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045:教皇⑧


 ――原則として“神”は殺せない。

 なぜなら“生きている”といった概念の外側に居る存在だから。

 存在はしていても生命という枠にないから殺せないのだ。


 宇宙に遍く流れ続ける聖神力を過剰にその身に宿し、器となる肉体とそこにある生命活動が失われた“それ”は、特定周波数の聖神力に最適化される格好で再構築される。


 神聖力エーテルというエネルギーには“物体を本来あるべき形へと復元しようとする性質”が元から備わっているのだから、それは当然の結果と言えよう。


 再構築されたそれ(・・)は該当する聖神力の化身で、だから主観的には神と名乗っても全くの嘘ではない。


 ただし該当周波数を操る事に特化したその個体は他に出来る事も無いので結局は管理者的な役割を担う事になる。

 別に誰かから強要されるわけじゃなくて、聖神力を操作して淀みなく循環させるくらいしか自発的にできる事がないからそれをするだけ。


 人間は祈りの力で聖神力を呼び込み奇跡じみた現象を引き起こす。

 管理者かみの側から見れば、そりゃあ自分が取り扱っているエネルギーを自分の事を称賛しつつ消費してくれるのなら大歓迎だし拒む理由も無いのだけれど、そのせいで○○という神様は○○を司っているみたいな定義づけされてしまうっていうのが不本意というかジレンマだったりする。


 確かに聖神力の各周波数には得意な分野と不得意な分野があるけれど、基本的に大抵の事は出来る。

 神はワリと万能(・・・・・)なのだ。

 まあ、そこは今は割愛しようか。


 重要なのは“神”というのは言わば概念的な存在で、神威を揮発するにしたってこれを行う者に力を貸し与えるくらいしかできないということ。

 神様の世界にそういったルールがある、なんて話じゃなくて自身が扱う聖神力に絡んだ事象にしか干渉できないから、結果そうなるってだけの事だったりする。


 そうなると今度は、「じゃあ世界に蔓延っている神懸かり的な生き物は何なのか?」といった話になるが。


 結論から言えば、それらは神性を獲得した生き物なのであって神ではない。

 特定周波数の聖神力に生命を破壊され再構築されるといったプロセスを経た時点で輪廻の輪から解脱し、同時に幾ばくかの神性を得る。

 でも、これだけでは神たりえない。


 もう一つ、重要な条件がある。

 それはつまり、前任者の承諾。


 聖神力は無数の周波数が入り交じった状態で、けれど実際に人間などの生物が我が身に呼び込む際にはごく限定された周波数しか使用されない。


 だって人間であれ他の生き物であれ、受信できるのはごく狭い範囲だからね。

 限られた範囲の周波数にしかアクセスできないのだから、再構築されて「神様になりましたー」と言っても大抵の場合で先代神様がいるワケで、そいつから「却下」と言われてしまうとそこで終了。

 中途半端な状態のまま生物として生き続ける羽目になる。


 ルナはアリステアの了解を既に得ていた。

 というか「了解」とは同一化を意味するワケで、本来「神の椅子」は各周波数につき一つきりで、必要な情報を引き継ぐ為には結果そういったシステムにならざるを得ないのだけれども。

 少なくともルナは前世で何度かアリステアの力を借りており、その際の因子が魂に残っていた都合もあってアリステアとの相性はバッチリ。何の弊害も無く同一化、神様爆誕の流れになった次第だけれども、実を言えば最初から仕組んでいない限りここまですんなり事が運ぶことなんて有り得ない。

 超絶的レアケース。

 まあ、要するにルナちゃんは前世の時点でアリステアさんからめっちゃ愛されてたって話です。


 その辺りのあれやこれやは追々に語るとして。

 まずは目の前にある話に焦点を戻す。


 ぶっちゃけた話をしよう。

 世界に存在する自らを神と呼称したり容易く神威を振るい恐れられている存在というのは一つか二つの例外を除いて全てが“神になり損なった者”でしかないって事。


 だってそれらは生きているからね。

 生きているって時点でどれだけ凄まじい能力ちからを持っていても神ではないし、生きているのだから殺せてしまうのだ。


 例外というのはルナのように横合いから強力な呪法を掛けられて地上に縫い付けられているとか、極めて稀なケースを指すのだが。

 少なくとも眼前にて巨大化しているギゼルがその範疇にあるようには思えない。


 どういった経緯かは分からないが彼は神になり損なった“人間”で、だから殺せると。

 ルナはそう判断していた。


「お前は神殺しであるオレの前で、自分を神であると定義しちまった。ならばオレは殺さなきゃいけない。神たるお前は、俺の手で冥府に送らなきゃいけねえ。……お前がそうであるように、“神殺し(オレ)”にも慈悲は無いんだ。諦めろ」


「ほざけぇぇ!!」


 優美なる艶髪を輝く腕の指先で掻き上げつつ確たる歩調を変えもしないでお嬢様がうそぶけば、巨人と化したのっぺり面具の教皇が怒りに任せて吠え、手合いを粉砕せんと腕にて薙ぎ払う。

 しかし彼にとって床スレスレの位置にあったルナの体は、ヒョイと身を屈めただけで簡単に攻撃を潜り抜ける。後から追い掛けてきた爆風にしたって鋼色の髪を靡かせるだけだった。


「神を騙る愚か者よ。お前を在るべき姿に戻そう」


 少女は告げた。

 告げた次の瞬間にはもう膝を立てている巨人の腹の前に居た。


 ――桜心流氣術、奥義。天元てんげん




 ヴンッ。


 少女が突き出した腕の指先にて巨人化したギゼル・ハイラントに触れた瞬間に、男の視界いっぱいに宇宙が広がった。


「な、なんだ、これはぁぁ?!」


 困惑に唸るギゼル。

 そこへ声がこだました。


「神殺しとは魂と肉体に宿った神性かみを分解し解放する事にある。神性が破壊されてしまえば、残されるのは人間ひとの魂とからだのみ。簡単な理屈だろう?」


 少女の音色が鈴を鳴らすように鳴り響く。

 男の意識が溶けていく。


「認めんっ! 神殺しなど我は断じて認めぬっ!」


「黙れよ“なり損ない”」


「ぁごあっ!?」


 必死で吠える男に冷徹な言葉が浴びせられ。

 視界いっぱいに出現した拳がそのまま後頭部まで貫き通す。

 そして男の意識が、視界が元に戻る。


 半壊した大神殿。

 最奥にある今にも砕けてしまいそうな石の玉座にギゼルは座っていた。

 巨大化していたはずの肉体は人間の姿に戻っている。

 隆々としていた肉体はそこかしこから血が吹き出していた。

 手足に力を込めようとしたが筋肉組織がズタズタになっているのか力が入らず痛みすら感じることが出来ない。


「我は……死ぬのか……?」


 随分と高い天井を見上げたまま、長い沈黙の後に呟いた教皇。

 その眼前に立った美しい少女が誰も彼もを虜にするほど妖艶な笑みを手向ける。


「ああ、お前は神に喧嘩を売った。オレは神殺しであるのと同時に神でもあるから。神に挑んだ人の子がどうなるのかなんて分かりきった話だろう?」


 そして少女の背に三対の純白の翼が顕現する。

 頭上には五枚の光輪。

 身に付けていた両腕の手甲が空気に溶けて、衣装が純白のドレスへと換装される。

 華奢な肢体に絡み付くようにして黒々とした鎖が現れ、そこはかとない淫靡さを醸し出す。

 鋼色だった長髪が黄金の光を纏えば、それはもはや人と呼べる代物では無かった。


「本当に、神だったのか……」


 ギゼルは女神化した少女の立ち姿を視界に収めて観念したように呻き。

 そんな哀れな男の額にそっと伸ばした手で触れる。


「安心しろ。お前を神と崇めていた信者達にも後を追わせてやる。寂しくは無かろう?」


「くっくっく……確かに無慈悲だな」


 ギゼルは自嘲の笑みと共に囁く。


「ああ、オレは凶暴で残忍な女神なんだ」


「……ふっ。だが、我は後悔など一欠片も有りはせぬ。力こそが全て。 力こそが絶対。その確信が微塵も揺るがぬがゆえに」


「ああ、それで良い。オレはお前に反省や改心を求めてはいない。ただ、神に憧れ、神に挑んだ大馬鹿者の末路を世界に晒すだけさ」


 ニヤリと笑んだ女神様。

 教皇もまた悪辣な笑みを返すのみ。


 そして男の肉体がサラサラと砂のように崩れていく。

 外部から注ぎ込まれた分解力によって強制的に神性を破壊された魂と肉体はこの時点でズタズタに引き裂かれており放置すれば消滅する。


 ルナが実母であるサラエラに対して奥義を放ったときには直ぐさま自分の力を注ぎ込み欠損箇所を修復したが、この男に対してそれを行う事はしない。

 壊れかけた玉座の上、このまま朽ち果てろ。

 それが少女の考えだったから。


「お別れの時間だ。……もう眠れ」


「これが我が夢の結末か。なんともお粗末な――」


 最期の言葉を吐き出す途中で男の輪郭は一気に弾け、塵になった。

 後には見窄らしい石造りの玉座のみが残されていた。



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