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034:ラトスに戻った。


 ルナの目算だと、例えばエリザ王妃が軍を編成し聖導教会アルフィリア支部へと進軍したとしても速度の差により軍配はこちらに上がったと思える。

 加えて正規の兵士として訓練を受けた者達と宗教への盲信から略奪と殺戮を行おうとする暴徒の群れとでは個人の能力差があって当然。

 民衆を制圧することはさして難しい話じゃあない。


 しかし、ルナは個人的に“戦争”という形式にしたくなかった。

 なぜって、戦争ともなれば多大な犠牲が出るし、出費が嵩むし、しかも相手とするのが一般信者つまり平民ともなるとどうしたって心証が悪くなってしまうから。


 だから軍の編成を待たずして航空戦力だけで敵陣の直上まで乗り込んでいって、自分の、というか“神”としての能力にて封殺したのだ。

 こうすることで“アルフィリア王国軍vs聖導教会”という図式ではなく、“神vs異教の徒”といった政治を絡ませにくい分かりやすい構図にした。


 これはアイドル、つまり人気によって世界征服を目論むルナにしてみれば重要な事と言えよう。

 どれだけの美貌を誇ろうと類い稀なる美声を響かせようとも、恐怖や憎悪に瞳を濁らせた人々には響かないのだから。


 その辺りは細心の注意を払って事に当たれたと後になってさえ自画自賛できるお嬢様であった。


「お嬢様、お茶の支度が整いました」


「ありがとうアンナ」


 麗しの故郷にして今や女神教の総本山と化しているラトス。

 その町から見れば郊外と呼んで差し支え無い位置に建てられたディザーク家邸宅にて、ルナは専属メイドの声を聞いた。


 王都のオーガスト城にて報告を終えて家路に就いたルナは、それからの数週間をのんびりと過ごし。

 ややあって新たに完成したお屋敷へと家族ともども住まいを移した。


 旧侯爵家邸宅は家人の荷物一式を運び出した時点で取り壊し、新たに兵舎を建設する予定となっている。

 それまで使用されていた兵舎というのは警備兵の宿舎の隣に仮として建てられた代物で内側を覗けばタコ部屋状態という見るも無惨な惨状が広がっている。

 いくらなんでもあんまりだ。と不憫に思ったルナお嬢様が大切な兵士達のために住処を建てることを提言。娘を甘やかしたいジル侯爵(お父様)が簡単に了解したといった経緯がある。


 ……というか。

 今の時点で航空部隊の増員が決定しており、国王夫妻が有用性を認めたこともあって王家の全面的バックアップの元、国民の血税がドバドバ流し込まれることになっている。

 人員の選定は素質の問題もあってかなり厳しくなるだろうけれど、それでも概算で千人規模まで膨れ上がる可能性があった。


「しかし、ここまで話が大きくなると管理が大変だわ」


 新お屋敷の庭、屋根のあるテラスに設置されたテーブル席に着座して出されたティーカップを傾ける。

 お日様は燦々降り注ぎ昼日中の庭園と、その向こうにあるラトスの町並みを色鮮やかに描き出している。

 ラトスの真ん中辺りに鎮座している女神教神殿にちょいと違和感を覚えながら優雅な一時を過ごすルナお嬢様であった。


「お姉様、ごきげんよう!」


「あらマリア、ご機嫌よう。貴女は元気ね」


「はい! お姉様に会いたくて、来ちゃいました」


 暫し暇を持て余していると向こうから聖女衣装の瑠璃色髪少女が飛来してきてルナの前に降り立ち衣装スカートの端をちょんと摘まみ上げる。

 お姉様LOVEにして女神様専属の聖女でもあるマリア・テンプル男爵令嬢は今や女神教団にとって欠かすことの出来ない重要人物でもあり。

 そんな娘さんが跳ねるような勢いで手招きしたルナのすぐ隣に置かれた席に腰を落ち着ければ、勢い余ってお姉様へと手を差し伸べて抱擁を交わしてみたりである。


「あぁ、お姉様の匂い♡」


「あんっ、ちょっとマリア。恥ずかしいから嗅がないの!」


「だって私、もうコレ無しじゃ生きていけない体ですし♡」


「私の体臭は危険なお薬か何かですの?」


「もっとタチが悪い。一度知ってしまったら抜け出せない危険な蜜の香りなのです♡」


「なんだか卑猥に聞こえるのは私だけかしら……」


 などと毎度お馴染みとなりつつある軽口をここでも叩き合って身を離す。

 ラトスに帰り着いてからのマリアちゃんは聖女業を再開し、日帰りで家と神殿と侯爵邸の三点間を行き来している。毎日飽きることもなく。

 まったく見上げた根性である。


「あ、そう言えばお嬢様、近々クリスティーヌ・シラヴァスク嬢とダルシス・ウォーレス氏が当家にお見えになるとの事です」


「……ええと、ああ、あのお二人ですか。というかどういった用件で?」


「お嬢様が口頭にて招待したように記憶しておりますが」


「ううむ。ああ、そんな事もあったかしらね」


 頭を捻って思い出そうとすること暫し。

 朧気ながら思い出したルナお嬢様がポンと手を打つ。


 クリスティーヌお嬢様とダルシス少年は、共に預言書(乙女ゲーム)“蒼い竜と紅い月”に登場する人物で、ダルシス・ウォーレス子爵令息は攻略対象、クリスティーヌ子爵令嬢はその婚約者として物語を彩ることになる。

 というかゲームの主人公がダルシス君を射止めてしまうとクリスティーヌちゃんはあっさりと見捨てられ、傷心のまま生家であるシラヴァスク領に引っ込んでそれっきり、というのが物語はなしの顛末になるのだけれども。


 ルナとしてはどうにも気に入らない。

 なのでダルシスの幼年期でその腐った心根を叩き直してやろうと思い、過去に行われたデビュタント・パーティーで煽ったものである。


 あれから一年ものあいだ音沙汰が無かったのは主にルナの都合なので責めるのは筋違いとなるが、流石に憶えていろと言うのも酷な話であろう。

 そんなお二人さんが近日来訪するともなれば「祭りだ! 腕が鳴るぜ!」と昂ぶったってそれは仕方の無い事であった。


「ダルシスさん……ですか」


「マリアはああいった直情的な子はお嫌いかしら?」


 ちょいと複雑そうな顔をしたマリアに問い掛ける。

 すると大人しめの聖女様は首を振って否定する。


「いえ、嫌いではないですけれど、すぐに暴力に訴える男の人というのは苦手だなって……」


「う~ん。男の子は多少ヤンチャなくらいが丁度良いと思うのですけれど。……矯正するにしてもあからさまに反抗的な方がやりやすいですし」


 あ、お姉様はそういう視点なのね。

 などと呟くマリアちゃん。

 ん? プライドが高くて反抗的な貴族家のガキをボコボコにぶちのめして自尊心を木っ端微塵に打ち砕くというのはめっちゃ楽しいイベントじゃあないかと言いたいルナお姉様である。


「けれど、なまじ根が純情で一本気だから下手にボコしちゃうと逆に惚れられちゃいますよ?」


 お姉様に纏わり付く悪い虫は一匹残らず排除したいマリア。

 忠告とも取れる言葉をお姉様の耳元で囁く参謀殿である。


「大丈夫、その為にクリスティーヌちゃんを同伴させるのよ」


 だがルナだって策士である。

 普通に一対一でボコれば、強い女に憧れを抱く少年ともなれば恋愛感情へと発展してしまう可能性も無いと言い切れない。

 だがここに彼が既に惚れているであろうご令嬢を配置しておけば、そうはならない。

 惚れた女に格好良い所を見せたい少年なのだから、それはもう我武者羅がむしゃらになって他に意識を向ける余裕なんて無い筈だ。


 我ながら完璧な作戦だぜと自画自賛するルナお嬢様であった。


「あれ? そういえば今日はアリサ様を見ていませんけれど……?」


「ああ、アリサちゃんは家でミーナ夫人(お母様)から手ほどきを受けている筈ですわ」


 つい忘れがちになるがアリサはミーナ・ウィンベル伯爵夫人の娘で、紅華魔導拳術の継承者でもある夫人から拳法を伝授される身である。

 なので航空戦闘部隊エンゼル・ネストの小隊を預かる立場であっても同時に己の修行を怠ることも許されない。

 そういった事情から週の内の一日か二日は実家で修行しているのだ。


 こちらで行われる兵士としての訓練と家で行う修行。

 どちらが苦しいのかと過去に聞いたことがあるが、彼女曰く、伸ばすべき能力の方向性が違うからどっちも同じくらいにはキツいのだとか。

 まあ、確かにルナの扱う桜心流は“氣”の運用を第一としており、彼女の拳術は格闘術なので修行方法が違うのは当たり前ではあるのだけれども。


 何にしても何時いつでも何処どこでも元気いっぱい烈火の如き娘さんが見当たらないとはなが無いというか、どうにも落ち着かないマリアである。


「何にしても、少しの間は退屈な日々が続くでしょうね」


 ルナはお替わりにと注がれたお茶を上品に喉へと流し込んで告げる。

 「その心は?」と問うマリアに鋼色髪少女はしれっと答える。


「この前、聖導教会の支部を一つ潰したじゃない。その帰りにお城で報告したんだけどね、この時に面白い話が聞けたのよ」


 勿体ぶるようにティーカップを皿の上に戻したお嬢様。


「周辺国が対アルフィリア包囲網ということで軍事同盟を結んだらしいわ」


「となると、いよいよ戦争ですか」


「ええ、とは言えすぐにドンパチにはならないでしょうし、そうはさせない。私としては根本を叩くタイミングを測っているだけだから、開幕一発目で大人しくさせる考えではあるの」


「分かりました。もちろん私もお供しますよ?」


「ええ、お願いねマリア」


 ルナの言う根本というのは、言わずと知れた聖導教会の総本山。

 即ち教皇を直接的に叩くといった話なのである。

 周辺国が当国に対抗するために同盟を結ぶともなると間違い無く教皇が裏で糸を引いている。

 だったらその糸をプッツリと切ってやれば、空に上がったたこは簡単に空中分解するに違いなかろう。

 重要なのはタイミングだった。

 彼らがアルフィリアに対する明確な敵意を示さない事には、こちらからは動けない。

 これはエリザ王妃から釘を刺された事でもあった。

 先に動いた側が最終的な悪者にされてしまう。だから今は待ちの一手を決め込むしか無いのだと。


 現在、同盟を結んだというのに周辺国に目立った動きは無く、聖導教会も沈黙を守っている。

 どこかが焦れて動き出せば、これを名目に出撃できるのだけれど。

 とはルナの胸中であった。


「我慢比べですね」


「ええ、焦らされるのは辛いわ」


 二人して聞きようによっては猥談とも取れる言葉を囁き合ってクスクスと笑う女神様と聖女であった。



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