041:教皇④ その歩みに確信を
アギュストフ聖皇国、その聖都の真ん中にそびえ立つ“ファナゴリア大神殿”。
白一色に彩られた聖導教の総本山には教皇なる漢が玉座の如き石椅子に腰掛け両脇に美女を侍らせていた。
「――報告! アルフィリア王国軍の飛行部隊が我が方に向けて飛び立ったとの連絡あり!」
「ほぅ、とうとう焦れて動き出したか。王国のネズミ共め」
筋骨隆々とした体躯と厳めしい形相は、とても聖職者とは思えない風貌だった。
所作も同様で、日頃から気に入った女を見かければ拉致同然に拐かしてきて陵辱の限りを尽くし、欲しい物を見かければ徳積みの名目で奪い取ってくる。
まさしく盗賊紛いの所業を繰り返すばかりの男ではあったが、だが誰一人として止める事をしない。
なぜなら異を唱えたが最期、そういった輩は神の裁きとして死を賜ることになるから。
教皇ギゼル・ハイラント。
アギュストフ聖皇国の国主にして聖導教の教皇たる漢はどこまでも己が欲望に忠実なる神の使徒であり。
或いは前教皇を己が拳にて爆散させた業深き益荒男であった。
「ならばこちらとしても盛大にもてなさねばなるまい。闇烏どもを向かわせよ」
「御意!」
闇烏は魔導具によって飛行する強襲部隊であり、教会としては公にはその存在を認めていない殺戮兵団である。
それらが与えられる任務としては魔物の群れを駆逐したり、教会のやり方に異を唱える者があらば人知れず闇に葬るといった荒事を丸投げされるのが常だが、故にアルフィリア王国軍に航空部隊が誕生したとの情報を得ても取り乱すことが無かった。
「ふんっ、王国の兵が如何ほどのものか、まずは見せて貰おうか」
玉座の肘置きにて片肘突いた教皇がニヤリと笑んで、空いている方の腕に美女を捕らえて引き寄せる。
教皇様に弄ばれ身も心も奪われている女はそんな漢の所作にも淫蕩な笑みで返すばかりだった。
◆ ◆ ◆
――航空戦闘部隊の旅路は快適そのものだった。
まだ外界に光が差さない頃に出発して時速300キロ、つまりはレシプロ機と比べるにはちょいと遅いけど渡り鳥よりは早いぜってな速度で空を飛んでいれば戦闘なんて起こるはずも無く、呆気ないくらい簡単に国境線の向こうにあるデュラント帝国に侵入した。
地形の都合から帝国領の一部を横切るだけではあるのだけれど、しかしここで地表に兵団の影を発見。
上から見た限り数はおよそ一万といったところで、一見して大軍に思われなくもないが帝国のヤル気の無さの表れなのか進軍速度は緩やかで、遠目に見ても「よっしゃブッ殺してやんぜ!」といった軍気が感じられない。
帝国の大将がこの戦に乗り気じゃあないんだろうなと諸々の得ている情報から判断したルナはこれを華麗にスルーして尚も空を駆ける。
「お姉様、本当に無視して良かったのですか?」
正式には兵士ではないし部隊に配属すらされていないのだけれど本人が主張を押し通してなし崩し的に一員に加わっているマリアがルナの傍で問い掛けた。
女神様の専属聖女としての自覚が芽生えちゃっている瑠璃色髪少女に目を向けたルナは気負った様子も無く答える。
「ええ、帝国側からも兵が出てくる事は最初から織り込み済みだし、私たちにはちょっかい掛けるだけの時間的余裕も無いしね。こちらは最速最短で教皇の首を狩り取る作戦だから有象無象は全部無視するの」
確かにどれだけ進軍速度が遅くてヤル気が見られないといっても、兵数一万もの軍勢ともなればただそこにあるだけでも脅威である。
なので航空戦力としてはちょっかい掛けたくなるのもまあ分かる。
だが彼らはまだ自領の境目を超えていないし、加えて領空侵犯しているのはこちら側なので、先制攻撃をしてしまうと無駄に彼らを煽る結果になっちゃうのだ。
まあ、禍根を残すと後で国家間交渉するって段階で拗れそうだしね。
王国側の立てた作戦というのは、つまりは籠城する一方で最精鋭部隊を差し向け敵の大将を討ち取るといったもので。
王国側は防戦して時間を稼ぐ事にこそ注力していれば良い。
即ち作戦の成否は航空部隊に掛かっているということ。
失敗は許されない。
教皇を討ち漏らせば戦いは長期戦になり、数の上で圧倒的劣勢に立たされている王国は疲弊し仮にこの難局を凌ぎきったとしても国力を回復させるのに何十年と要してしまうだろう。
それは断じて認められない。
「帝国領を抜けたら聖皇国です。こちらは帝国と違ってヤル気満々で待ち構えているだろうから気を引き締めなさい!」
「「「了解っ!!」」」
雁行形態を維持しつつ白く軌跡を描く面々に声を掛ければ者ども揃って気勢をあげた。
入手している情報では聖皇国に飛行部隊が存在しているといった話は無い。
ありはしないがルナは絶対に相手が何かを仕掛けてくると直感していた。
対空戦力を揃えているのか、それともこちらを真似して極秘裏に航空部隊を編成しているのかは分からない。
しかし全くの無策であるとは考えにくい。
なぜなら相手はアルフィリア王国軍内で航空部隊が編成されている事を既に聞き及んでいる筈で、にも関わらず周辺国を嗾けるような真似をしているのだ。
何の策も無いと思う方がおかしい。
そして、ルナの直感が全く以て正しかったことを男達は帝国領を抜けてすぐに知る。
「鳥の群れ? ……違う! 敵だ!!」
「なんだアレは?」
「洒落たモン使いやがって!」
空の上でどよめく隊員たち。
それは昇りゆく陽の光に影を落とす黒い集団だった。
上から見れば三角形だと分かる翼の底部にて同色に染めた衣装を纏う者どもがぶら下がっている。
マリアの前世知識で言えばハングライダーと呼べる代物ではあるのだが、その割に速度が出ている。
普通のハングライダーは20~40キロ、風の影響もあるだろうがそれでも100キロを超える物は稀だ。
にも関わらず彼らは目算で200キロ近い速度で迫っていた。
推進器が見当たらない事を踏まえるなら、それらは魔導具であると考えてほぼ間違い無かろう。
「総員散開! 一匹残らず叩き落とせ!」
「「「イエス、マイロード!!」」」
羽虫といった表現しか思いつかないルナお嬢様ではあるのだけれど、敵方を羽虫呼ばわりしてしまうと同じように空を飛んでいる自分たちにも掛かってしまうからと言葉を飲み込んだものである。