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038:教皇① 動き始める戦局


 口頭だけで師弟となる約束を交わしたルナとダルシス君。

 とはいっても今の社会で師匠と弟子といった間柄がどの程度の実行力を持ちうるのか感覚的に分からないのと、ダルシス少年は13歳でまだ幼くまた武の家系である実家が跡取り息子である彼をそう簡単には手放さないだろうと考えて、まずは話を家に持ち帰って当主たるベレイ・ウォーレス子爵に突き付けてみろと言い含めておいた。

 ベレイ氏がどういった対応をするかで師弟契約を結ぶか否か決めようと考えるルナお嬢様である。


 またクリスティーヌ嬢に関しては日中は延々と氣を練るよう言いつけておき結果として宙に浮くことが出来るようになっていたが、武術については何も教えていないので当然ながら手駒としては数えられない。

 なので彼女とは時々茶飲み友達として家に遊びに来る友達くらいの間柄を維持しておこうと心密かに決めている。

 というかクリスティーヌ嬢との友好関係というのは彼女の実家となるシラヴァスク子爵家との関係に直結しており、肥沃な耕作地帯から採れる農産物を武器に発展してきた歴史がある子爵領と深く繋がっておくことは今後を見据えるなら必須と言えた。

 戦争行為は大いなる浪費であり、この準備として駐留させた多くの兵を飢えさせないためには食料事情を是が非にでも解決しなければいけないのだ。


 クリスティーヌ嬢を味方に付けておくことで食料を融通して貰えるようになる。

 これはディザーク侯爵家の領内に留めておける兵士の上限値が底上げされる事をも同時に意味していた。


 ……というか、後になって見返すに、ダルシスとクリスティーヌって結構似てるよな。とはルナの所見である。

 気性の荒さこそ違えど思い立ったら一直線で周りが見えなくなる。

 一途と言えば聞こえは良いけれど、それは言い換えれば不器用で機転が利かない。腹芸もできないし、策略や謀略を行うにはちょいと不安。

 二人には表舞台に立たせて衆目を集めるような役割を与えておくのが彼と彼女の能力を最大限に引き出すための策であろうとルナちゃんは思った。



 ――さて。

 話は変わるがアルフィリア王国の外側を見回してみる。

 地形的に領土の一部、南側が海に面している当国では海を跨いだ先との交易ができる都合から資金的な余裕はかなり大きい。

 帆船で海を渡ること一週間ほどで同じ大陸内にあって違った文化圏を持つ“トルターニャ連邦国”があり、アルフィリアとは既に漁や交易に関する条約が結ばれている。これは距離が近い事もあってどちらが有利とか不利といった内容ではなく、単に喧嘩に発展しないようそれぞれの領分を弁えましょうといったものだ。

 話によると少なくとも百年だか二百年だかは条文の中身は変わっていないし、それで上手く回っているとの事だから無用な争いは極力避けたいという思惑は両国間で一致しているものと考えられる。

 

 当国の西には壁のように標高の高い山脈がそびえ立っており、その向こうには砂漠地帯が広がっている。

 砂漠を領土としているのは“エルレア公国”といって、青と白のスプライト柄に六芒星の紋様を重ねた図案が国旗となるが、公国とアルフィリアとの関係はそもそも国交が無い。いや、民間レベルでの行商などはあるのだけれど、高い山脈が邪魔しているせいで、といったていで国同士としては不干渉を決め込んでいるというのが現状である。

 だって文化圏が違うし、宗教の観点から見れば聖導教会の教えが広まってはいるけれどそこまで熱心に信仰しているわけでもなく、つまり教皇の威信、支配力という意味では取り沙汰するほどの影響が無い地域となる。


 南、西と来たら次は北方。

 この辺りは国家の枠組みとしては一番面倒臭い。

 ドルディア帝国、トルメキア王国、ユマーシャ王国、ピジアン王国。

 と狭い場所に4つの国がひしめいているが、実は中身はほぼ一緒だったりする。

 これら4国は王家の血筋を巡って反乱したり分裂したりを繰り返していて、今の形になったのもごく最近の事だし、一応の休戦を唱えていても小競り合いは絶えていない。

 なので国境付近にある農村ともなれば、昨日までトルメキアの領民だったけど今日からは帝国臣民、なんて事がしょっちゅう起こっている。


 アルフィリアは静観の一手を決め込んでいるが、それは過去に4国の内の一つを攻めて切り取ったが残りの3国から総兵力を差し向けられ奪還されてしまったという苦い経験がある為だ。

 彼らは一つが消え去れば直ぐさま一致団結して襲い掛かってくる。

 そんなに仲が良いのに分裂し各々独立しているこの現状は茶番としか言い様が無い。


 端から見ればいい加減に国境をきっちり線引きして公式に不可侵条約なり何なり結べよと思わなくも無いが、本人達はいずれも「自分こそが誠の王である」と言って譲らないので結果として内戦じみた戦争と休止を繰り返すなんて話になっているわけだが。

 これを最小限に食い止めているのが聖導教会の意向なのだから世の中というのは複雑怪奇である。

 まあ、教会としては周辺国が疲弊しちゃうと各教会から運ばれてくる御布施が目減りするのでしょーもない喧嘩はするなと言いたい所なのだろうけれど。

 それでも平和になって一番喜ぶのは民草なのだから思惑はどうであれ良き行いには変わりない。

 偽善も善であるとはよく言ったものだ。


 最後に東側。

 こちらには“デュラント帝国”があって、この領土を一部切り取る格好で“アギュストフ聖皇国”がある。

 帝国としては聖皇国が目障りで仕方ないだろうけれど、大陸を掌握する規模の宗教団体が大神殿を置いている場所ともなるとおいそれと攻め立てるワケにもいかず。と、国家間の取った盗られたとはまた違った内情がある。


 デュラント帝国は、軍事力だけを言えば大陸内でも屈指となる。

 何年か前に常勝の天才などと呼ばれる若者が帝位に就いたらしいが、強引とも言える内政改革に着手した結果、民衆からの反発が凄くて当面は国外に目を向けられない状況であるとの事だった。

 

 あと、これは現時点ではアルフィリアに関わってくる話では無いが、当国より北東、北方4国とデュラント帝国に阻まれた向こう側に“ドラゴニア”という竜族の住む国、“フィハーネ”というエルフ達の住む国があって、この両国は十年ほど前から同盟を結ぶ関係になっている。

 どういう事かと言えば、エルフという種族は男も女もめっちゃ美形揃いで、故に北方4国にしてもデュラント帝国にしても度々エルフ狩りを行い捕まえて奴隷にするなんて事があった。

 これを憂慮すべき事態と見たエルフ族の女王がドラゴニアの竜王様に打診して同盟を組んだと。

 するとどうなったのかと言えば、竜王VS周辺国の構図が出来上がってしまったと、そんな話である。

 竜族は数こそ少ないが個人の戦闘能力は人間の比じゃあない。

 特に竜王の放つブレスはそれ一つで町が消滅するレベルらしく、だから各国としても簡単に手出しできなくなった。


 この諸々を伝え聞くに、人間とはつくづく業の深い生き物であると断じずにはいられないルナお嬢様である。



「――さて、これが最近までの状況なのだけれど、最新の情報だと北方の国々とデュラント帝国がアギュストフ聖皇国の提言により軍事同盟を締結。対アルフィリア包囲網を完成させたらしいわね」


 ここはアルフィリア王国の軍事拠点となったアザリア要塞の一室。

 軍部のお偉いさん方々が雁首揃えている軍議の間である。

 ルナは母サラエラ共々出席を求められて顔を出している。


「西は今のところ目立った動きを見せていないから放置するとして、問題は北と東。私が相手の立場ならタイミングを合わせて一斉に宣戦布告、侵攻を開始する所だけれど、これに対抗する作戦としてウチの(・・・)ルナちゃんから一つのプランが提出されているわ」


 エリザ王妃が居並ぶ諸侯に対して声を張り上げる。

 書類などは各々の背後に控える書記官がその場で速記しており、なので新たに資料を作成、配布するなどはしない。紙はまだ大量に生産できる状況にはないから仕方の無い事である。


「つまり国境付近にそれぞれ兵を配置し、防戦して時間を稼いでいる間に航空部隊でアギュストフの首都を直接叩く。といった方法。教皇が潰えれば同盟の意義そのものが失われるから各国としても兵を引くしかなくなる。私としては完全に同意だし、可能なら反撃に転じて北方の4国ともを手中に収めたいところだけれど、諸侯の意見を聞かせて欲しいわ」


 部下の発言に耳を傾けている、といったていを取り繕ってはいるが、作戦の本筋は確定事項となっているから後は何処に誰を配置するかといった話でしかないのだと並み居る面々は嫌が応にも気付かされる。


 エリザ王妃は金獅子の二つ名で呼ばれる女傑であり、その彼女が今は目を爛々輝かせているのだ。否を唱えられる人間など在りはしないだろう。

 そして彼女が拠り所としている人間こそルナ・ベル・ディザーク侯爵家ご令嬢。

 母サラエラも銀の剣鬼として名を馳せた武人で、その女傑も沈黙を通しているからには話し合いは既に行われており双方が納得しているものと考えるのが妥当。

 ならば尚のこと、武将方々は黙するより他にすべを知らない。


「しかし宜しいので? 教皇の暗殺を企てるともなると成否に関係無く信者達の反発は必至でしょうに」


 手を挙げたのは王国にあって王都から程近い場所に領地を持つヒヨリ・ミー子爵。

 子爵殿は兵と資金を出し渋っているのかどうにも乗り気じゃあない。

 エリザ王妃はニヤリとして彼に返した。


「まず宗教的な面で言えば、ルナちゃんは女神教のご神体、つまり現職の女神様なわけよね? 神に傅く教皇が神より偉いなんて話は無いわ。加えて先だって女神教を国教とする旨を各所に通達しました。なので反発し決起した教会信者というのは例外なく反乱分子として逮捕し投獄、場合によっては処刑します」


 国内に潜んでいる外患を排除する策も兼ねていると王妃が告げる。

 ヒヨリ子爵は顔を青くして口を噤んでしまった。


「政治的な問題は後回しするとして、今は効率の良い兵の配置について考えましょう」


 堂内の静寂を破って声を上げたのはキルギス総督その人である。

 彼の役割は全軍を取り纏め指揮すること。

 総司令として実質的に軍を動かしているのはエリザ王妃なのだけれど、王妃が所用により席を外していたり前線に出ている場合には彼が代わって全体を動かすことになる。

 勿論相応の立場として裁量権が認められているし、総督の責任は非常に重いのだ。


「国境沿いは辺境伯が固めていますが、ならば派遣した兵をあらかじめ展開させておくのは場合によっては悪手ともなり得ます。そこで航空部隊から偵察の人員を数名借りて国境沿いを見回らせ、敵の位置が確定してからの出撃とした方が無駄が少ないように思われます」


 魔導具による通信は既に軍内に広まっており実用レベルにある。

 なので駐留している兵団は国境から少しだけ離れた位置に固定しておいて、越境してきた部隊に対してそれぞれに兵を出した方が効率という意味では優れていると言いたいようだ。


 エリザ王妃は「ふむ」と考え込む仕草を見せてからルナに目を向ける。


「兵を割ることになってしまうけど、どうかしら?」


「問題はありません」


 尋ねる王妃様に対する返答は簡潔だった。


「各国の状況を聞いた限り空での戦いはまだ広まっていないようですし、ならば部隊を三つに分けて100名二個中隊を地上戦のサポートに充てるのが宜しいかと」


 極端な話、敵聖皇国の首都に向かうのはルナとその護衛に就く50名だけでも充分なのだ。それを100名としているのだから安全マージンはお釣りが返って来るくらい取れているし、ならば他の200を分割して地上戦に加えた方が敵を圧倒できる公算が高い。

 この旨を告げるとキルギス総督は「それは有り難い」と安堵の息を吐いた。


「分かったわ。それでいきましょう」


 未だに剣と魔法でドンパチするばかりの諸国に、真の軍事国家とは斯くあるべしと手本を示す。

 これは新しい戦争の遣り方を模索したアルフィリア王国の一つの成果であると世の歴史書に刻まれる事となるが、それはさておき。


 軍事拠点アザリアにて軍議が行われてから一ヶ月と経たない内に、国境周辺にて空上偵察の任に就く兵から知らせが飛び込んできた。


 “北方より南進する兵あり、数はおよそ一万である”と。



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