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027:女神と金獅子⑨ 皇国の艦隊Ⅱ


 港町ラダークを飛び立った300名の兵集団は薄闇の中にあってさえ捉えていた海上の気勢に向けて一直線に飛んでいく。

 ルナは、というか先ほどまでPV撮影の打ち上げ会と称して大衆居酒屋で飲んでいた者どもは自らに禁酒を課していたり下戸だったり年齢的に飲めなかった人間を除いてはどれもこれも赤ら顔だったりするが、日頃から厳しい修行くんれんに明け暮れている身ともなればいくさだと言えばすぐに動けるよう身体を作っている。


 雁行形態その一番前を飛ぶルナのすぐ後ろには聖女マリアと、なぜだかくっついてきたアーシャさんが居る。

 マリアの場合は光魔法の使い手でもあるので夜間戦闘では絶対に欠かすことができないが、アーシャ女史は肩に担いだまま降ろそうともしない撮影機材で余すところなくルナの姿を撮っているけれどその映像を帰ってからどうするのかちょっと気になる所である。


「マリア、光を!」


「はい、お姉様!」


 ――《光よあれ(ライト)》!


 捕捉し続ける気配の手前辺りで聖女マリアちゃんに光源を指示すれば、瑠璃色髪の主人公少女は嬉々として魔法を発動させる。

 神に祈りを捧げることで聖なる光を発する奇跡の力と違って単に自然現象を再現するだけの魔法だが、実用性だけを見るなら光量も持続時間も数段こちらが上。

 つまりは難しい術が必ずしも優れているわけじゃないって話だ。


 出現した光の塊が夜の海を煌々照らし出し、そこに潜んでいた物体を克明に浮き彫りする。


「――徹甲弾、用意!」


 上空400メートルは航空戦闘部隊エンゼル・ネスト領域フィールドで、故に眼下にて照明光に明々照らし出される船が全面を鋼鉄で覆われた威容であっても関係ない。


 護衛対象であるのと同時にこの無敵の軍団どもを率いる部隊長でもあるルナは、他と比べて一際目を引く白い衣装もそのままに、左手に保持した筒状の砲弾の鋭角を航行中の艦船へと向け、もう片方の手で握りこぶしを作って引き絞る。


 砲弾に氣を送り込むことで破壊力は青天井に加算されていく。

 対象物にぶち当たった瞬間に弾の方が砕けてしまうと元も子もないので、故に弾頭部分を鋼でコーティングし強度そのものを引き上げている徹甲弾を使用。

 見るからに分厚い装甲に覆われているであろう鉄の軍艦を一撃の下に粉砕する腹づもりであった。


「ってぇぇっ!!」


 叫ぶのと同時に自らも砲弾の底部を思い切りぶん殴る。

 薬莢に詰め込まれた炸薬が爆発し、赤く灼けた弾頭部分が標的めがけてカッ飛んでいく。

 ルナの手から放たれた砲弾は、二番目に大きな鉄船の中央部分へと吸い込まれていき、船体が僅かに折れたかと思えば盛大に爆発炎上。続けて他の隊員達が放った砲弾が突き刺さり二次爆発、三次爆発を引き起こす。


「へえ……」


 ルナがニヤリと笑んだ。

 目を向けるに一番大きな艦船の真っ平らになっている甲板の上で鳥を模したような鉄塊が一直線に駆け、空に上がってくるじゃあないか。

 空は俺達の物だとばかりに、不遜も甚だしい輩どもである。


「総員、空中戦に備えよ!」


 隊員達は我が意を得たりとばかりに散開し、ノロノロと駆け上がってくる飛行物体へと襲い掛かる。


 ズドドドド!


 相手側から籠もった小さな爆発音が発せられたかと思えばルナの方へと向かってくる。

 少女は飛んでいる羽虫でも捕まえる様に手を振ったかと思えば飛んで来た物を鷲掴み。指を開いてそこに手の平サイズの弾頭があるのを発見する。


「なんだ、どこの国でもやってる事なのね。もう少し面白い攻撃手法を期待していたのだけれど……」


 ほんのりとガッカリした調子で呟くと気持ちを切り替え「ふんっ!」と氣を放出する。

 少女の全身が紫電を纏い始めた。


「じゃあ、こちらからはお手本を見せてあげなきゃね」


 ――桜心流氣術、雷甲らいこう


 ルナが自らの身体を光の塊へと変じたかと思えば空飛ぶ鉄塊など問題にならない速度で突っ込んでいって易々貫き通す。

 深緑色に塗装されていた鉄塊は簡単に爆発し、炎に飲まれて落ちていったかと思えば海面と激突し消えていった。


「……防御性能は無いに等しい、っと」


 まだ光に覆われたままルナがうそぶいて、眼下にてそびえ立つ台座のような鉄船へと身体の向きを変える。

 甲板上では六つめか七つめとなる飛行鉄塊が今まさに飛び立とうとしていた。


「ある程度の距離を走らないと飛べないって事ね。だったら台を壊してしまえば打ち止めになる。そうではなくて?」


 独り言ちて数秒の後に、発艦寸前だった鳥の如き鉄塊を上から強襲。

 ぶん殴って胴体を真っ二つにへし折り、同時に真下にあった滑走路も大きく陥没させた。

 この衝撃で巨大な船体が前につんのめるように傾いたようにも思われたが、流石の重量物なのか簡単に沈んだりはしない。


 ルナの後を追い掛けてきたようで、十名ほどの隊員達が続けて着地する。

 そこへ駆けつけて来たのは船の乗組員たちで、彼らは黒光りする塊を手に訪問客らを取り囲んだ。


「ああ、彼らの行動様式がだいたい分かったわ。つまり彼らは鉛玉をああいった器具を使って飛ばしていると、要するにそういう話でしょ?」


 独り言として述べたつもりだったが斜め後ろに付いていた聖女マリアが「ですね」と答える。


「あと、付け加えるとしたら、彼らの持っている武器は異世界で使用されていた物ととてもよく似ています。きっと原理的には同じだと思います」


「なるほど、つまり――」


「こちらの方々の中に私と同じ転生者が紛れ込んでいる可能性が高いと、そういった話になりますね」


 聖女マリア、言い換えるなら乙女ゲーム“蒼い竜と紅い月”の主人公マリア・テンプルとしてこの世に生を受けている彼女は、異世界で生まれて死ぬまでの記憶を持ち越している異世界転生者である。


 魂の輪廻転生という意味では異なった環境にて生まれ変わるなんて事は珍しくも何ともない無いのだけれど、通常は生前の記憶も能力も業も何もかもが綺麗に削ぎ落とされ無垢な状態で出荷――もとい再びの生を得るものだけど、人為的もしくはシステム的エラーによって稀に記憶や人格を持ち越したまま別の世界に生まれる事がある。

 そういった人間をマリアは異世界転生者と一括りに呼び習わしているが地域によっては他の呼び名があるかも知れない。


 いずれにせよ他にも同様に転生前の記憶を持ち越している人間が居て、その優秀さで技術レベルを一足飛ばしに成長させたとするならば眼前に広がっている艦橋の様相とて説明できてしまうというもの。


 ルナはマリアには下がるよう言いつけておいて自分は拳をぐっぱと閉じて開いてしつつ敵集団に向けて歩き出す。


「さ、死にたい人から掛かっていらっしゃいな」


 冷涼な音色で呼びかける。

 白いブレザー制服然とした軍服のスカートがちょっぴり風に煽られ捲れ上がっても気にしない。

 敵兵達は、まあ、普段の禁欲生活が祟ってか目を泳がせたけれど。


「ま、待て、待ってくれ!」


 まさしく一触即発といった空気の中で、声を上げたのは敵兵の垣根を掻き分けてきた一人の男。

 男は他の兵士達とは衣装が違っており白い制服姿だった。


「艦長からの命令だ。銃を下ろせ!」


 彼は周囲に対して声高に叫ぶと自分はルナ達の前でピシッと敬礼してみせる。


「戦闘機パイロット達に対しても交戦を取り止めるよう通達しています。そちらにも矛を収めて頂きたい」


「なぜ? 一度切り結んだ以上はどちらかが全員死に絶えるまで殺し合うのが戦争というものではなくて?」


 何を言っているんだお前は、とでも言いたげな表情でコテンッと小首を傾げるお嬢様。

 可愛らしさと言葉の内容が全然合ってねえ。とは居合わせる全員が思ったこと。


「いいえ、まだ開戦には至っておりません。――申し遅れました。私は蓬莱帝国海軍に所属しております稲垣と申します」


 白制服の男は言ってから頭を下げる。

 ルナは「ふむ」と述べてから後ろで見守っている聖女ちゃんを呼びつけて「停戦の合図を」と指示する。


 マリアが頷き魔法を行使すると、空に青い光の塊が打ち上げられた。

 光魔法の優れている点は、術式の構文にちょっと手を加えるだけで色や光量を変えられるというところ。神聖系魔法の光ではここまで融通は利かない。

 光に色を付けられれると言う事は、軍全体に簡単ながら指示を出せるといった話になる。

 青は戦闘を中断せよ。赤は攻撃を継続せよ。といった具合だ。

 これまで常にルナの動作を目端に捉えていた隊員達なので使用する機会が無かったが、本日使うことがあったのは僥倖ラッキーだったとも言えよう。

 まあ、隊員達が信号の意味を覚えていればの話ではあるが。


 暫し空を見上げ、鳥形鉄塊と隊員達の戦いの音が静まったのを見計らって少女は「それで?」と稲垣を促す。


「艦長はあなた方とは交渉の余地があると考えております。管制塔までご案内しますので着いてきて下さい」


 白制服の稲垣さんは見た目は三十路で真面目そうな印象を受ける御仁であった。

 ルナは返事も聞かずに踵を返した彼を「まったく忙しいですこと」などと評しつつ、マリアと撮影スタッフ(アーシャ嬢)、他に隊員二人に付いてくるよう指示を出しておき、他にはその場で待機するよう命じておいた。

 なおこの時点でアリサや鷗外といった小隊長は空の上で待機しており、戦闘再開の合図があれば即座に攻撃を開始する態勢だった。



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