033:女神と金獅子⑮ 要約すると
「――優れた技術というのは一度世に出てしまえば他国もこぞって追従し、だからすぐに模倣されてしまう。なので義理や人情にかまけて出足を鈍らせれば途端に他国に追い抜かれ汚泥を舐める羽目になります。そうならないために我々は生き残るための方策を常に模索し続けなければいけないのです」
蓬莱帝國から来た軍艦が本国に向け舵切りしてからの事を言えば、ルナは国王夫妻に物申してその足で沖合まで飛んで行って沈没していた巡洋艦をサルベージ。港町ラダークからちょいと離れた海岸線まで運んで砂浜の上に降ろした。
この件に関しては以降はお嬢様の手を離れ技術開発部が請け負う格好となる。
「ルナちゃんは文字通りに私たちにとっての神様ね」
敗北は即ち死か奴隷として踏みにじられるかの二つにしか繋がっていない。
だから勝つために手段は選んでいられない。
戦争を政治の手段であると認識するエリナ王妃は、だから二つ返事でルナの言葉を承認した。
解体して徹底的に調べてこちらでも量産できる体制を整えるのが最良の策であると。
国王様は少々の戸惑いと躊躇い――通商条約を締結させこれから仲良くしていきましょうと手を取り合った矢先の事ともなると葛藤の一つもあったようだ――を見せたが、王妃様は嬉々として少女の案に乗っかったもの。
王国に穴だらけの巡洋艦をプレゼントしておいてルナお嬢様は更に王妃様に物言いする。
「蓬莱の件が一段落したので、ちょっと出撃してきますね」
「どこへ?」
「もちろん聖導教会の支部がある所です」
エリザだって歴戦の猛者。暗殺や王都空襲が未遂に終わったともなれば今度こそ教会側が直接的な手段に訴えかけてくることだって予想していた。
なので早々に軍を編成し、王都の防備を固めると同時に教会支部が置かれているところへ進軍しようと考えているところにこのルナ嬢の申し出。
訝る王妃様に鋼色艶髪の娘さんは凄烈な笑みを返す。
「貴族は舐められたらお終い。それは神だって同じ事です。なので彼らには私に牙を剥いた報いを受けて頂きます」
あ、これ大虐殺するつもりだ。
と金獅子の二つ名で呼ばれる王妃様も悟ってドン引きした。
「ああ、いえ、私自身は一人として殺めたりはしませんよ? なにせ国民的アイドルを目指している身ですから。ただ、軍を動かせばそれだけでお金とか資材とかを消耗しちゃう世知辛い世の中ですし、ケチれる部分はケチった方が皆が幸せになれると思うのですよ」
取り繕うように曰うルナお嬢様。
絶対嘘だ。とエリザ様は思ったそうな。
「その代わりと言っては何ですが、王家の名義で冒険者ギルドに依頼を掛けていただけませんか? 魔物の討伐依頼ということで」
「……ああ、なるほど。その路線でいくワケね」
万事心得たと言わんばかりに頷いた王妃様。
冒険者は実力は別として社会的地位は底辺、スラム街に屯するチンピラよりはナンボかマシといった程度の職業である。
奴隷という身分は、少なくとも表立っては認められていないのでここでは省く。
その上で、冒険者達に仕事が回れば雇用が満たされ、市井にお金が巡る。
国内政治の観点から見ても少女がやろうとしていることは非常に有益と言えた。
「じゃあこの混乱に乗じて女神教の国教化も進めておくわね」
「はい、その様に」
聖導教会アルフィリア支部を何だかんだで殲滅した後は、女神教を正式に認可することで教会側を異教徒認定する。
即ち宗教弾圧すると言っているのだ。
「他国の宗教団体が国内政治に口を挟むなどは越権も甚だしいし、ましてや軍を率いて気に入らない政権を打倒しようなどと、それはもはや侵略と何ら変わらない所業。断じて認めるわけにはいきません」
「うん。とても神様の言う台詞とは思えないわね」
「いいえ、神様だからこそそう思うのです。人間は闘争する生き物です。だから必然的に人間同士で殺し合うことになる。それは良いのです。存分に殺し合って滅ぶも良し、手を取り合うも良し。けれど神の名を声高に唱えて剣を振るうことは断じて認められない。なぜなら神なる者は一言として“殺し合え”などと命じてはいないのだから」
ルナの目には怒りが滲んでいた。
宗教如きが神の名を汚すな、とでも言わんばかりの気勢である。
エリザ王妃は、故に頷いてルナに命じた。
「分かったわ。じゃあ、取り敢えず私たちを王都まで運んでちょうだい。諸々の手続きもあるし、諸侯を集めての軍議も開かなきゃいけないからね」
「承知致しました閣下」
ニヤリと笑み頷き合う王妃様とご令嬢。
一連の遣り取りを静観していた国王陛下以下の方々は「金獅子が二人になった」と内心でガクブルだったそうな。
――そんな次第からアイドルのPV撮影の為にと港町ラダークを訪れていた人々は、来たときと同じように航空戦闘部隊に担がれて今度は王都メグメルを目指した。
軍事拠点となっているアザリアには駐留している部隊を動かすようにとの命令書を持たせた伝令を走らせ、一方で国王夫妻はオーガスト城に帰り着くなり諸々の支度を始める。
そしてルナを筆頭とした航空戦力は一直線に聖導教会アルフィリア支部の置かれている丘の上の大神殿へと奇襲を仕掛けた。
というのが顛末になる。
「――我々のお仕事はここまでです。後はお城まで戻って国王様に報告。それからアザリアを経由してラトスに帰投します。皆さん、家に帰るまでが遠足です。くれぐれも気を抜かないように!」
「「「イエス、マム! イエス・マイロード!!」」」
眼下にてそびえ立つ神殿の内側では己が欲望が祟ってスライム化した者どもが災厄を逃れた人間たちを捕食しようと襲い掛かるなんて惨状が繰り広げられている。
スライム化しなかった者達というのは、つまりはルナの女神の力を受け入れる事で半ば眷属と化した者ということになる。
けれどルナは、そんな彼ら彼女らを救おうとはしなかった。
「救出しなくて宜しいので?」
空の上、問うてきた鷗外。
部隊長の答えは簡潔だった。
「私は神罰として彼らを一律に罰しました。ですのでこの局面を乗り越えた者しか認めないし救いもしない。当然の話でしょう?」
生きて逃れ得た者だけを眷属として認め保護する。
確固たる意思の元に行われた報復である以上は、この場面で救いの手を差し伸べることは道理に反すると、これがルナの答えなのである。
「一度切り結んだ以上は最後の一人になっても戦えと。私がそれ以外を認めないと、貴方はよく存じている筈ですが?」
「まったく恐ろしい女神様だ」
「何を今更」
空を飛びながら軽口を叩き合ってみたり。
ルナの背後ではお馴染み聖女ちゃんが飛んでいたが、彼女にはまだ日が高く照明を必要としていない事と、あまりに凄惨な場面は見せたくなかった事とで城での待機を言いつけたが本人が頑として突っぱねた。
『私はお姉様の聖女です。だからお姉様だけに汚いものを背負わせるなんて認められません。私も一緒に同じものを背負います』
決意に満ちた目でそんなことを言われてしまえば、もう断る事も出来なくて。
それで今に至ってもマリアはルナお姉様と共に在るのだ。
「マリア、今回のことは忘れてしまいなさい。これは私が女神としての矜恃から行った所業で、貴女の意思とは全く関係の無い出来事なのだから」
「いいえ、お姉様。私は今日あった事を胸に刻まなくてはいけません。それがお姉様の聖女としての矜恃ですから」
なんと殊勝な物言いなのか。
本当に意地らしくて愛らしい娘さんであると感動を禁じ得ないルナお嬢様である。
視線を前へと向け直せば、王都の中央にあって威風堂々にそびえ立つオーガスト城の白い輪郭が見えてくる。
ルナは雁行形態を崩すことなく飛び続ける部下達を見回すとちょっぴり誇らしい気持ちになった。