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019:女神と金獅子① 軍事拠点アザリア


 カラカラと音を立て車輪が回る。

 馬車馬の蹄鉄痕と客車が通った後のわだちが踏み固められた街道の上に刻みつけられる。

 周囲は草原地帯から一転して広大な田園風景へと景観を変えていた。


 本当なら二日と半日を想定していたはずの道程は、敵の奇襲を恐れて一度の野営で済むようかなりの強行軍で推し進められ。

 その甲斐あって二日目の夕暮れといった頃合いで王国直轄領アザリアに到着する事ができた。


 アザリアは過去にデビュタント・パーティーが行われた際に立ち寄っているが、当時と今とでは全体像がガラリと変わっていた。


 まず目を引くのは町の中央付近にそびえ立つ巨大な砦、……いや、小さな集落であれば丸ごと収まってしまうに違いない規模ともなれば要塞と呼ばわっても問題なかろう。


 要塞の周囲には王都のオーガスト城にも匹敵する高い外壁が張り巡らされ、絶えず百人規模の兵団が列を成し見回っている。

 また砦の内側に広大な訓練場でもあるのか怒声や剣を打ち鳴らす音が引っ切り無しに聞こえてくる。

 また、町を巡回する兵も多数見られた。

 建前としては町の治安を維持する名目なのだろうが、この現状を見れば絶対に違うだろと文句の一つも言いたくなってしまうってなもんだ。


 ルナや王子様たちを乗せた馬車は町の玄関口から要塞へと続く石畳の敷き詰められた大通りを進み続け、程なくして要塞の入り口となる巨大な鉄製門の前で停車、主要メンバーだけが降り立った。


「アザリア要塞。……よくこんな物を建造しましたね」


「エリザ王妃様の肝いり事業ってことで莫大な資金が流し込まれたのよ。王国はすでに周辺諸国を一国のみで圧倒できるくらいには軍事大国になっているわね」


 馬から降りてきた白銀鎧姿のサラエラお母様が娘の独り言に答えてくれた。

 大抵の場合で傍にくっついてくる筈のアリサは伯爵家令嬢としてではなく航空戦闘部隊の一員として、ルナを護衛する役割もしくは従者としての立場で同行しているために部隊の面々と共に後ろで整列し口を閉ざしている。


 通常、軍隊というものは指揮官が指揮権の移譲や駐留施設への入場を書類や口頭により明言されるまでは合流したとは見做されない。

 つまり“単に移動してきただけの軍組織”といった扱いになるわけで、だから目的地に到着したからと自由気ままには動いちゃならねえのさ。


「ルナ嬢、けれどここまでやって初めて君と君の率いる部隊と足並みが揃うと母上は考えているようだね」


 同じ馬車から降りてきたアベル王子がルナの隣で溜息交じりに零す。

 そこの部分に関しては色々と議論の余地はあるだろうけれど、少なくとも一年前の状況でアルフィリア王国に所属する全ての兵士と真正面から切り結ぶのであればルナの率いる50名の航空戦力だけでもかなり良い勝負ができるだろうと見積もっていたのは確かだし、ルナ本人が全力全開で戦うというのなら一対百万であっても殲滅できる自信があった。

 本気で面倒臭いと思ったら大陸ごと海に沈めてしまえば良いわけだし、ルナの勝利はまず揺るがないであろう。


「とは言え、民草の暮らしを底上げする方が先だったんじゃないかと僕個人としては思うけれど」


 アベル少年は、お利口さんな事を言う。

 なるほど確かに平和な時世であれば彼は名君にもなり得たかも知れない。

 だがもう間もなく戦乱の世が幕を開けようかといった時節では脳みそに蛆虫でも飼っているのかと疑わなきゃいけないほどに見当違いな考え方となってしまう。


「アベル殿下。民草を可能な限り死なせないようにするためには他を圧倒する軍事力で自国を守れるようにしなければいけません。平和主義を掲げていれば戦争は起こらないだとか、酒を酌み交わせば分かり合えるなどといった妄言を声高に宣う輩もいますが、そういった連中というのは周りの見えない自分に酔っているだけの救いようのないバカか、もしくは他国の謀略に加担して利を得ようとする破壊工作員なのです。民家に押し入る強盗は住人を殺して奪う前提でやって来る。だから備えるのは当然だし襲い掛かってきたら武器を手に応戦する。それができない国家を国とは呼ばないし、民草を守らない王などは必要性を認められないと私は思います」


 ルナは隣に立つ王子様に説教じみた言葉を告げる。

 少年は苦虫を噛み潰したような顔を一瞬だけ見せて、次に目を上げて「母上!」と声を上げた。


 同様に目を向ければ、開かれた門の内側から動きやすい女性士官的服装を思わせる衣装に身を包むエリザ王妃様が悠々と歩いてくるのが見える。


「ご機嫌麗しく、エリザ王妃殿下」


 彼女が前に立ったタイミングでスカートの裾をちょこんと持ち上げて挨拶するルナ。

 昨晩着ていた白いブレザー制服じみた軍服は返り血に染まってしまったが、同じ服は数着あって着回しできるよう準備しているのだ。

 なお、汚れた衣装はクリーニングの魔法で元の真っ新な状態に戻っている。生地の裏側に防御系魔法などを複数種類織り込んでいるせいで見た目に華やかさは無くとも目を剥くようなお値段になっちゃっているので、汚れたから捨てるなんて考えは絶対にできない。


「本当に目を覚ましたのね。良かった、あのまま眠り続けていたらどうしようかと心配していたのよ」


「それは、ご迷惑をお掛けしました」


 ちょっと困った顔で返すルナ。

 王妃様の言う“心配”というのはルナ個人に対する心配ではなく、世界情勢など諸々を鑑みての話であることは明白だったから。そりゃあ、まあ、本人の身を案じる部分だって全く無いことはなかろうけれど……。


「では積もる話は中でしましょう」


 促しつつ踵を返して歩き出す王妃様。

 面々は彼女の背を追い掛けて要塞の内側へと侵入する。


 要塞内にある兵舎に部隊を向かわせておいてルナ達はエリザ王妃の案内で応接室へと通された。

 というかお姉様一筋の筈のアリサは隊員達と一緒に予め用意されていた航空部隊用の部屋に足を運んだが――なんで王国軍に籍を置いていない部隊のために最初から宿泊スペースが確保されているのかってのは大いなる疑問だが真相なんて知りたくないし聞きたくもない――大っぴらに言葉や態度にこそ出さないだけでアリサちゃんはエリザ女史に苦手意識かもしくは嫌悪感を抱いているのかも知れなかった。


 通された応接室ではルナとその母サラエラ、聖女枠で随行しているマリアがソファーに並んで腰掛け、対面のソファーにエリザ王妃とその旦那たる国王アルダート・ルーティア・ド・アルフィリア。

 アルダート王の左側にアベル王子が腰掛けているが、弟カイン王子は同室に呼ばれなかったのか出席していなかった。

 テーブルに運び込まれたお茶で喉を潤しつつのエリザ王妃がまず口を開く。


「では改めて、お帰りなさい。ルナ公爵令嬢」


「はい、おかげさまで復帰するに至りました」


 頭を下げるまでがお作法であるとルナは僅かに頭を垂れる。


「私が世間話をするために貴女を呼びつけたわけでは無いと分かっているわね?」


「勿論ですとも。閣下」


 どうやらエリザ夫人は冗長な前口上がお嫌いらしい。

 ルナだって負けず劣らずの効率主義者なので早々に頭を切り替える。


 王国軍という括りで見た場合、総大将となるのはアルダート王だが実質的な総司令官はエリザ王妃になる。

 そしてルナ側はディザーク侯爵軍として王国軍と合流した格好。

 つまり全体の指揮権はエリザ女史が握っていると考えるのが妥当であり、その辺りはお母様(サラエラ)も理解しているようで無闇に口を挟んでこない。


「では本題に入りましょう。ここへ来るまでにアザリアの要塞化は目にしていると思うけれど、将来的には王国軍のみならず国内で主力とされている兵団の全てを集結させて一大軍事拠点にするつもりよ」


「はい、そのようで」


 ルナの、心得ていますとばかりの相づちにエリザが口角を上げる。


「そして、我が軍のかなめは貴女の航空部隊が担うべきであると私は考えています」


「キルギス提督は何と?」


 提督は王国軍の参謀的ポジションに就いている御仁であり、故に彼の意思は決して無視してはいけない。

 不興を買えば生存が極めて困難な最前線に送り込まれるといった目もあり得るからだ。


「ああ、その辺りを心配する必要は無いわ。むしろキルギス提督は貴女の信奉者だもの」


 エリザが清々しい笑みで答える。


「例のデビュタント・パーティーで貴女のファンになったのは、むしろ大部分が軍に属する人間たちだったから、貴女は思う存分に暴れて貰って良いのよ?」


「それはまた剛毅なことで」


 あ、こいつ私を馬車馬よろしくこき使う気だな。

 なんて思って苦笑いするルナちゃんである。


「あと、要塞内には貴女のための施設として撮影部屋を用意しているから」


「……は?」


 サラリとほざきやがる王妃様。

 ルナは思わず間の抜けた声をあげる。


「いえ、あなた一年前に宣伝映像コマーシャル作ったじゃない。あの結果を受けて国内の最大手商会から取り次いで欲しいって要望が山ほど来ていてね。今後の事も踏まえて消化していって欲しいの。取り敢えず130本」


「うあぁ……」


 思わず天を仰ぐ。

 そりゃあ確かに種を蒔いたのは自分だし、宣伝映像の効果がデータとして公になれば大店の店主としては金になるからとこぞってオファーを掛けてくるのだって見越していたワケだから、全くの計画通りではあるのだけれども。


「私が寝ている間に見栄えの良いとか出てないんですか?」


 ルナには一年間ものブランクがあるのだ。

 これだけの時間があれば他に可愛い子が台頭してきていたって不思議じゃあないし。

 というか映像を文化として定着させるためにはルナ一人が頑張るだけではいけない。

 各大店に看板娘として一人か二人はコマーシャルガールが誕生していないと話にならないのだ。

 なのに王妃様は云う。


「ええ、何人か居るには居るのよ。けれど貴女ほどの美貌というかはなのある子。映える子は出てきていないのが実情で、だからどうしたって大手はルナちゃんにって話になっちゃうのよね」


 流石の王妃様もこればっかりはどうしようも無かったらしい。

 だからね。と続ける。


「ルナちゃんには復活をアピールする意味でもバリバリ働いて貰わなきゃなのよ」


報酬ギャラは弾んで貰いますよ?」


「勿論、なにせ貴女は今や国内で最強の女神アイドル様なのだから」


 我が意を得たりとばかりにほくそ笑むエリザ王妃様。

 ルナは、これは部隊の訓練時間が削られるなあと、いざ戦争が始まってから航空戦力が役に立たない要らない子になったらどうしようかと頭を悩ませたものである。



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