042:教皇⑤ その拳に祝福を
ハングライダー然とした魔導器物を駆使して大空を翔る烏の群れ。
その黒い点々を目前に航空戦闘部隊は雁行形態から散開、狩りの陣形へと移行する。
「儂は先に征く。諸君らはアレを全部叩き落としてから、ゆっくり追いついて来い!」
だがネストの先頭にて部隊を引っ張っていたルナはその様に告げると単身突出した。
それは氣術による飛行において最も速いのが第一人者たるルナというだけではない。
教皇を打倒するといった最優先事項を完遂することを念頭に置くなら少女一人だけ先に往かせて残った者どもで露払いした方がより確実だからだ。
いざという時には自分たちが彼女の足枷にしかならない事を者どもは承知していた。
「お姉様、ご武運を」
ほんの数秒前まですぐ隣にあった聖女マリアが愛しの女神様に声をあげても、弦から放たれた鏃の如くカッ飛んでいったルナお嬢様の耳には届かなかった。
黒烏の群れを蹴散らしてやんぜと言わんばかりにど真ん中を穿った鋼色髪は、もう振り返ることもしないで全速力、即ちレシプロ機なんぞ秒で振り切る速度で空を駆ける。
少女の通った後に発生した衝撃破でハングライダーどもが吹っ飛ばされどうにか態勢を立て直そうとするのも知った事かと捨て置いて。
それから一時間と掛けずに聖導教会の総本山、アギュストフ聖皇国の首都“ファナゴリア”のほぼ中央部に鎮座する大聖堂を眼下に捉えたルナは迫撃砲から放たれた榴爆弾が着弾したかの如き衝撃力と共に建物の真正面へと降り立った。
「敵か!」
「殺せぇぇ!」
「ヒャッハー!」
そんな可憐で涼やかなる少女の輪郭めがけてモヒカン頭の信徒達が武器を手に問答無用で襲い掛かってくる。
ルナお嬢様はと言えば、慌てず騒がず「ふっ」なんて嘲笑じみた息を吐くのと同時に床を蹴って男共の間をすり抜けるばかり。
「悪いが付き合ってやれるほど暇じゃあない。だから初手で全部殺す」
囁いた少女の音色が言い終わるのと同時に男達の体躯が爆発飛散し、白い石床に血と臓物がぶちまけられる。
玄関口を固めていた兵隊は最初こそ百名近く居たが、ものの数分間で一人として立つ者が無くなっていた。
「……教皇とやらは、居るな」
大聖堂の入り口は巨大な扉により閉ざされ、この両脇には厳めしい羅漢像がそそり立っている。
分厚い鉄製扉の向こうから滲み出ている気勢に少女は確信を得る。
強大な敵がすぐ近くに在るという確信。
故にルナは迷い無き足取りで進み出ると扉の前に立ち、片手をそっと押し当てた。
「ノックくらいはして差し上げよう」
ズギャシャァァァ!!!
巨大な扉が吹き飛ばされ、この裏側で待ち構えていた男達を吹っ飛ばした挙げ句に数メートルほど奥まった所にド派手な金属音をがなり立てた。
手甲を填めた手で拳を作る少女。
学生制服を思わせる白い衣装のスカートがヒラリと捲れる。
一方の手合い共は仲間が吹き飛んだ鉄板の下敷きになっている様と、これを行ったに違いない可憐で儚げな少女の立ち姿を交互に見遣って唖然。
けれど数秒ほどで我に返ると各々武器を構え直す。
流石は教会の総本山といったところか。
「皆様初めまして。私はルナ・ベル・ディザークと申します。本日は教皇猊下をぶち殺すために罷り越した次第です」
銅鑼の音の如き金属音が鳴り止んだところで優雅にカーテシーなど披露してみる娘さん。
「殺せぇぇっ!!」
見るからにか弱そうな女の子が折角のご挨拶をしているというのに何を思ったかモヒカン信者達は獣の様な形相で殺到する。
だがルナちゃんの中の人は桜心流氣術を編み出した開祖ご本人様。
百が千でも結果は変わらない。
「あらあら勇ましいことで。皆様そんなにぶち殺されたいのですか?」
女の子然とした慎ましやかな言葉遣いで物騒極まりない台詞を吐く。
「でしたら、漏れなく地獄に送って差し上げますね♡」
妖しいまでに艶のある笑みを浮かべたルナ。
そこへ男達が飛び掛かってくる。
少女は両腕で頭上に輪を描くように、まるでバレエダンサーが舞踏を披露するように独特の構えを執った。
――桜心流氣術、鶴翼刃。
凄まじい勢いで腕を振り下ろす。
すると四方八方から襲い来る男達の体躯が一斉に縦向きに割り開かれた。
「ヒィ!?」
「バケモノ!」
「悪魔だっ!」
まだ遠巻きに見守っていた人々が口々に恐怖の音を紡ぎ出す。
そんな教徒どもを一瞥。
「待ち時間なんてありません。さ、死にたい人から掛かっていらっしゃいな」
屈強というよりは町のゴロツキと呼ばわった方がシックリくるはずの男共が今は怯えて立ち竦む。
そんな彼らを一瞥して少女が曰えば、やはり彼我の戦力差すら感じ取れない悪漢の群れ故なのか勢いに任せて突っ込んできた。
「ぶっ殺してやる!」
「悪魔を殺せっ!」
「俺達は神の使徒なんだぁ!!」
「――笑止」
そこからは一方的な蹂躙だった。
バスンッ。と音がする度に男達の体躯が縦に横にと切り裂かれ、或いは手で触れられただけで躯が歪に膨張、何か言うより先に破裂する。
薄明かりであっても尚白さを感じさせる堂内がドス黒い赤とピンク色の物体に染め上げられてゆく。
暫しの虐殺の後ともなれば、大聖堂には鼻を突く血肉の臭いと静寂に支配されていた。
「……もう居ないのかしら?」
ルナは周囲を見回すと腰の小物入れから鉛玉を取り出し指で弾いて飛ばす。
この弾丸で最奥の柱の影から様子を窺っていた者達が何人か絶命したようだが、反撃してくる気配は無く。
即ち戦意喪失したものと少女は解釈する。
「では先を急ぎますので」
そう告げて足を前に出したルナ。
気配を絶って嵐が過ぎ去るのを待っているのであろう者どもがやがて這い出す様に外へと逃げていくところまで気配を追尾していた少女は「腑抜けめ」と小声で毒づいたが、そんな娘さんのガッカリ感を穴埋めするように大聖堂の一番奥に石造りの玉座の上でふんぞり返っている偉丈夫を発見した。
「あなたが教皇様?」
「如何にも。我こそがギゼル・ハイラント。聖導教会の頂点に君臨する教皇である!」
愉しげな笑みを浮かべ片肘を突く男。
その体躯は鍛え上げられた隆々。身長は二メートルを優に超えている。
玉座の両脇に半裸としか思われない淫靡な衣装を身につけた美女を侍らせ、教皇なる漢はゆっくり腕を動かしルナを指差した。
「良く見ればなかなかの美貌。ならば小娘、貴様を我が愛妾としてやろう」
尊大な物言い。
少女は自身の手が返り血に濡れているのを見てからその親指で首をカッ切る仕草をした。
「寝言は寝てからほざけ。テメーは儂を怒らせた。簡単に死ねると思うなよ?」
ちょいと鬱憤の溜まっていたお嬢様が粗暴な物言いで返せば教皇が立ち上がり羽織っていたマントを床に落とす。
「我を前にしてその物言い、ますます気に入った。小娘、貴様は是が非にでも我が愛奴隷とする! 這いつくばって命乞いさせてやろう!」
「……変態かよ」
愉悦の表情と共に一歩踏み出した上半身裸の筋肉漢を前に、少女は冷え冷えとした目でツッコミ入れたものである。