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023:女神と金獅子⑤ PVを作るⅡ


 ザザァ……、ザザァ……。


 寄せては返す波の音。

 空の上ではカモメたちが美声を競い合っている。

 向こうに見えるのは大きな帆船で、桟橋を行き交う男達が荷下ろしする様はまるで働き蟻の行列さながら。


「……」


 そんな港の風景から映写具カメラアングルが真横に動けば、僅かに丸みを帯びた水平線があり、次に足のくるぶしまで海に浸かったまま佇む少女の姿を描き出す。


「きゃっ!」


 砂浜の波打ち際では純白ワンピースに麦わら帽子といった純真無垢さを前面に押し出す格好で波と戯れ無邪気な声をあげるルナお嬢様の姿。

 そこへ一陣の風が吹き抜けて被っていた帽子が飛ばされ波打ち際に落ちる。


「あっ」


 すると少女の艶やかで透明感のある銀色髪が風に弄ばれる様子が映り、白さ際立つ手ではっしと押さえ付けるのが見えた。


「ふふっ♪」


 不意に足下に落ちていた貝殻に気付いて拾い上げる儚げ美少女。

 少女は掻き上げて露わになった耳にそっと貝殻を添えて、恥じらいからほんのり色付いた頬もそのままに目を閉じ潮騒の音色に聞き入る。


 どこからどう見ても清楚で可憐な美少女の絵だった。

 見る者を一瞬で恋に堕としてしまうに違いなかろう笑みは蕩けてしまいそうなくらいに優しげで儚げ。

 麗しき立ち姿を映写具にて記録し続ける撮影チームは元より、スタッフの方々、もしくは魔法省から出向してきているアーシャ嬢ですら見惚れるほどにルナの輪郭は風景の中で一際輝いているかに思われた。


「カァァット!!」


 監督役の老宰相が声を張り上げる。

 ルナは一転して「うへぇ~」なんて声と共に脱力。死んだ魚のような目で砂浜へと戻ってくる。

 サンダル履きの素足は海に浸かっていれば気持ち良いけれど、おかに上がった瞬間に砂を巻き込んで気持ち悪さを覚えた。


「お姉様、素敵でした!」


 そんな純白ワンピの所まで小走りでやって来たのは聖女衣装もそのままのマリアで、瑠璃色髪の色合いが大人しそうな印象を与える娘さんはルナに抱きついてスキンシップ。

 けれどルナ嬢の表情はどうにも微妙そうだった。


「けど、なんて言うか、ぶりっ子も行き過ぎるとあざとい(・・・・)だけよね。というか恥ずかしすぎて顔が熱いわ」


 殆ど脚本家となっているブラッドさんの指示する通りに“儚げなのにそこはかとなく天真爛漫さを漂わせる可憐な娘さん”を演じてはみたけれど、あまりに恥ずかしくてやり直せと言われても演じきれる自信が無い。


 というか、こんなフワッとして具体性の無い注文を一体誰が完璧に演じられるというのか?!


 テイク2は勘弁して下さいと祈るような目を向ければ、いつの間にやらアロハシャツに着替えている白髭爺ヴィンセントが満面の笑みで頷くのが見えて安堵。

 その隣ではブラッド氏がめっちゃ良い笑顔でサムズアップしている。


「いや、本当に凄すぎましたよ今の」


 そのブラッド氏がやって来て賛辞を述べた。

 それはどうも。なんて素っ気ない態度で応じるもののルナは先ほどまでの演技を思い出して顔が熱を帯び始めるのを感じる。


(思い出してはダメ。今のは役に没頭しただけ。すぐに忘れてしまうのよ)


 自分に言い聞かせつつ、鎧甲冑姿のサラエラ(お母様)が日傘を持って来て娘の上から照りつける日差しを遮ってくれる。


「貴女は私に似て色白が過ぎます。日焼けすると後がツラいですよ」


「ありがとうございます、お母様」


「ルナちゃん、凄かったわ~!」


 とそこへ駆けてきたエリザ王妃様。

 抱きつこうとしてか飛び込んできたが、サラエラが娘の肩を抱くようにして捕まえ、突っ込んできた金獅子をひょいとやり過ごす。

 王妃様は元気が有り余っているようで、ユラリと身を翻すとサラエラお母様に鋭い目を向ける。


「サラエラ、何のマネかしら?」


「ルナは私の自慢の娘です。例え王妃殿下であっても気安くは触れさせません」


「けれどもうじき私の義娘になるわ」


「実際に婚儀が執り行われるまでは不確かな話です」


「ぐぬぬ……!」


 何やら苛立ちを隠せない金髪美女。

 対する銀髪美女さんは「テメエ、舐め腐った真似すんじゃねえぞ?」とでも言いたげな凄味のある笑みにて迎え撃っている。

 エリザ様が金獅子ライオンならサラエラは銀豹ジャガーなのである。


「双方ともいい加減にして下さい。拳で分からせますよ?」


 そこへ鋼色髪の少女がヒグマの如き獰猛な笑みを浮かべて割り込んでくる。

 ママ'sは放たれている闘気に「うっ」と息を飲んで引き下がった。


「お姉様はどこへ行っても最強さいつよですね♡」


 と、マリアが無邪気な微笑みで述べた。


 ……ルナは、砂浜でのワンシーンで小っ恥ずかしい清純乙女を演じきったワケだけれど。後になって思い出す度に悶絶する羽目になる事を分かっていてさえブラッド氏の指示通りに動いた。


 なぜならルナは理解しているからだ。

 彼の要求が、この場合は極めて最適解に近いということを。


 男は女性に求める関係性として、主に二種類がある。

 つまり自分が守ってあげなきゃといった主導的な関係と、逆に支えて欲しいといった受動的な関係。

 そしてルナの顔かたちというのは男に支えて欲しいと思わせるものではなく甘えて欲しい守ってあげたいといった欲求を芽生えさせるタイプであろうと自分でも思う。

 ならば、勇ましい場面よりは蝶や花を愛でている清楚で可憐な令嬢の方が受けが良い。


 即ち目的に対する答えとしては模範的であるということ。

 うん。めっちゃ恥ずかしかったけど。めっちゃ恥ずかしかったケド。


「さ、次のシーンに移りましょうか」


 監督としてサングラスにアロハシャツとかいう本業が宰相とは思えないノリノリっぷりで皆を急かすヴィンセント・ハイマール侯爵は白く染まりきった長い顎髭を手で撫でつつ、スタッフの方々が撤収作業に追われるのを見つめていた。


 ルナお嬢様のPV撮影ともなれば見物人や野次馬が犇めいていて当然。

 けれど300名もの見るからに厳つい筋骨隆々の男達が目を光らせていれば物見遊山で近づいて来る者も無く。

 また映写具の画像内に人が映り込めば威圧して追っ払うなど非常に役に立ってくれていた。


 それで二つめのカットは港町ラダークの住民達が暮らす住宅地。

 石切場から切り出し運び込んだのであろう煉瓦っぽい石を敷き詰めた地面。

 その石畳で形作られる坂道を、メイド衣装で上の方から降りてくる映像。

 ルナお嬢様は艶やかな鋼色髪を一本に編み込んで、日傘を差して悠々とした足取りで坂を下ってくる。

 それを見上げる格好のカメラアングルだ。


 ここでは付かず離れずの絶妙な距離での撮影が行われ、大声を出さないと声が拾えないからと終始無言。

 だからといってムスッとした顔だと心証が悪いのでずっと微笑みっぱなし。


 本人的にはメイド服はアンナで見慣れているし恥ずかしいとは思わなかったけれど、ずっと微笑んだままというのがちょっとキツかった。

 顔の表情筋が固まってしまうかと心配したほどだ。


「さあ、最後はやはりドレス姿ですじゃ!」


 お前、心底楽しそうだな。

 と思うルナちゃんの前でジジイが良い笑顔を手向ける。

 PVを締め括る映像ともなるとルナが貴族家のお嬢様である事を知らしめるために豪奢なドレス姿でなくてはいけなかった。

 衣装は勿論お母様が用意してくれていたのだけれど、ここで待ったを掛けたのはエリザ様。

 我が儘王妃様は大昔に作ったという自分のドレスを着ろと半ば強引に渡してきてルナに着付けさせたのだ。


 母が準備していたのは純白ドレスだったが、実際に身に付けたのはエリザ王妃のお古で真っ赤なドレス。

 しかも聞くところ、当時の魔法学園の卒業パーティーで着ようと準備はしたものの袖を通すことが無かった逸品であるらしい。


「ちょっとした事件があってね。卒業パーティーに出席する事がなかったのよ。せっかく作ったからと次の舞踏会で着ようと思っていたけど、この時はアルダートが準備してくれて、だから結局着る機会が無くて」


 昔を懐かしむような顔で王妃様は言ったもの。

 サラエラが少しだけしかめっ面になるのが見えて、ひょっとしたらお母様にも関係しているのかな、なんて邪推してみたりのルナだった。



 日差しが思ったより強いからと日傘を差した深紅ドレスのお嬢様。

 結い上げた髪がこれぞ貴婦人といったおもむきを醸し出している。

 その赤と周囲の地味な佇まいとがクッキリとした陰影に線引きされて、違和感と調和が妙な比率で合わさったかのような不思議な映像が撮れてしまった。


「これは、……完璧どころか神懸かってる」


 映像を見返した際のブラッド氏の呟きが印象的だった。


「じゃあ、後は映像に乗せる曲の選定ですが。……ルナお嬢様は何か好きな曲とかはありますか?」


 主立った面子で本日撮影された映像を見返しているとき、ブラッドがルナに問い掛ける。

 ルナは流行りの曲なんて分からないからと選曲を任せようとしたけれど、ここで手を挙げたのは聖女マリアであった。


「あの、リクエストというか、私の作った曲でも構いませんか?」


「ええ、構いません。けれど、どういった曲ですか?」


 聞き返されたマリアは口ずさんで聞かせる。

 それは、乙女ゲーム“蒼い竜と紅い月”のオープニングに流れる曲だった。


「こんな感じなのですケド……」


「凄いな。貴女はそういった才能も持ち合わせているんですか!」


 ブラッド氏は感激したように声に出す。

 一方でマリアは「あれ?」と何故だか怪訝そうな顔だった。



 ――マリアはブラッド氏を自分と同じ現代日本からの転生者ではないかと疑っていた。

 だから、“蒼赤”のOP曲を口ずさめば何か反応があるはずだと考え、カマを掛けたのだ。

 ところが手合いからは知っているような素振りは無い。

 勘違いだったのかと渋々ながら疑いを解いた。というのが裏側にある真相だったのだけれども。


 マリアは少し考え違いをしていた。

 現代日本からの転生者だからといって必ずしも乙女ゲームをプレイしているとは限らないのだ。

 むしろ連日遅くまで働くサラリーマンのオッサンが、僅かしかない睡眠時間を削ってまで乙女ゲームをプレイしている方がヤバいだろう。


 “蒼い竜と紅い月”は確かに凄まじいまでの売り上げを記録したタイトルではあったが、ユーザー数という意味では無印は大したものではないし、爆発的な大ヒットになったのはRPGとSLG、つまり正統派の蒼紅ユーザーからすれば邪道とか色物と扱われている二作だったりで。

 即ちマリア自身の認識不足から彼が異世界転生者ではないと断じるに至ったわけである。


 なお、ブラッド氏は蒼紅を全く知らないのかと言えばそういうわけでも無く、大陸統一を目指すSLG版はプレイしており、けれど寝る間を惜しむ程には嵌まれなくて、というか疲れ切っていたおかげで最初の一時間ほどで未プレイゲームの山に積まれる結果となった為に今生きているのが蒼紅と酷似した世界であるとは全く分かっていなかった。



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