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030:女神と金獅子⑫ 極星の3人目


 港町ラダークに帰り着いたのは朝日が水平線から顔を出した頃合いで、部隊を解散させたルナはマリアだけでなくアリサと鷗外も伴って国王夫妻の宿泊している宿屋へと足を運んだ。

 もちろん撮影係として随伴していたアーシャ嬢も一緒だ。

 彼女が持っていた映写具を差し出せば王妃様は宰相ヴィンセント・ハイマールを呼ぶように指示を出して、ルナ達も交えての鑑賞会。

 今ごろ隊員達ヤツらはベッドの上でイビキでも掻いているに違いないと内心でぼやきながら表面上はお誘いに快諾して見せたルナちゃんである。

 とは言ってもルナ様は寝なくても食べなくても問題のない神様ボディなんだけどねっ。


「……なんとまあ、流石としか言いようのない辣腕っぷりね」


 撮影された記録映像。

 ルナと空母“天城”の艦長後藤田氏との会談映像を一先ず見終えたエリザ王妃様が呆れた様に声に出す。

 老宰相殿が「然り」と頷く。


「相手に非があると責め立て、恩を売り、抵抗せぬよう遠回しに脅す。交渉事のお手本とも言える手管ですな。あとでこの映像を複写して貰っても?」


「ええ、構いませんよ。たぶん」


 話を振られたアーシャ嬢は簡単に承諾したけれど、彼女は魔法省からの出向という形で随伴していて、だから撮影された映像の権利諸々は魔法省に帰属する。ということは省長であるクレイ氏の了解がないと複製も貸し出しもできない筈なんだけどな、とは端で見ていたルナちゃんの思った事だ。


 まあ映像の版権諸々に関しては分かってる人達にお任せするとして、課題となっている条約に関してお三方へと丸投げする方向で話を進める。……え? 全部人任せじゃねえかって? 細けえことは良いんだよ。


「何にしても通商条約に対して私は結ぶべきとは考えておりますが一方的な搾取にならないよう気をつけなければいけないと思います」


 確かにルナが行った会談により多少こちらに有利な内容でも飲ませることは出来ると思う。

 しかし数年で終わらせる関係ならいざ知らず、この先うん十年、場合によっては何百年と続くかも分からない、或いは両国間で極めて良好な関係を築き上げ軍事同盟にまで発展する可能性だってある以上は可能な限り公平で公正な取引相手であると思わせておいた方がお得である。

 なので自分の思う方向性を簡単ながら添えておくルナだった。


「なるほど。軍事同盟を結んでおけば周辺国と開戦した折りに援軍が期待できるってワケね」


 エリザ王妃が真剣な顔で頷く。

 蓬莱国は海洋国家であり、極めて高い技術力と工業力から生み出される軍艦や航空機は援軍とするならば途轍もなく頼りになる。

 反面、大陸内陸部で起きる戦闘に関しては期待できないが、ならば逆に海沿いが主戦場になるよう誘導してやれば良いだけの話でしかない。

 アルフィリアにとって、軍事同盟の締結はとても魅力的な案件だった。


「あとは、かの國に私の様な人間が複数存在している可能性から、関係を拗れさせる事は極力控えるべきかと」


 ルナの神妙な顔に疑問を呈するのは国王様。


「ルナ嬢、確か君は特殊な条件で神の如き力を手に入れたと聞いたように記憶しているが、そういった人間が蓬莱にもいると? しかし例の艦長殿は“見た事が無い”と言ってた筈だが」


「ええ、そうです。“居ない”とは言わずに“見た事が無い”と。つまり彼が直接相まみえる機会がなかっただけで、存在はしていると受け取った方が正解に近いという事です。それに彼は異世界転生者、前世の記憶を持って生まれてくる人間について言及しておりました。つまり、彼らの政府? 幕府? ……の中に何人かはそういった人間が在籍していると、在籍して前世の記憶にある技術を再現していると考えれば蓬莱軍の他とは一線を画する兵器にも筋が通ります」


「うむ。そうだな。……異世界の技術か。是非とも欲しいな」


「ええ、我が国の軍事の在り方がここ数年で転換期を迎えておりますが、そこへ兵器の刷新が加わる事で本格的な運用が可能となるでしょうね」


 大きく頷く国王様。

 アルダート王は宰相に顔を向けた。


「ヴィンセント、この通商条約は我が国に落ちてきた幸運の種だ。何としてでも実らせるのだ」


「御意に!」


 おぉ、アルダート氏が王様らしき物腰で宰相殿に命令している。

 この人本当に国王様だったのか。

 などと無礼なことを考えつつのルナちゃんは、こうして席を立つ。


「私は少しだけでも寝てきますのでなるべくお早い仕事をお願いします。あと王都から取り寄せたい人や物があるなら隊員達に命じて下さい」


「ええ、長い時間働かせてしまって御免なさいね」


 労いの言葉を掛ける王妃様に一礼すると聖女らお付きの者達を引き連れ退出したものである。



 ――結局、この日のお仕事としてはそれで終いになった。

 予約されていた宿の一室でコロンとベッドに寝転べばたちまち眠りの境地へ誘われ。

 目を覚ませば真っ昼間になっており、宿の一階食堂で腹ごしらえ。

 今日こそは羽を伸ばすぞと意気込んだところへ宰相殿の使いがやって来て隊員を貸し出して欲しいと言われた。

 案の定、王都から連れてきて欲しい人間が居るんだとさ。

 それで部下をてきとうに見繕って送り出し、後は町の景観を楽しみつつウィンドウショッピングに洒落込んでみたり。

 潮の香りが漂う港町なので国内に居ながら異国情緒を満喫できるのだ。


「あ、お姉様、アレ可愛い!」


「ふふっ、そうね」


 右腕に絡むマリアの腕。左側にはアリサの腕。

 両手に可愛い娘さんを侍らせるルナお嬢様。

 後ろには影のようにシェーラが付き従っているし、建物の屋根を伝って移動する忍者軍団――彼らはシェーラのように空を飛べないので地上を走って追い掛けてきたらしい。ご苦労なこった――も時々見かけるから警備体制もバッチリ。シェーラの隣を闊歩する鷗外などは「これだけ厳重だとちょっかいも掛けられねえな」と複雑そうな面持ちだ。


「あの~、ちょっと良いですか?」


 街中を歩いていると突然に買い物籠を腕に引っ掛けた中年女性が声を掛けて来る。

 「どうしました?」と笑顔で答えるルナに、女性は人当たり良さそうな顔で近づいて来て、こう告げる。


「本当に申し訳ないのですけれど、今ここで死んで下さいます?」


 見た目と台詞の内容が噛み合っていない。

 そのギャップに意表を突かれて動作が一瞬遅れる。

 中年女性は顔色を全く変えることもしないまま買い物籠から黒光りする針のような物を取り出すと腕を振り抜いて投擲してきた。


「チッ!」


 身動きしようとしたが両腕は少女二人に絡め取られたまま。

 マリアもアリサも慌てて身を離そうとするものの間に合わない。


 ガキーン!


 飛んで来たニードルは、しかしルナの蹴り上げた足のつま先に弾き飛ばされ放物線を描いていた。

 中年女性は、だがそんなことは想定済みとばかりに腕に掛けていた買い物籠を投げつけてくる。籠を投げておいて自分も標的目がけて駆け込んできた。


「我が名は銖泉シュセン! 極星十二神将が一柱なりっ!!」


 ――光明真拳、側穿指そくせんしっ!


 タックルするような姿勢での突進から五指を広げた手を突き出す。

 一見して抱きつこうとしているかのように見えるが、その指先に鋭く尖った金属製の爪がくっついている所を見るにどうやら胴体に突き立てる構えであるらしい。

 それにしても不格好ねと思いながら、ルナは左右の腕が自由になっているのを確認すると指先をクルクルと回し光の輪を描く。


 ――桜心流氣術、戦輪斬。


 指が離れても空中に静止したまま動かない光の輪っかを気合いと共に放った。

 飛び掛かってくる女性の身体に突き刺さる輪っかは、しかし彼女の勢いを止めるには至らない。

 あと少しで鋭い指先が少女の体躯を捉えようとしたところで中年女性はグルンッと白目を剥いて倒れた。


「意趣返しです。正面から真っ直ぐ飛んでくる物に意識を集中させた直後に側面から攻撃されるとなかなか躱せないものですよ」


 涼やかな音色でうそぶくルナお嬢様。

 身長差があっても相手が低い姿勢になっていれば上段蹴りを側頭部に叩き込むのは簡単なのである。


「後の事をお願いしても良いかしら?」


 肩越しにシェーラちゃんへと問い掛けると、ここでも喪服を彷彿させる黒い衣装の娘さんが慇懃に頭を下げる。

 彼女が指をクッと曲げると四方八方から飛んで来た忍者達が倒れた女性を担ぎ上げ飛び去っていくのが見えた。


「お姉様、極星なんちゃらな人達ってあと9人くらい居るんでしょうか?」


「でしょうね。けれど強敵は二人か三人かだと思いますよ」


「けれど暗器を使ってきたり、なんだかやり口が卑怯です。気をつけて下さいね」


「ええ、分かってます」


 不安げなマリアちゃんと囁き合うルナお姉様は、けれど次の瞬間にはもう極星なんちゃらな人達の事なんて綺麗さっぱり忘れているのだった。



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