉様」


 あくまで優美に問い掛けるルナに聖女は答える。


 二人が魔法学園に入学するのは、何も乙女ゲームのシナリオをなぞるためじゃあない。

 ルナは女神化した際に呪いのアイテム“プロビデンスの眼”により地上界に縫い止められた。

 結果的にこれを行う事になったマリアは聖女でありながら“神を呪った大罪人”になってしまった。つまり死亡したら地獄に堕ちることが確約されているのだ。

 この不条理をひっくり返すためには仕込みを行った真犯人を特定し、背負わされたつみをそっくりそのままお返ししなきゃいけない。


 乙女ゲームどころか推理で事件を解決するために、マリアは魔法学園に乗り込んできたのだ。

 なお、ルナが入学するのはどちらかと言えば物見遊山というか暇つぶしの側面が大きかったりする。


 馬車の客車の窓から見えるグランスヴェール魔法学園。

 そびえ立つ砦の如き威風へと至る道には桜の木が植えられており、舞い散るピンク色の花弁が真っ青な空の色と相まって出会いと別れの季節に彩りを添えていた。



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