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025:女神と金獅子⑦ 急展開


 港町の夜景は暗く、しかし夜空に浮かぶ月の光量のせいで真っ暗とも言い切れない、なんとも微妙な薄暗さの中にあった。


「それで、あなた達は一体誰の差し金なのかしら?」


 PV撮影の打ち上げと称して大衆居酒屋で飲んで食ってしたルナ達。

 人の気配の無い大通りにてそんな人々を取り囲むのは数十名の黒ずくめ。


 ……いや、普通に考えて、国王夫人やルナ、サラエラといった戦闘狂を警護しているのは300名もの航空戦闘部隊で、一個人の武力で見たって雑兵など一つとして存在していない凶悪な超絶的戦闘集団なのである。

 その真ん中に配置される格好の主要人物を暗殺しようと急襲してきたってワリにはちょっとお粗末すぎやしないか?

 ルナが相手側の参謀であったなら少なくとも千人単位の兵を伏せるし、それが出来ないようなら襲撃なんてしない。

 獰猛な肉食獣に掠り傷を負わせるなんて愚策にも程がある。

 やるなら確実に仕留められるよう、手勢の全部をぶつけられるよう場所と機会を窺うに違いなかった。


「……れ!」


 エリザ王妃の質問には答えず、眼前の黒ずくめ達が一斉に散開し、ルナ達へと襲い掛かる。


 ドシュ。


 が、最前列に立っている筈のエリザ&サラエラに手にした剣の切っ先が届く前に横から飛び掛かってきた男達に一撃食らわされ地面に転がっていた。


「なん……だとぉ?!」


 相手側の頭目であろう男が驚愕の声を絞り出す。

 いやいや。確かに姿を晒す格好でルナ達の周囲に展開している部隊員は十数名で、他は気配を隠してあちらこちらに身を潜めるといった形になっているが。それだって住民の皆さんを無闇に怖がらせないようにとの配慮からだし、彼らだって居酒屋で飲み食いしている手前、上手く氣を隠し切れていない実態があるのだからちょっと用心深く周囲を観察すれば素人にだって分かる事なんだけど……。


 個々の膂力も数の上でさえ自分たちを超えている相手にドヤ顔で突っ込んでいくというのは、蛮勇どころか底無しの救いようのないバカであると自分で喧伝しているにも等しい所業であろう。

 ルナちゃんは何とも言えないガッカリした気持ちになって、すぐ前で剣を抜いたまでは良いけど活躍の機会が無さそうだと手持ち無沙汰になっているお母様の背中をチョンと指でつつく。


「お母様、鬱憤晴らしの機会は次に期待しませんか?」


「ええ、ええ、そうなるだろうとは分かっていましたとも。……けれどちょっとくらい期待しても良いじゃないかとわたくしは思ってしまったのです」


 先ほどまでの人斬りかってほどの気勢が鳴りを潜めて丁寧な言い回しに戻っていた。

 よっしゃ暴れたるぜと腕まくりしていたところにケチが付いて冷静になっちゃったというか興が冷めたといったところなのだろう。


 ルナは、後は黒ずくめの何人かを捕縛して依頼主の情報を聞き出せばそれで終わりだと鷗外を呼ばわり指示を出そうとする。


「……?!」


 けれど直前になって言葉を引っ込めたルナは駆け出し最前列に立っている女傑二人よりも更に前に出た。


 隊員に急所を打たれて地ベタに転がる者どもの首元にキラリと光る物を見つけたから。

 それは聖導教会のシンボルマークである「♀」を象った金色のネックレスだった。

 そして露わになった彼らの顔に死を覚悟した人間特有の凄烈な笑みが浮かんでいるのを見てしまったから。


 ――違う、そうじゃない。

 黒ずくめ達は数でも身体能力でも劣っている強者の群れに突っ込んできた能無しであると考えていた。

 だが違うのだと瞬間的に悟った。


 彼らは死を覚悟した上で仕掛けてきている。

 数が少ないのは、戦闘で勝とうといった考えを最初から捨てているからだ。

 肉弾戦は元より弓兵や魔導士による狙撃が行われていないのは、そういった兵を配置する必要性を感じなかったからだと考えれば筋が通る。


 つまり奴らは――。


「くっ!」


 ――桜心流氣術、玄武陣!


 王妃と母、二人の前でルナは術を発動させた。

 それは絶対防御の構え。

 物理攻撃は元より魔法も毒による攻撃さえ無効とする最強の盾である。


 ルナの眼前まで辿り着いた一人がニヤリとして懐から取り出した真っ赤な球体を地面に思い切り叩き付けたのはほぼ同時の事で、球体の内側に込められていたのが魔法の類なのか或いは薬品だったのかは定かではないが大爆発を起こす。


 爆発によって黒ずくめは全員ともが粉微塵に爆散し、巻き添えを食った隊員も二十名ほどが名誉の戦死を遂げる。


「……そう簡単に死なせるわけないでしょ」


 あまりの出来事に呆然と立ち尽くす面々。

 しかし爆圧が失われてすぐにルナは女神モードへと移行した。

 甲高い音色と共に少女の輪郭に光が灯り、三対6枚の純白翼を顕現させると黒ずくめ共も含めて死者を全員蘇らせる。

 ただし完全に元通りにしたのは部下達だけで、刃を向けてきた彼らには細工を施したわけだが。


「……はっ!? 馬鹿な! 私は死んで主の元に召された筈!」


 黒ずくめの頭目と思しき人間は意識を取り戻した途端に大騒ぎ。

 これを足で踏んづけて大人しくさせたルナ。


「あなたは神に喧嘩を売ったのです。天国などに行けるわけがないでしょう?」


 物凄く冷ややかな音色を浴びせておいて、絶望に顔を歪ませる男には続けてこう言った。


「あなたの名を聞くことはしないし赦しもしない。ただ、地獄に堕ちる事が確定しているあなたに、黒幕の名と居所を吐いて貰うだけです」


「悪魔め! だれが貴様の言葉になど従うものか……!」


 あらん限りの憎しみを込めて男が吐き捨てる。

 ルナは、なのに臆した様子も無く男の額に指を当てた。


「ではお聞きします。あなたに我々の殺害を命令したのは誰ですか?」


「誰が――大司教アマデウス・ヒッツァー猊下です……はっ?! 貴様、私に何をしたのだ!?」


 自分の口で答えておきながら我に返って驚愕の表情になる。


「ああ、言い忘れておりましたが、あなたの精神構造に手を加えて神に逆らえない嘘も吐けない身体にしておきました。ですので、あなたは生きている限り私に刃を向けることができません」


「悪魔めぇ……! ギャアァァ!!!」


 憎々しげに睨み付けたかと思えば悶絶してのたうち回る。

 そんな頭目に尚も冷たい音色を浴びせる鋼色髪少女。


「もちろん言葉による攻撃も含まれます。敵意や殺意の乗った言葉を吐けば、そのままあなたに苦痛をもたらす呪詛となるでしょう」


 激痛に苛まれる彼がルナの言葉を飲み込むまでに暫しの時間を要した。

 彼が荒い息を吐きながらもどうにか立ち直るのを待って、少女は再びの尋問を執り行う。


「私どもを殺すよう命じたのが大司教である事は聞きました。では領主たるエイブラ伯爵は大司教とどういった関係なのですか?」


 おや? と思って質問を重ねる。

 ルナが予想していたのは黒幕がエイブラ伯爵で、黒ずくめ達は彼の子飼いであるといった話であった。

 けれど話を聞く限り彼らに指示を出したのは大司教で、伯爵のことには触れられていない。

 そうなると疑問は尚も膨らむ。

 だって、ここ港町ラダークは距離的に王都からもアザリアからも、ディザーク侯爵領のラトスからも離れている。

 彼らの目的がルナや王族の暗殺であったとするならば、こんな辺鄙へんぴな場所に潜伏しているのはどうにも納得がいかないのだ

 となれば、この町には他に何らかの秘密があると考えるべき。

 ルナの思考はそちらへと向いていた。


「……伯爵は、大司教から信者を身請けして国外に運び奴隷として売りさばく役割を仰せつかっており、その繋がりが露見する前に王都を爆撃する計画だった」


「爆撃とは、どの様にして?」


「海を隔てた国に、鋼鉄の竜を操る者どもがいる。彼らの協力を得て空から王都を攻撃し、滅ぼした後に新たな王政を敷くことが大司教猊下のお考えです」


「鋼鉄の竜……?」


「詳細は分からない。しかし伯爵はそれがあれば王国を滅ぼせると確信している様子だった」


 なるほど、要するに外患誘致により反乱を起こし自分が王になる算段だったわけか。

 鋼鉄の竜、というのは恐らくこの大陸には存在していない武具や魔導具の類であろう。

 そこまで考えてからルナはハッとした。


「ではエイブラ伯爵は、今どこで何をしていますか?」


 くだんの伯爵は今日の昼の時点でルナと国王夫妻、宰相といった国の重要人物が町を訪れている事を知った。

 ならば反乱を画策している彼が、そこから日の沈んだ今に至るまで如何なる所業を行っているのか。ただ座して目論見が露見するのを待つなど有り得ない話だ。


「沖に停泊しているかの国の……鉄の船と合流しようと港を出ている。既に落ち合っている筈だ」


 男はそう言って、嘲るように薄ら笑いを浮かべた。

 それでも苦悶の表情が混じっている様子から察するに敵意はそぎ落とせなかったのだろう。

 まあ、今はどうでも良い話である。


「分かりました。――国王陛下!」


 ルナは踵を返すと問答を見守っていた国王夫妻の王様の方へと顔を向ける。


「現在、外国籍の船舶が王都を蹂躙せんと停泊しているとの事。つきましては我々に攻撃命令を下して頂きたく思います」


 ルナ達はディザーク侯爵家に所属する兵集団ではあるが、今現在の指揮権はアザリア要塞の長に移っている。

 エリザ王妃は総司令として全軍の指揮を執る立場だが、それはあくまで現場での、実質的には、といった話であって。

 国王陛下こそが王国軍の最高指揮権を持つ人間なのだ。

 この場合、命令を発するのは国王様でなくてはいけない。

 後になって軍内の一部隊が勝手にやらかしたなんて話にされちゃあ溜まったモンじゃないからね。


 沖合で外国籍の船舶を沈めれば、下手をすれば外交問題。

 悪くすると両国家間での全面戦争にまで発展する。

 だから軍の一番上の人間から命令を受けて船舶を沈めたという形にしないといけないのだ。


 比較的ラフな格好につき威厳もへったくれもないが、それでもアルダート王は大きく頷いた。


「うむ、仔細承知した。ではアルフィリア王国、国王アルダート・ルーティア・ド・アルフィリアの名において命ずる。敵国(・・)の船舶及び、その勢力を駆逐せよ。敵兵は可能であれば捕虜としたいところだが、無理と判断したら殲滅しても構わない」


「謹んで拝命します」


 ルナは身に付けていた衣装のスカートを摘まんで頭を下げると自部隊に向けて声を張り上げる。


「聞いたな諸君! 国王陛下直々のご命令だ! 我々は今から盛大なパーティーに出席する! 粗相のないよう礼儀正しく攻撃し海の藻屑に変えてやれ!!!」


「「「イエス、マム! イエス、マイロード!!!」」」


 するとそこかしこで男達が唱和する。

 一糸乱れぬハモり具合にちょっと恥じらいを覚えるルナである。


「では速やかに支度を整えろ! 解散!」


 支度が必要なのはルナ隊長なのだけれど、そこは突っ込んではいけないところだ。

 ルナは念のためにと準備し部下に運ばせておいた自身の戦闘服一式を持ってこさせると民家の影で着替えて完全武装。

 今回は背負った背嚢に徹甲弾を詰めている。


「では出撃します」


「……ええ、ご武運を」


 国王夫妻の前で一礼すればエリザ王妃様が不安など微塵も感じさせない微笑みを手向ける。

 そして航空戦闘部隊エンゼル・ネスト、総勢300の兵団は空に向けて飛び立つ。


「二人ともよく見ておきなさい」


 地上で我が子らに声を掛ける王妃エリザ。


「彼女は最初からこうなることが分かっていて港町に来たのよ。アルフィリア王国にあれだけの知略と武力を持ち合わせる人間は他に存在しないわ。そしてあの子を手放さないためには、あなた達のどちらかでも構わないからあの子に男として認めさせなければいけない。できるかどうかなんて聞かない。何が何でもやるの。良いわね?」


「はい、母上!」


 王妃様に答えたのはアベル第一王子。

 少年は美しくも恐るべき少女の輪郭を脳裏に思い描きながら、ゆくゆくは万人が認める英雄となることを改めて決意していた。




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