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022:女神と金獅子④ PVを作るⅠ


 ――どうしてこうなった?!

 と、空の上を飛びながら思うルナちゃん。

 顧みるに航空戦闘部隊エンゼル・ネストの隊員達、総勢300名が雁行形態で、かつ撮影に関する機材や人を抱えて飛んでいる。

 その中にはエリザ王妃様とアルダート王、アベル王子とカイン第二王子の姿もある。


 他の人員としてはお母様(サラエラ)をはじめとして宰相ヴィンセント・ハイマール氏にラブルス商会の商会長ミハエル・ラブルス氏と、同じく商会幹部のブラッド・ピッグ氏。

 ブラッド氏は過去にテストケースとして作られた調味料の宣伝映像でスタッフとして動き回ってくれた御仁で、ルナのファン第一号でもある。

 商会幹部である事はついさっき聞き及んだし、ついでにマーヨネィズの発明者である事も知ってルナの中で彼には天才との評価が付いていた。


「凄いっ! 空から見ると地上って丸みを帯びているのね!」


 生まれて初の空中遊泳にキャッキャとはしゃいでいるエリザ王妃様。

 彼女を抱え上げている隊員が困っているのが見える。

 隣で青い顔をして固まっている国王陛下を見習って欲しいものだ。


「うほほ~ぃ!!」


 さっきから奇声を上げているのは宰相殿。

 大はしゃぎが過ぎると後になって腰が痛いとか泣きごと言う羽目になりますわよ、なんて思いはするものの、もう勝手になさってくださいましと半ば投げやりなルナである。


 一方でルナのすぐ後ろには聖女衣装のマリア、赤い戦闘服姿のアリサ、ここでも黒一色に統一されたブレザー戦闘服を身につけているシェーラ。

 更にこの後ろではプラチナブロンドの髪を三つ編みにしたメガネっ娘のアーシャさんが、併走して飛んでいる鷗外なんぞ気にも止めずに肩に引っ掛けた映写具にて一行の移動風景を撮影している。

 王都で放映され始めている宣伝映像からルナの復活を知った“グラデュース王立魔法省”が未来の王妃様を映像に収めようと彼女を派遣してきたのだ。


(……今日の私は運が悪かった。ただそれだけの事)


 機首を南に向けて飛び続けるルナが現実逃避がてらについと目を向ければ、二十羽ほどの渡り鳥がやはり雁行形態で飛んでいるのが見えた。



 ――まあ、経緯は説明せねばなるまいて。

 本日未明、例によって聖女マリアをお供に王妃様の詰めている執務室へと赴いたルナ。

 毎朝そこで打ち合わせをするのが恒例になっているのだから仕方が無い。

 ただし昨晩の事もあって休暇をもぎ取ろうと考えていたルナは、部屋に入って開口一番「本日は一日お休みにします!」と堂々宣言した。

 押しの強い王妃殿下に言う事を聞かせようと思えば話し合いなんぞを持ち掛けてはいけない。初っぱなから有無を言わせぬ圧力を掛けないとダメなのだ。


「おぉ! ルナお嬢様ではありませんか!」


「あらあら? 貴方はミハエルさん。どうしてここに?」


 宣言してから気付いたけれど執務室にはラブルス商会の会長さんが幹部のブラッド氏と共にエリザ様の就いている高級そうな木製デスクと対峙する格好で突っ立っていたのだけれども、彼らはルナの姿を見るなり驚いた様子でそれでも挨拶してくる。

 挨拶を返さない人間など大人とは認められない。そう思って優雅にスカートの端をちょんと摘まんで礼をする。


 調味料(マーヨネィズ)の売り上げが限界突破したおかげで今や押しも押されぬ大豪商となっているミハエル氏は、隣に佇み無骨な面立ちながら優しげな笑みを浮かべる長身男性(ブラッドさん)が会釈するのも気に止めずに進み出るとこの様に述べた。


「いえ、本日は我が商会の新製品“ソース焼きそば”を宣伝するのに出演をお願いしようと参った次第なのですが……」


 聞くに王都では完成したばかりの宣伝映像が流れており、その都合で焼きそばパンが凄まじい売れ行きなのだとか。

 そこでラブルス商会としても対抗して新商品を開発した。

 それは乾麺で、フライパンの上で少量の水と一緒に茹でるというか煮るというか、そういった調理法で水が沸騰して完全に蒸発した頃合いに付属のソース粉をまぶして完成といった商品であるらしい。

 調理前は固形で腐りにくいので携帯食料にも保存食にも使えるという、どちらかと言えば小腹が減ったときに手早く簡単に作れるものとして考案されたのだとか。

 発明したのはやはりブラッド氏である。


「本日はお休みです。またの機会にお願いします」


「あの、どちらに行かれるのです? ……あ、いえ、他意はないのですが」


 ここで衝動的になのか口を開いたブラッド氏。

 「おい、勝手に喋るな」とミハエルさんが小声で窘めるが、一方のルナはファンは大切にしないとなんてサービス精神を発揮してパッと思い浮かんだ事を告げてしまう。


「特にどこへ行くとかは決めてませんけれど……、そうですね。海に行くのも良いかも知れませんね」


 単なる勢いと思いつきなのだけれど、ここでブラッドさんの双眸がギラリと光るのを見てしまう。


「ルナお嬢様、でしたらPVなど撮ってみては如何でしょう?」


「ぴーぶい、とは?」


「プロモーションビデオ、ええと、何かを宣伝するというより、ルナお嬢様ご自身を商材にしてより多くの人に知ってもらおうといった個人を宣伝するための映像です。例を挙げれば、以前お撮りになられたデビュタント・パーティーの映像を、もっと特化させた物と考えて頂ければ」


「ふむ……、それを海辺で撮る、と?」


「はい、例えばですけれど浜辺で白いワンピース姿で波と戯れる、町並みを背景にメイド服で歩く、桟橋で釣り糸を垂らしてみる、といったカットを繋いで、その上に曲を流して雰囲気を盛り上げるような、五分くらいの映像です」


 何やらブラッド氏の熱量が凄い。

 つい興味を引かれて聞き入ってしまうルナ。


「作った映像を王都で流すだけでなく、良いシーンから一枚絵を抜き出して転写、ラミネート加工でもすればブロマイドとして販売することも可能です」


「ほうほう……なるほど。常に私の絵を持ち歩いていれば嫌でも認知度は高くなるといった話ですか。貴方、天才ですね」


「お褒めいただき感謝の極み!」


 何やら変なテンションだったが彼の言い分は理解したし面白そうだとも思った。

 ただしやるにしても後日だ。今日は休暇だと自分に言い聞かせるルナ。


 ブラッド氏の顔を胡散臭そうな目で見つめるマリア。

 聖女ちゃんが「貴方はもしかして……」と何か言い掛けたところで手を叩いて「それ良いわね!」と遮ったのは一瞬でも存在を忘れてしまっていたエリザ王妃様である。


「ルナちゃん、海って南のエイブラ伯爵領の事を言ってるんでしょ?」


「ええ、まあ」


「だったら丁度良いわ、私としても視察に行こうと思ってたところだし。アルダートも連れて行けば余計な手間が省けるから一石二鳥よ!」


 言ってからエリザ王妃は笑みを深めて「それにしてもこのタイミングで伯爵のところに乗り込もうだなんて、流石としか言い様がないわね」などとワケの分からない事を呟く。


「え、あの、私はお休みを……」


「その“ぴーぶい”とやらの撮影だって一時間か二時間もあれば終わっちゃうでしょうし、後は自由時間として遊び回ればいいじゃない。ルナちゃんだって、メインディッシュは最後に取っておくつもりなのでしょう?」


「それは――」


「はい決定ね!」


 何という突破力。ルナが打ち負けてしまうとは。

 っていうかメインディッシュとはどういった意味なのか?

 いや、そりゃあ海の幸は美味しかったし、なので二日続けてっていうのも悪くはないのだけれども……。

 相手の言葉に耳を貸さない一方通行の話し合いはこんな感じで幕を下ろし。

 そしてエリザ王妃様は一度こうすると決めたが最後、恐るべき迅速さをもって準備を終わらせてしまったじゃあないか。


 そこへタイミング良くやって来たアーシャさんが考える素振りも無く「私も同行します」と申し出て。

 こうしてルナお嬢様PV撮影チームが結成、航空部隊を移動手段にアザリア要塞の遙か南方に位置するエイブラ伯爵領の港町“ラダーク”に向けて出発したと。

 これが今に至る顛末となる。



「――あ、見えてきた」


 要塞を飛び立ってから一時間あまり。

 馬車で移動すれば軍馬に引かせてさえ一週間を費やす筈の距離であっても二百キロ近い速度で一直線に飛んでいけば簡単に到着してしまう港町はすぐ目と鼻の先。

 ルナはハンドサインで町の入り口にて降下するよう命じ、300名の隊員達は少女の指示に従って高度を落としていく。


 ややあって待ちの入り口までやって来た兵士達の先頭で、ルナと国王夫妻とで門を守る衛兵と話をつける。


 衛兵達は空からやって来た航空部隊を目にして驚くかと思われたが昨日の今日なので実際にはそんなに驚かれることが無かった。

 ただし街に入ろうとしていた一般の人々は目を丸くしていたけれど。


 国王夫妻が懐から何やら紋章の刻まれた小さな板を取り出して衛兵に見せると彼らは顔を真っ青にして詰め所に駆けていった。

 そこから半時間ほど待たされて、精悍な面立ちの男が馬に跨がりやって来たかと思えば飛び降りる勢いで下馬、夫妻の前で膝を付き慇懃に頭を垂れる。

 どうやら彼がエイブラ伯爵家の現当主であるらしい。


「よ、ようこそお越し下さいました国王陛下、並びにエリザ王妃殿下。……失礼を承知で申し上げますが、事前に知らせなどいただけましたら迎えの者を寄越しましたのに」


「ああ、今日はお忍びだから。町をぶらついて飽きたら帰るだけだし、気にしなくて構わないわ」


「そんな畏れ多い。でしたらせめて護衛の者をつけますので――」


「それも大丈夫。ここに居るのはアルフィリア王国で最強の兵士達だから」


 答えたのはエリザ王妃様で。

 「ね?」なんて話を振ってこられても苦笑いして返すしかできない。

 というか、こういった場面なのだから国王様として威厳たっぷりに喋るべきはアルダート王じゃあないの?

 とは思ったが、相手の顔色の悪さからどうにもキナ臭さを感じてしまうルナは沈黙を貫いたものである。



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