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035:修羅道にご招待① がんばれダルシス君


 ダルシス・ウォーレス(13)。

 近衛騎士隊を率いるベレイ子爵のご子息で紅髪が特徴の少年。家系を遡れば近衛騎士団長にしてアルフィリア王国最強の騎士と謳われたレガリア・ウォーレス氏の名前が出てくる。つまり戦闘職のサラブレッドと見るのが妥当な所か。


 クリスティーヌ・シラヴァスク(13)。

 シュバルツ子爵の娘。グレー色に近い黒髪なので地味で大人しそうな印象を受ける女の子。気弱なのかいつもオドオドしている節がある。でもルックス的に可愛いから化粧をしたら大化けする可能性が大。シラヴァスク領には過去に治水に関する技術と堤防建設の資金を提供しており、その甲斐あって未曾有の大洪水が起こった際に領内の被害を最小限に食い止めることが出来た。なのでシュバルツ子爵はディザーク侯爵家に対して恩義を感じているご様子である。


 ――とまあ、本日のゲストはこんな感じの少年少女なのだけれど、過去のデビュタント・パーティーで気安い調子で招待していて、その言葉を真に受けた二人が侯爵家の新邸宅へとやって来た。というのが事のあらましとなる。

 なお二人は幼馴染みにして婚姻を約束された間柄。

 ダルシス君はクリスティーヌちゃんが好きで、できることなら自分だけを想っていて欲しいとかいう独占欲丸出しボーイで、そこへ“女の子は強い男に惹かれるものです”と囁き、あまつさえ“私の修行を受ければ今の百倍は強くなれましてよ?”などと悪魔の如く誘ったものだから、邸宅を訪れた彼の目的は修行であると簡単に推し量ることができる。

 一方のクリスティーヌちゃんは、まあ、ルナと出会った最初から好感度増し増しだったように見受けられるし、一年間の眠りから復帰したルナのお見舞いを兼ねてお茶でもしたいと思ったのだろう。


「――あぁ♡ お姉さまぁぁん♡」


 屋敷の玄関口で出迎えようと出て行ったルナは、馬車の客室から出てきた少女がめっちゃ媚び媚びの甘ったるい声をその可憐な唇から紡ぎつつ有無を言わせず抱きついてきたものだから何とも複雑な気持ちになった。


「おいクリス! はしゃぎ過ぎだっ!」


 そんな彼女を追い掛けるように同じ馬車から這い出してきたのは紅髪の少年。

 髪色は、アリサちゃんと比べると幾分かくすんでいる。

 顔つきからして生意気そうなガキんちょは、それはもう調教し甲斐……もとい教育のし甲斐がありそうだった。


「ええと」


「久しぶりだなルナ! ってかいい加減に離れろって、クリス!」


「やぁぁん♡」


 オドオドとして小動物感のあったクリスティーヌお嬢様がルナの前で瞳を潤ませ頬をほんのり赤らめている。

 そんな娘さんの肩をガシッと掴んで引き剥がそうとするダルシス君。

 お嬢さんは尚も甘ったるい声で嫌々と頭を振って縋り付こうとするものの男子の腕力には敵わなかったようで簡単に離されてしまう。

 物欲しげな顔のクリスティーヌ嬢は、それでも気を取り直したように衣装のスカート裾を摘まんで挨拶をする。


「ルナ・ベル・ディザークお嬢様。本日は招待していただきありがとうございます」


「ええ、クリスティーヌさん。お元気そうで何よりですわ」


「やっとお会いできました。お姉様がお眠りになられた折りにはこの世の終わりかとも思われましたが、こうして再び相まみえる事が叶って本当に良かったです。……本当に、よかっ……」


 台詞を最後まで言い切ること無くクリスティーヌ嬢は肩をワナワナと震わせ泣き始めてしまったじゃあないか。


 というか、なんでそんな好感度が天元突破しているのか?

 そもそもお姉様呼びを許した覚えなんて無いのだけれども。

 けれど玄関口で泣いている女の子を放置するのは流石にマズいと思って慰めるように抱き締めて背中をさする。

 端では剣呑とした目を向けている紅髪少年の姿。

 気まずいったらありゃしない、である。


「――兎にも角にもようこそおいで下さいました。数日ほどは当家にてゆっくりなさって下さいませ」


 客室を二人それぞれに宛がい、彼らの家からそれぞれに出向してきているメイドさん数名にも家の者を当ててから応接間にて合流。

 二人に付いてきているメイドというのは専属でこういった旅先でもご子息ご令嬢を世話するよう言いつかっているので一時ながらも滞在する屋敷内で自由に動き回れるよう取り計らっておかなければいけないのである。

 それぞれの専属を後ろに、貴族家の子供達はソファーに腰掛け歓談する時間を設ける。


「それはそうとクリスティーヌさん。先ほどから距離感おかしくないです? そこまで親密な関係であったとは記憶しておりませんけれど……」


「え、お姉様、お嫌でしたか?」


 本来ならダルシス少年の横に座っているはずのクリスティーヌちゃんが、ルナの横にベッタリ張り付いて離れようとしない。

 言って聞かせようとするとフルフルと身を震わせ目にいっぱいの涙を溜めて見上げるような仕草で迫る。


「そうだ! ルナ! 俺の婚約者をたぶらかしやがって!」


 と、これはダルシス君の物言い。どうやら彼の中でルナは諸悪の根源になっているようだ。


「誤解のないよう言っておきますけれど、彼女と顔を合わせるのは今回が三度目。誕生日パーティーとデビュタント・パーティー、つまり催し事で招待した中に含まれていただけですし“気心の知れた仲”と言えるほど長い時間を共に過ごしているわけでもありません」


「じゃあクリスのこの態度は何なんだ! お前にベッタリじゃないか!」


 声を荒げているダルシス君。

 それはこっちが聞きたいと物申したいルナ。

 というかこんな状況をマリアやアリサに目撃されたらと思うと気が気じゃあない。


「お姉様! 来ちゃいまし――っ!?」


 そんな中に飛び込んできたのは元気いっぱいアリサちゃん。

 自慢の紅髪がどこに居ても映える超強気美少女は問答無用で応接間扉を開け放ち我が家の如く足を進めたところで硬直した。


「あぁ……」


 思わず目を覆うルナである。


「ちょっと貴女! 私のお姉様にくっつくの止めなさいっ!」


 肩を怒らせたかと思えば烈火の如き剣幕でクリスティーヌ嬢の触れている肩を引き剥がそうとする。


「あ、あぁ、そんなぁ」


 今にも泣いちゃいそうな、この世の終わりかってな面持ちのクリスティーヌ。

 けれどそこへ追い打ちを掛けるようにやってきた聖女姿のマリアが厳しい声を掛ける。


「クリスティーヌ・シラヴァスク子爵令嬢様。お姉様は私のお姉様であって貴女のお姉様ではありません。貴女の心情が如何なるものかは存じませんけれど、私たちのお姉様を占有しようなどといった世間知らずな振る舞いはお控えください」


 え、あなた男爵家の令嬢よね?

 子爵家の娘さんにそんな口を利いちゃうのは色々とマズいのでは……?

 目を向けるとこめかみに青筋を立てつつ能面のような顔になっているマリアさんのお姿ががが……。


 こえーよ二人とも。

 思いつつ「まあまあ二人とも落ち着いて。ね?」と言葉だけでなだめてみる。

 対岸のダルシス君は、迂闊に口を開けばそんな二人の怒りの矛先を浴びてしまうと本能的に察知しているようで口を閉ざしてしまったり。

 この軟弱男めっ! 後でその女々しい根性を鍛え直してやるからな!

 などと思ってしまうルナお姉様である。


「お姉様、何でしたら消してしまいましょうか? 証拠を残さず処理するなんて簡単ですわ」


 と、いつから居たのか喪服の様な黒ドレスの義妹シェーラがそっと耳打ちする。


「シェーラ、お願いだから余計な事を言わないで……」


 開け放たれたまんまの扉の向こう側にて蠢く黒装束にんじゃたちの気配。

 ダメだコイツら、早く何とかしないと。

 そう思っても収拾付かない混沌とした状況は一寸たりとも改善の兆し見当たらずってなもんだ。


「皆さん、では修行を始めましょう!」


 困ったときは修行だ。

 とソファーから勢いよく立ち上がったルナ。

 死ぬほど体を動かせば、きっと友情が芽生えて仲良くなるに違いない。

 そう、修行はあらゆる問題を解決する万能の手法なのだ!



 ――そんな経緯から、半ば無理矢理に少年少女達を解体作業も途中の旧邸宅、その脇にある修練場へとやって来た五人。

 ルナをはじめアリサもマリアもマイ胴着に着替えており、来訪客たる二人にも白い胴着を貸し付け着替えさせた。

 血気盛んなダルシス君は壁際に並べられた刃の入っていない訓練用の剣を見つけてそちらへ駆け寄ろうとするもののルナが鋭い声で制する。


「ダルシス様、剣は準備運動が終わってから。まずは体を温めないと大怪我のもとです」


「けっ、偉そうに」


 注意すると口を尖らせ不満を露わにする少年。

 そんな彼に紅髪と瑠璃色髪のお二方が詰め寄る。


「なによアンタ、お姉様に喧嘩売りたいならまずは私が買うわよ?」


「……」(ポキポキと拳を鳴らすマリア)


 剣呑な目を返された少年は「ちっ」と舌打ちすると「わ~ったよ、やれば良いんだろ!」と吐き捨てるように叫ぶ。

 そこまでいけば後はこっちのものだった。


「――はひっ! はひっ! お、おい! いつまでっ! 走らなきゃ、いけないんだぁ!」


 延々と走ること三時間。

 息も絶え絶えの少年。クリスティーヌちゃんは途中で倒れちゃったので修練場の壁際で見学。体を冷やさないようタオルケットにくるまっているが、走り続ける面々に向ける羨ましそうな視線がどうにも落ち着かない。

 今回は早めに切り上げようかなんて思ってしまうルナお嬢様である。


「何を甘えたことぬかしてんだモヤシっ子! そんなに自分の体力の無さをアピールしたいのか!」


「ぜぇ! ぜぇ! な、なにおぅ!?」


 けれどアリサちゃんが許さない。

 拳法の修行も平行して行っているアリサは、ルナを除いて一番の体力持ちなのだ。

 修練場には鷗外や他の面々も見受けられるが数は少ない。

 他の部隊員たちは飛行訓練ということでディザーク侯爵領の領空権内をグルグルと飛び回っている。


「オラッ! 口答えする余裕があるなら走りやがれ!」


 ヒートアップするアリサちゃん。

 まるで海兵隊のブートキャンプね。だとしたらアリサ様は差し詰め鬼軍曹ってところかしら。

 などとルナの隣で呟くマリアちゃん。

 何の話をしているのかこれっぽっちも分からないルナお姉様であった。



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