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029:女神と金獅子⑪ 皇国の艦隊Ⅳ


 蓬莱帝國から派遣されてきた和平の使者。なんて看板を掲げつつも、飛行機ってか戦闘機を満載した空母に巡洋艦に駆逐艦とかいう、どこからどう見ても戦争する気満々じゃねえかってツッコミ入れたくなっちゃうような陣容で沖合に停泊していた軍艦たち。


 軽く一当てしたところで巡洋艦は徹甲弾の餌食になって沈没してしまったが、残る二艦にしてもその後の遣り取りを経て白旗を掲揚する事となった。


「蓬莱と結ぶべき通商条約の文面はこちらで作成します。幸いにも港町には国王陛下のみならず宰相閣下もいらっしゃる事ですし、そちらに丸投げ(おねがい)するのが最善でしょう。……もちろん、貴官が自らの手で作り直したいと言うのであればそれでも結構ですが、あなた方は既に国家間における極めて悪質な挑発を行っておりますし、ハードルは見上げるばかりに高くなっていると考えて頂かないと即座に突き返される羽目になりますよ?」


 空母の一室にて涼しい顔で曰うルナお嬢様を前に、後藤田艦長は唯々頭を垂れて「お任せします」と返した。


 こっちが死ぬほど苦労して剣でチャンバラする戦を過去の物とするような兵器群を完成させ乗り込んでいったというのに出てきた相手は本職の神様ときたもんだ。

 いくら何でもあんまりだろと内心じゃあ愚痴りたい気持ちでいっぱいの艦長殿ではあるのだが、そんなの関係ねーと話を進めるルナちゃんである。


「ああ、そう言えば。先ほど貴方は私を指して“現人神あらひとがみ”と呼びましたね? 私はその言葉に聞き覚えが無いのですが、どういったものなのです?」


「ええ、我が蓬莱は八百万の神々の住まう國でして、神とは即ち『神威を持つ物、人の子に理解し得ないもの』それら全てをひっくるめた総称なのです。その上で、何らかの理由により人の形を保ってこの世界に顕現している神を『現人神』と呼んでおるのです」


 まあ、つまりは超常の力を持つ人間をその様に呼んでいるらしい。

 確かに神なんてものは人間如きに解析できるものでもないから「良く分からないもの」として一括りにするのも、あながち間違った解釈でもないのかも知れないが。


「……ですが、そういった言葉が存在しているということは、蓬莱にも私の様な人間が居るということでしょうか?」


 後藤田は少し考えた後で答える。


「少なくとも私は見た試しが御座いません」


 ただ、と付け加えたのは異世界転生者の事だった。


「転生者とは前世の記憶を持ち越して生まれた者を指しますが、これも神の所業と思えなくもないですな」


 前世に異世界で生きた記憶を持つ人間の中には、稀に珍妙な能力を持って生まれてくる人間がいるらしい。

 具体的にはまだ幼い子供なのに大きな岩を軽々と持ち上げる常軌を逸脱した力自慢だったり、恐ろしく計算が速かったり、はたまた一寸先も見通せない闇夜にあっても昼間と同じように動き回れたり。

 だがそれらは程度の差こそあれ「常人よりも優れている」といった枠を出ていない。

 神と呼ばわるのとは違うのではないかと男は言う。


「つまり転生者の中には、例えば私の様に神に祈りを捧げることで様々な奇跡を起こす聖女のような人間はいないということですか?」


 ここで口を挟んだのはルナと並んでソファーに腰掛けているマリアだった。

 マリアはルナ、というか女神アリステアに祈りを捧げることで治療や蘇生を行う事ができるいわゆる聖女で、聖導教会にだって同じく聖女は在籍している。

 蓬莱には存在しないのかと問えば、壮年の艦長殿はルナに対するとの比べて数段熱量に劣る目で一瞥し口を開く。


「神職はあるし、彼らもそういった法術は心得ている。あなた方の言う魔法全般を指しているのなら陰陽師もおれば大陸から流れてきた魔導士や妖術師も籍を置いている。もちろん、法術の行使に長けた転生者もおります」


 馬鹿にするな、とでも言わんばかりの調子だった。

 つまり、蓬莱における魔法というのは技術の一系統であって、習得するまでの速度や実際の効力に関しては人それぞれだが転生者だから魔法が使えるとか、そういった話にはならないってこと。


「じゃあ、基本的にはそんな変わらないのね……」


 顎に手を添えて呟くマリアちゃんである。


「ああ、でしたら忠告して差し上げますが、聖導教会とはあまり仲良くしない方がよろしいですわ」


 ルナは告げる。

 その真意を確かめようとする男に、鋼色髪少女はニッコリと笑んで言葉を紡いだ。


「そもそも私は聖導教会に属してはいませんし、彼らが崇めるエヘイエとかいう神とも面識はございません。私はアリステアという忘れ去られたいにしえの神の一柱ひとつですし。今は事情があって現世に留まっているだけです」


 嘘は言っていない。

 ルナはエヘイエと面会した事は無いし、その存在を確かめることもしていない。

 またアリステアというのはルナが前世で深い繋がりを持った女神の名であるのと同時に、肉体が分解・再構築された際に得てしまった冠名であって。

 要するに個人の名称というよりは性質的には課長とか部長とか係長といった役職に近い固有名詞に過ぎないのだ。


「その上で、私はそう遠くない未来に聖導教会を叩き潰す考えをしております。彼らは聖職者などではなく欲に溺れた詐欺師たち、即ち罪人の群れに過ぎません。神の信徒を名乗るに値しないやからどもが好き放題するのは面白くないと、だから滅ぼす所存なのです」


「……なんと」


 後藤田氏が目を見開いて驚愕する。

 男はルナ達が教会に属しているものとばかり考えていた。

 しかしそうではないと断言した事で彼の態度が更に軟化する。


「分かりました。我らがすめらぎにはその様に報告します」


「ええ、お願いしますね」


 現人神であらせられるルナお嬢様が聖導教会を滅すると決めている。

 この表明は、つまるところが蓬莱帝國にも進退を迫っているに他ならない。

 教会と手を組みルナに諸共討ち滅ぼされるか、それともルナの手を取り共に栄えるか。

 少なくとも後藤田には烏合の衆を何百万人と集めたところで本物の神を打倒しうるとは到底思われなかった。


「では、まずはここで撮れた映像を持ち帰って国王陛下に見て頂いて判断を仰ぐと致しましょう。……それから先ほどの戦いで戦死者がいるのなら死体を回収して甲板に並べておきなさい。帰りがけに蘇生させておきます」


「おぉっ!」


 話が纏まったのであれば戦死者などは遺恨の種にしかならない。

 だから復活させておく。

 もちろん蘇生させる際に、色々と仕込む腹づもりではあったが、もちろんそんな素振りはおくびにも出さないルナちゃんであった。



 ――遺体の回収作業は速やかに行われ、小一時間もすれば撃墜された零戦のパイロットも、撃沈された巡洋艦“夕張”の乗組員たちも全てが空母の滑走路の上に並べられた。


 死者数が数百名規模になっているのは巡洋艦に積み込まれていた救命ボートの内で無事だった物が極めて少なく結果乗組員の大部分が海に投げ出されたからだ。もちろん徹甲弾を雨あられと食らった艦が盛大に爆発炎上した際に巻き込まれて死亡したケースだって多い。

 それでも遺体を余すところなく回収できたのは幸運としか言い様が無かった。


「では始めましょうか」


 管制塔から抜け出したルナお嬢様は、遺体回収を手伝い今は海兵たちと同じ甲板の上にて整列する航空戦闘部隊エンゼル・ネストの姿を確認すると並べられた遺体の前に立つ。


 甲高い音色が辺り一面に響き渡り、そして夜の闇に巨大な光の柱が突き立った。


「志半ばにして傷つき斃れた勇敢なる戦士達よ。今ここに再びの生を与えましょう!」


 それっぽいことを曰いながらルナの身体が変化していく。

 背に生えた純白翼は四対。光の灯った輪郭の頭上に現れた光輪は八枚。

 光沢のある長髪が黄金の光を放ったかと思えば、真昼のように明るく照らし出された滑走路の上に金色の粒子が降ってきて遺体たちへと吸い込まれていく。

 光は輝きを増していって、誰も彼もが目を閉じ或いは手で顔を覆ってしまう程になった。


 数秒間なのか、或いは数分間なのか。

 元の闇夜が戻ってきた空母の上で、奇跡が顕現する。


「俺、生きて……?」

「花畑で爺ちゃんに会ってた筈なのに」

「爆発は……爆発はどうなった?!」

「死にたくない、死にたくねえよ!」


 覚醒したものの事態が飲み込めていない男達は周囲を見回し、それを目の当たりにした船の乗組員たちは「奇跡だ」とか「女神様だ……」なんて茫然自失に呟いたかと思えば少女一人に向けて平伏する。


(これで艦長が私に対して矛を向けようとしても他が諫めてくれるわよね)


 総員から傅かれて内心でニンマリする娘さんであった。

 四対翼の女神様は、なにも博愛精神から死者を蘇らせたワケじゃあない。

 何百人かの死体を目の前で復活させる事で彼らのハートをがっちり鷲掴みする目的があったのだ。

 空母の乗組員達がルナを女神であると、決して不興を買ってはいけない不可侵の存在であると認知することで今後の無用の戦いが全て回避できる。

 崇め、おそれる対象が目の前に居れば嫌が応にも世の中は平和になるものなのである。


「では後藤田艦長、こちらでの話がまとまり次第使者を送りますので、くれぐれも迂闊な動きはしないよう念を押しておきますね」


「はい、心得ております」


 下男に申しつけるような態度のルナお嬢様。

 けれど艦長殿は復活劇の模様を見ていたこともあって気分を害した様子も無く。むしろ女神様と会話している今この瞬間を噛み締めるような、悦びに充ち満ちた態度で慇懃に頭を下げた。


「では皆さん、行きましょうか」


「「我らが空帝閣下! いと尊き慈愛の女神! 我らが命を捧げます! 我らが忠義を捧げます!!」」


 ルナが空中へと身を踊らせたところで隊員達が唱和し追従する。

 空母の上に立つ他の兵士達は呆気にとられながら、けれど羨ましそうにネストの面々を見つめる。


 いやお前ら、なぜこのタイミングで称えた?

 ツッコミ入れたいルナお嬢様ではあるけれど、再び滑走路の上に降りて部下達を叱るというのは見た目的に宜しくないと考え直すと深い深い溜息と共に高度を上げていく。


 ああ、そうか。

 コイツらまだ酔っ払ってんのか。

 出撃する直前まで居酒屋で酒を飲んでいた事実を思い返して、もう一つおまけに溜息を吐き出すお嬢様であった。



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