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026:女神と金獅子⑧ 皇国の艦隊Ⅰ


 大陸の東、海の果てに蓬莱ほうらいという國がある。

 かの國では天下布武を成し遂げ幕府を築きし将軍が人の王として君臨、同時に神事を司る王としてすめらぎが就く。


 神の皇と人の王、この二つの玉座は各々に役割を持ち、故にどちらかがもう片方を簒奪しようといった事は無かった。

 蓬莱はこの体制を千年以上ものあいだ続けてきた。

 今まではそれで問題なかった。


 長らく続く平穏は四百年もの長きに渡って続き、しかしその均衡は突如として破られる。

 国内で起きたクーデターに端を発してすめらぎこそを頂点とする蓬莱帝國が誕生したのだ。


 かの國では異世界の記憶を持って生まれる子供が時折あらわれ、その才覚を買われて政治や軍部の中枢へと潜り込んでいく。

 するとどうなったのかと言えば、大陸ではまだ帆船が航行し空を飛ぶことが人類の夢であるなどとほざく未開の野蛮人が幅を利かせている時代にあって、油を燃焼させることでタービンを回しスクリューの回転によって航行する鉄製の軍艦と、エンジンの馬力をプロペラの回転力へと変換し推進力とする航空機、はたまた人間の兵士など簡単に踏み潰してしまうカタピラと120ミリの回転式砲塔を併せ持つ砦の如き戦車で構成されるという、どう考えてもチートだろってな軍隊が形成されてしまった。


 そして彼らは気付いちゃったのだ。

『あれ? 俺達、ひょっとして世界征服できるんじゃねえの?』と。


 故に、港町ラダークの沖合100キロ地点に停泊する艦隊が空母“天城”を筆頭に軽巡洋艦“夕張”、駆逐艦“神風”といった大日本帝国海軍を彷彿させる名称の艦船で構成されていてもそれは至極自然な話と言えよう。


 ただ、まあ、中世ヨーロッパ的な文明レベルに魔法といった学術大系を組み込んだいわゆるファンタジー世界にあってはひどく異質でかついびつな景観とも言えたが。


 そんな蓬莱帝國海軍から派遣されてきた三隻の一つ、空母“天城”の艦長『後藤田』は厳しい面持ちで管制塔の窓の向こうに広がる夜の海と、彼の前に立って何とも形容しがたい表情を顔に貼り付けているアルフィリア王国貴族エイブラ伯爵とを交互に見遣っている。


「……貴君らと我々とでは“友好”というものに対する解釈が違っているらしい」


「いや、そうではありません閣下。今こそ帝国海軍の威容を大陸中に知らしめる時なのです」


 後藤田は空母とその脇を固める二隻をすめらぎより預かり、西へと舵を切りここまでやって来た。

 その目的はあくまで和睦のためであり、地球の歴史で行われた日本に黒船がやってきて開国を迫るといった事件、つまり強制的な和平を異世界ではこちらから仕掛けてやろうといった意趣返しによるものである。

 帝國側としては現段階で西側諸国との間に和平条約を結んで経済的な繋がりを作っておけば、ゆくゆくは皇より発せられるであろう大東亜共栄圏の確立に対して阻害されるリスクが軽減する筈で、故に聖導教会からの呼びかけに応えたに過ぎないのだ。


 聖導教会は一神教、唯一絶対の神エヘイエを崇める宗教組織で、大陸の大部分で信仰されているそれは苛烈な性質も併せ持っている。


 対して蓬莱帝國では八百万やおよろずの神々を祀る多神教で、故におおらか、というか無頓着。

 神道しんとういにしえの宗教であり、今やただの概念と化している。

 教理など残っていない、なぜそういった儀式を行い祝詞を唱えるのか誰も分からないまま執り行っている状況なのである。


 と、そうなれば聖導教会側から兵士に仕立て上げられた何十万もの狂信者が送り込まれ奪略と殺戮の限りを尽くすと思われがちだが、そういった出来事は起きていない。


 なぜかと言えば、蓬莱が報復と称して攻めてきたら一年以内に大陸全土が蹂躙されてしまうからだ。

 教皇は鬼畜の如き人間性であっても馬鹿ではない。

 友好的な姿勢から徐々に技術を盗み出し軍事力を強化する腹づもりであろうと、だから和平の使者を招くと打診してきたのだと、その様に考えていた。


 しかし現場に到着してから後藤田艦長はそうではないことを理解する。

 彼らは蓬莱帝國の戦力を利用して謀反を起こし自分たちに都合の良い傀儡国家を新たに作ろうと画策しており、即ちその片棒を担がせるために呼びつけたのだということ。


 後藤田は内心で怒り狂っていた。

 尊くも慈悲に満ちた陛下のご意向を踏みにじり己が懐を潤さんとする強欲なる野蛮人ども。これはもう陛下に事の次第をつぶさに報告し、宣戦布告も辞さずの構えで臨まねば帝國の威信にも傷が付くであろうと思われた。


「エイブラ卿、冗談もたいがいにしなさい。我らの武力を以て一国を滅ぼし傀儡政権を打ち立てたなどといった事態になれば周辺諸国より悪鬼の所業とのそしりを受けましょうぞ。それとも、貴君が仕える教皇殿()は我らを悪役とするために態々このような辺境まで呼びつけたのでしょうか?」


 後藤田の言葉にピクリと反応する伯爵。

 男の目に露骨なまでの怒りが灯った。


「辺境とは聞き捨てなりませんな。私はこう見えて王国貴族なのですぞ?」


「その王国に今まさに反旗を翻さんとしているのは何処の御仁ですかな?」


 睨み付けられては後藤田だって黙っていない。

 男のそれなど比較にならない程の怒気と殺意を全身から迸らせる。

 しかしエイブラ伯爵は唐突にフッと息を吐くと一転して笑みを浮かべた。

 怪訝に思った後藤田艦長の前で男は口を開く。


「まあ、ここで我々がいがみ合ったところで一度放たれてしまった矢はもう元には戻りませんからな。穏便に事を進めましょう」


「……どういう意味でしょうか?」


 意味深な言葉を言われて後藤田が眼を細める。

 手合いは「くくっ」と悪巧みする代官のような笑みに口元を歪める。


「いや、なに、些細な話です。あなた方が鋼鉄の竜にて空を舞うように、アルフィリア王国にも空を飛んで敵を攻撃する兵団がありましてな。艦長殿には是非ともこれを一網打尽にして頂きたいのです」


「初耳だぞ!」


「私とてかの兵団が本格的に活動を開始した事を知ったのはごく最近の話。それまで兵を率いる将が不在でしたもので、完全に不意を突かれました」


「ぬけぬけと……!」


 後藤田は歯噛みする。

 大陸全土の技術レベルは蓬莱の足下にも及ばない。

 故に機械を製造し、使用する事などは有り得ないのだ。

 それは聞いた話だけでなく蓬莱から間者スパイを送り込んで現地調査した上での結論でもある。


 或いは優秀な魔導士が魔法の力によって空を飛ぶといった話は入手しているものの、実数から言えば極めて珍しい事例だとも知っている。

 蓬莱にも大陸から流れてきた魔導士は居るし、軍に籍を置く陰陽師だってあるから存在そのものは言うほどには珍しくない。


 珍しいのは魔法や魔術によって空を飛ぶ人間だ。

 空を飛ぶ魔導士は確かに脅威だが、十本の指で足りてしまうような人数なのだから恐れる必要は無い。

 速射機関砲で歓迎すれば簡単に殲滅できるであろう。

 それが帝國の軍部が導き出した答えなのである。


 だが、兵団と呼べるだけの人数が飛行できるともなれば話は丸っきり変わってくる。

 人が空を飛ぶ。ただそれだけであっても警戒が必要なのに、まとまった数が揃っているともなれば脅威でしかない。


 もしも彼らが殺傷力の高い武器を持たされていたら。

 こちらの航空部隊など簡単に撃ち落とされてしまうかも知れない。

 帝国海軍が主力としている航空機は零式艦上機というが、極限の軽量化によりずば抜けた旋回性能と速度を実現している反面、装甲は紙に等しいのだ。


 また天城は航空母艦であり、これ自体の戦闘能力はそれ程には高くない。

 軽巡洋艦や駆逐艦といった艦船は船による強襲や海中に伏せられた兵を制圧するための護衛として連れてきているが、いずれも対空攻撃力という点では心許ない。

 敵が航空戦力を保有していると言うのであれば、重巡洋艦クラス、可能であれば戦艦を連れてくるべきであったと深く後悔する後藤田であった。


「艦長! レーダーに感有り!」


「ぬっ!?」


 そんな折りにオペレーターの一人が鋭い声を発した。


「数はおよそ300! 距離80! 航空機と同等の速度で迫ってきます!」


「なんだと!!」


 目を剥いて怒鳴った後藤田。

 眼前にてニヤニヤと薄ら笑いをしている不遜なる男に殺意すら覚える。


 夜間につき目視はできない。

 だがレーダーの故障であるとも考えられない。

 300……300だと?!

 航空機と同じ速力ならば、それはもう戦闘機と同義である。

 その戦闘機が300機。こちらへと迫っているという。

 オペレーターの言葉通りであれば十数分後に接敵する筈だった。


「搭載機を全機発艦させろ! 大至急でだ!」


 全機とは言ったが、全ての搭載機が飛び立つには時間が全く足りない。

 大急ぎで発艦しても、良くて三機か四機。

 悪くすれば一機も飛び立つことなく敵の攻撃を受けてしまう。


「あ、夕張より入電、“我、援護を実施す”との事です!」


 巡洋艦“夕張”の艦長は菊池といって軍学校では後藤田の後輩だった男だ。

 機転の利く彼はいち早く事態を察知、独断という格好であっても旗艦を守るよう動いたのだろう。


「夜襲は我らの十八番おはこだというのに……、くっ!」


 こうなれば帝国海軍の意地と誇りを見せつけるしかない。

 真っ暗な窓の奥を睨んで後藤田は腹を括る。


「戦闘もやむなしか……」


 艦隊が停泊しているのは港町から100キロの沖合。

 つまり完全に相手国の領海内なのだ。

 そうなると誤魔化しようがない。

 発見された時点で国際問題になるし、批難は免れない。

 ならば潔く反撃すべきであると即座に判断した後藤田は自身の判断がまったく正しい物であったことを数分の後に知る。


「っ!!」


 突然に窓の向こう側が真昼のように明るくなった。

 何事かと艦長席から立ち上がって窓際まで小走り。外界の様子を仰ぎ見る。


「……早すぎる!」


 相手は迷うことなく一直線にこちらへ向けて飛来しているとの話だった。

 つまり、闇夜の中であるにも関わらず彼らは最初からこちらの位置を把握しているということに他ならない。

 その上で照明を放ってきた。

 これは明確に攻撃態勢を執っていると断じるべきであろう。


「あれが……航空部隊か……」


 全身の毛が逆立ったように思われた。

 夜空に浮かぶ光の球は三つ。

 そのいずれもがゆっくりとした速度で落下し、この間ずっと海上の艦船に影を落としている。

 そして光の向こう側に雁行形態を維持しながら飛ぶ豆粒ほどの人々の群れが見えた。


 人がその身一つで空を飛ぶ。

 研鑽を積み熟達した魔導士であれば成せる所業であるとは聞いている。

 しかし実際にこの目にするのは初めてで、ゆえに後藤田は二の句を継げない。


「発見されましたね。これで我々は一蓮托生、破れて全員とも死ぬか、戦って生を得るしか道は無くなりました」


 後ろからエイブラ伯爵の声がする。


「外道め……!」


 吐き捨てるように、絞り出すように呟く後藤田。

 その目に一条の光の筋を見たかに思われた次の瞬間に、旗艦“天城”の右舷奥から突出してきた“夕張”の船体から真っ赤な炎が噴き上がった。



チート級の軍艦に乗ってきた筈なのに絶望的な状況に遭遇してしまう人々の図です。

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