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024:女神と金獅子⑥ 大衆居酒屋にて


 プロモーション・ビデオ。略してPVの撮影をここ港町ラダークにて終えた一行は、それから打ち上げと称して味に定評のある大衆食堂へと足を運ぶ。

 もちろん海外貿易などが盛んに行われている町ともなれば高級なディナーを出す店もあるのだけれども、市井の暮らしぶりや経済レベルを調査する目的も含ませるなら、というか資金力に物を言わせて高級食材ばかりを扱っている気取った店より大衆向けの店の方が品は無くとも味が良いってのが良くある話なので、品性の欠片もない怒声やら笑い声といった喧噪に包まれていたって平然と足を踏み入れ大きなテーブル席を囲んだ面々である。


「ふふん、まさか国王一家がこんな店で食事しているとは思わないでしょうね」


 どこで店の情報を仕入れたのかさえ分からないが、ここまで一行を引き連れてきたエリザ王妃様がドヤ顔で曰う。


「エリザは昔から味道楽でね。暇さえ見つけてはこういった店を探して入って行くんだ」


 と、これは金髪王妃様の隣で肩を竦めるアルダート王その人。

 いや、あんた一国の王様が嫁さんに頭が上がらないってどれだけ立場的に弱いのよ。

 そう思うルナではあれど、言葉にするのは憚られて「あはは」と苦笑いして返すばかりである。


「ご注文はお決まりですか?」


 そこへやって来たウェイトレスのお姉さん。

 ブロンドの髪をアップにしてこれぞ働く女性ってな雰囲気をビシバシ放っている。


「あ、じゃあ私はホッケの塩焼きとエール。あと枝豆の塩ゆで」


 エリザ様が現職の王妃とは思えない渋いチョイスをする。

 しかもめちゃくちゃ手慣れた様子だ。


「では私は若鶏の唐揚げと炊き込みご飯、あとワインで」


 これはサラエラ(お母様)の注文。

 王妃様に負けず劣らず慣れているご様子なのもびっくりだけど、何より店に入ってまで鎧甲冑を脱がない姿勢はどうなんだと問いたい。

 というかどうやらこの町だと米が食べられるらしい。


「ではワシはタコの酢漬け、海藻サラダのガーリックドレッシング和え。子持ちししゃもの塩焼き、そして渡来の清酒なるものを」


 宰相殿が王妃様に輪を掛けて渋い品々を注文する。

 ってかあんた本当に宰相なのか?!


 と、そこまで考えてルナはハッとする。


(いや待て。清酒と言ったか? ブランデーでもバーボンでもテキーラでもウォッカでもジンでもなく清酒と。ううむ、飲みたいぞ……!)


 この地方では米を原料とする清酒はまず手に入らない。

 パン、つまり小麦が主に栽培されている穀物なのだから当然だ。

 しかし、酒と言えばやはり清酒であり、気分によっては焼酎なのである。


「あ、でしたら私も清酒を」


 ルナは告げる。

 するとウェイトレスさんが「え?!」といった顔をする。

 隣に居るサラエラお母様が「あなたまだ13才でしょう?」と、ニッコリ窘める。

 当国では飲酒は15歳からなのであった。


「……チッ」


 思わず舌打ちしてしまうルナ。

 母とは反対側に座っている聖女マリアちゃんが「あはは~」なんて愛想笑いするのが見えた。


 結局、注文したのは炊き込みご飯で飲み物はお茶。マリアも同じだったがこちらはさらに「だし汁」を追加で注文する。

 どうするのかと見ていると、彼女は炊き込みご飯を半分ほど食べてから、残りにだし汁をぶっ掛け、更に上から刻み海苔とわさびを少々加えたじゃあないか。


(その手際……こいつ、素人じゃあねえ?!)


 ゴゴゴゴゴ……。


 マリアちゃんが「あんた背中が煤けてるぜ?」とでも言わんばかりの顔でニヤリとする。

 いや、うん、炊き込みご飯を茶漬けにして食ってるだけなんだけどね。



 エリザ王妃は酒豪であるらしく二杯目にスコッチ、三杯目に清酒を注文してクピッと飲んで上機嫌。

 サラエラお母様も興味津々であったらしく二杯目に清酒を頼んでいた。


(くそっ、くそっ! おれにも飲ませろ!!)


 内心穏やかじゃあないルナちゃんだ。


「お姉様、それならカクテルとかどうです?」


 皆が運ばれてきた料理をムシャムシャバリバリとかっ食らう中、聖女様が気を利かせたのか妥協案として囁いてくる。

 カクテルというのはベースになる酒にアレやコレやとぶち込みシェイクする飲み物で、ジュースみたいだが実のところアルコール度数はけっこう高い。

 なまじ口当たりが良いために深酒して足腰立たなくなったりする。

 でも対外的には「ジュース飲んでますよ」みたいな雰囲気に見えるから他の面々にしても「しょうがないわねこの子は」みたいな反応になる公算が高かった。


「それは素晴らしいアイデアだわ」


 ルナは微笑んで頷くと、ウェイトレスさんを呼びつけてジンベースの“ブルームーン”とリキュールベースの“カルアミルク”を注文する。


 味は柑橘系の酸っぱさが舌に残るブルームーン。紫がかった色合いが目を引く。

 カルアミルクはコーヒー味の酒にミルクをブレンドしたものなので味はお察し。

 でも、それでも随分と久方ぶりながら酒を呷れたので良しとせねば、なんて機嫌を良くするルナ様であった。


「――ルナちゃぁ~ん! 諦めてあたしの娘になりなさいよぉ~」


 それから暫しの歓談。

 エリザ様は酒豪を気取っていながら三杯おかわりした清酒ですっかり良い気分。

 カクテルをチビチビやってるルナに絡んでくる。

 ウザったらしいったらありゃしない。


「あたしの息子二人ともあげるからなさぁ~」


「母上、酒の飲み過ぎですよ」とは溜息交じりのアベル君。

 アッシュ髪の弟王子はマリアの食べ方を模倣したいようで炊き込みご飯をだし汁付きで注文しお茶漬けにしてかっ食らっては「うまっ」などと呟いている。


「なによ小っちゃいこと言って~、そんなだからアンタはお利口ちゃんとか陰口叩かれてるのよ、もっと気合いの入ったところ見せなさいよね~」


 あ、普段から言われてるんだ。と澄まし顔で思いながら、ほんのりアベル王子を不憫に思うルナ。

 母親が傑物だと子が苦労する。

 なぜって、他と一線を画するような人間というのは、高確率でどこかおかしい部分があるからだ。


 え、自分はどうなんだって?

 もちろん自分は比較的まともな部類だ。

 ルナは自問自答などして我知らず「うふふっ♪」なんて含み笑い。

 隣の聖女様が甘えるように肩をくっつけてくる。


「こらそこ! イチャつかない!」


 するとエリザ夫人が鋭い声を飛ばしてくる。

 そういえばお母様が静かだなと目を遣るに、彼女は何杯目になるのかも分からない果実酒で良い気持ちなのかうつらうつらと船を漕いでいる。


「そろそろお開きにしないか?」


 程良い頃合いで国王陛下が皆を見回した。

 気付けば他の席は部隊員達で埋まっているし、店に入りきらない面子は他の居酒屋で飲んだくれているに違いなく。

 そう言えば宿の手配とかしているのだろうかと気になって宰相殿を見ればご老体は「抜かりなし」とドヤ顔で曰った。



 ――こうして大衆居酒屋を脱出した人々は、どのタイミングで手配されていたのかも分からない宿屋へと足を向ける。


 店に入ったのは夕刻過ぎ。なのに出た時にはとっぷり日は暮れており、町並みは民家の明かりを除いて真っ暗。

 部隊員たちは警戒を怠らないよう心がけている様子ではあったけれど、それでも酒が入ればどうしたって緩んじゃうもので。

 そんな和やかな空気の漂う中で人通りの失われた大通りを闊歩する。


 お母様は王妃様に肩を借りて歩いているが「ほらシャキッとなさいよ」とか言われて「五月蠅いわね。私に指図すんな!」と怒鳴りつけていた。

 これ素面しらふだったら不敬罪として牢に打ち込まれちゃいそうな案件よね。などと他人事の顔をして思ったりのルナちゃんである。


 なおカクテルを覚えているだけで五杯は飲み下しているルナは、女傑二人に負けず劣らずの千鳥足。マリアに肩を借りて歩いているくらいなのできっと傍目には母と同じ人種に見られているんだろうな、とは理解していた。



 そこから少々、大きな通りを少し歩いていると突然に十名ほどの黒ずくめに取り囲まれてしまう国王陛下一味。

 足取りは覚束おぼつかないもののまだ意識のあるサラエラ夫人とエリザ王妃が各々にニヤリとする。


「あらあら、ようやくお出ましね」


「まとめて掛かってこい。一人残らず刀の錆にしてやる!」


 余裕綽々で曰うエリザ王妃と、早々から腰の剣を引き抜くサラエラお母様。

 ひょっとしたら酔っ払って感覚が昔に戻っているのかも知れない。


 というかお母様、あなたはもう少し自重して嘘でも良いからお淑やかな女性を演じて下さい。どこの人斬りですか。

 借りていた肩を解いて自らも拳を握るルナちゃんは、人間ああはなりたくないもんだと思いながら、当然のように敵を鏖殺しようと闘気を全身から迸らせる。

 この母にしてこの娘ありとは良く言ったもんだと周囲の人々は思ったらしいが、当の本人達は自覚すらしていなかった。



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