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016:婚約者と書いて勇者と読む⑤ 夜襲


 昼食を終えて出発したディザーク侯爵家の一行は、それから二回の小休止を挟んで野営できる場所までやって来た。

 馬が全て軍馬ということもあってペースは決して悪くない。

 明日の朝に出発したとして天候などのコンディションが良ければ恐らくは陽の沈むギリギリでアザリアに到着するだろうと予想できる。

 なので野営という意味では今晩のみになるであろうとルナは考えていた。


「お姉様!」


「アリサ、お疲れ様」


 ルナを護衛対象として周囲を固めているのは主に航空戦闘部隊エンゼル・ネストで、一緒にくっついてきているディザーク家の私設兵団である第一騎士団と違ってルナ個人の手勢であるために何をするにも勝手が良い。

 6名から成る小隊長の一角を担うアリサ嬢が、自ら周囲を巡回して異常がないことを確認してからルナの所までやって来た。


「お姉様もお疲れでしょう? 特にお尻と腰が」


「ええ、そうなのよ。何でしたら明日は交代しましょうか?」


「もうっ、馬鹿なこと言わないで下さい」


 ルナとしては馬車での移動はあまり好ましくない。

 だって下からの突き上げが断続的に響いてくるせいで長時間の乗車は身体にこたえるから。しかも客車はこに閉じ込められたまんまともなるとストレスがマッハで蓄積していくってなもんだ。


 サラエラ(お母様)の様に馬に跨がれば随分と疲労は軽減されるし自分の意思で手綱を操作しているからむしろ快適なのだけれど、最重要の護衛対象といった立場を思えば馬の鞍に跨がるなど言語道断。

 騎馬兵は機動力があるけれど背丈が上乗せされるだけに矢で射かけるならば格好の的だし、直進するには強いが側面から奇襲などを受けた際には身体の向きを変えるだけでも数秒間を要してしまう。つまり後手に回りやすい。

 だが、空を飛んで移動するならそういった弱点は無いし、足腰にダメージが掛かるわけでもない、現状で航空兵力に対する有効な攻撃手段はと考えた場合、超遠距離からの魔法による精密狙撃くらいしか思い当たらないが、そもそもそんな真似ができるような魔法使いというのは一級品なので単独で仕掛けてくるというのは逆に考えにくい。


 聖女をはじめとした神聖魔法の素養を持つ人間を教会が囲って独占しようとするのと同様に、優れた魔法使いは各国がこぞって囲っており――アルフィリア王国にもグラデュース王立魔法省があるがこれと似たような機関は各国にある。当然の話だ――、国に所属しない魔法使いというのは冒険者稼業を除けばほぼ間違いなく指名手配されているような犯罪者だったりするが。

 いずれにしてもエース級の魔法使いともなれば何らかの組織に属しており、ゆえに襲撃するにしても盾になる手勢を引き連れて、というのが定石となる。


 それで話を戻すなら、空を飛んでの移動というのは氣なり魔力なりの消費量が尋常ではないが、この問題がクリアできれば逆に最も安全性の高い交通手段になり得る。まあ、夜間の離発着は至難の業だがそれだって光魔法や道具で照明を焚けばどうとでもなるし、なのでルナとしては快適な空の旅を推したいところ。

 だが王妃様としてはどうあっても息子達とルナを同伴させたいようで、結果馬車での移動を余儀なくされている。


 君たちがお荷物なんだよボンクラ王子ども。

 とは決して口に出来ないお嬢様の本音であった。


「ルナ嬢、もう少しだけ話をする時間を貰えないだろうか」


 馬車から降りて駆けつけたアリサちゃんと抱擁を交わすルナは背後から声を掛けられる。

 顧みるにアベル王子で、彼はアリサから向けられる剣呑な視線にも挫けることなく神妙な面持ちでルナの背後に立っていた。


「構いませんけれど、手短にお願いしますね」


「お姉様?!」


 お姉様がバカ王子を嫌っているものと思い込んでいるアリサが驚きの声をあげる。

 そんな妹分を我が身から離すと金髪王子と真正面から対峙するルナお嬢様。

 アベル君は、その後ろからせっついているカインを一瞥すると地に足を着き、ルナを促すように歩き出す。

 昼休憩で足を止めたのは街道沿いの林と隣接した場所だったが、野営地にも手近に小さな森があって、つまりテントを張るための資材が足りなかった場合に枝を拾ったり、焚き火のための薪を切らした時に掻き集めることができるよう予めそういった場所を選んで野営地としているんだなと察したものである。


「――それで、どういったお話でしょうか?」


 木々の生い茂る間隙に身を滑り込ませたのはアベルとルナだけで他は馬車の近くで待機している。

 二人きりになった時間の中、少年は自分の考えを纏めるように目を閉じ、数秒ほど間を開けて言葉を吐き出す。


「君が見たという預言書に僕の未来が記述されていたという件について、可能な限り詳しく知りたい。どういった状況で、どういったご令嬢と恋に堕ちると書かれていたんだ?」


 なんだそんなことか。ルナはもう少し高度な質問を期待していたものだからちょいとガッカリしつつ、それでも答えてやる。


「具体的な氏名は言いませんし、今それを教えることに意味はありません。それというのも預言書通りの環境を人為的に整えようとする組織もしくは個人が存在しており、仮に出した名前の人間を王族の権限を使って遠ざけたとしても、他の人間がその役に割り当てられるだけとなる可能性が極めて高いからです」


 ディザーク領内で起きた幾つかの事件には“幻燐の魔女”が絡んでいた。

 ここで重要なのは魔女がどうこうではなくて、預言書を現実のものとするために暗躍する何者かが存在していたという事実。

 預言書の存在を知る者がルナの他にもいるといった話だ。

 即ち、ルナは“幻燐の魔女”が個人を指す名称ではなく同じ思想や目的を持つ組織団体であると疑っているということ。


 もしも想像している通りであれば、例えば預言書に登場する人物を全員暗殺したとしても条件に見合う他の誰かが空いた席に就かされるだけといった結果にしかならない。

 ならば配役を一切変えない方が行動を読みやすいし、対策も練りやすいというものだ。

 だから攻略対象の一人であるアベル王子には必要以上の情報を与えてはいけない。


 というか、預言書(乙女ゲーム)主人公(ヒロイン)である筈のマリア・テンプルは、他の誰でも無い悪役令嬢(ルナ)が堕としている。

 つまり預言書にあるシナリオを再現するためには新たな主人公を用立てなければいけない筈。

 マリアからもたらされた話では預言書は5つ存在していて、過去に電子の精霊を自称するシロに見せられたのは内の一篇であるとの事だった。


 シロが何を目論んで預言書の一部のみをルナに宛がったのかは分からないし、くだんのバカ犬が姿を消している現在それを知る術も無いが。

 いずれにしても魔法学園に入学する時にはまず間違いなく、マリアが本来演じるはずだった役を負わされた何者かが同様に学園入りを果たすはずだった。


「私個人としては預言書を現実化せんと目論む輩は全て排除する腹づもりですし、同様に降り掛かる火の粉は完膚なきまでに叩き潰す所存ではありますが、王子殿下に出来る事などは一つとしてございませんし、ただ邪魔さえしなければこちらから言う事はありません」


 ルナがそう締め括ると少年ははじめて泣きそうな顔になった。


「そう、か……。君の考えは良く分かった」


 幼き王子は踵を返してそのまま去ってしまう。

 ルナは彼の心境がどうにも理解しがたく、何かおかしな事でも言ってしまっただろうかと小首を傾げるのだった。



 ――夜も深まった頃合い。

 簡易ながら食事を済ませ、張られたテントの内側でマリアとアリサ、二人を侍らせてというか当たり前の顔で同じ組み立てベッドに潜り込まれてしまったルナちゃんは、例によって左右から抱きつかれる格好で目を閉じ夢の世界へと旅立とうとしていた。

 そんな中に投げ込まれたのは隊員の鋭い叫び声である。


「敵襲!!」


 声に反応してバチリと目を覚ましたルナは左右の少女達を揺すって起こすと素早くベッドから脱出、揃って着替える。


 念のためにと持ってくるよう言いつけておいた戦闘服に着替え腕に愛用の手甲を据え付けて臨戦態勢用意良しといった出で立ちでテントから出てみれば、そこは既に戦場と化していた。


「うそ、なんで!?」


 驚愕に打ち震えるアリサを横目に、ニヤリと笑んでしまうルナ。


「差し詰め認識阻害を範囲指定で掛けた、といったところかしらね。……そりゃあ女神が率いる航空兵団を奇襲しようというのだから手練れをダース単位で連れてきていてもおかしくはないでしょうよ」


 窮屈な馬車に閉じ込められていたおかげで鬱憤が溜まっていて、その怒りの向け先が目の前に出現したともなればウキウキしたって仕方の無い話で。


「マリア! 照明ひかりを準備なさい!」


「合点ですお姉様っ!」


 すぐ後ろへと声を出せばすぐさま返って来る音色。

 ルナちゃんは白いブレザー制服然とした衣装のスカートがヒラリと捲れるのも気にせずに駆け出すと手近で斬り合いをしている敵兵を横から殴りつけて吹っ飛ばし爆散させた。


「相手の土俵フィールドで戦う必要は無い! 隊員は手の空いた者から空に上がっていけ!」


 自分の部下達に向けて大声を放った。

 周囲は乱戦の様相を呈しており、騎士団の兵もいれば近衛騎士もいる。

 敵味方も各部隊もがごちゃ混ぜになっている野営地ではそこかしこで剣撃の打ち合わされる音が響き、各所にて赤い光を放つ焚き火やカンテラの色がすぐ傍で行われる命の遣り取りを描き出していた。


 戦場特有の凍てつくような熱気。

 敵意と殺意に塗れた血の臭い。


 ――ああ、戦場だ。これこそが戦場だ。


 そこへ新たに打ち上げられた光の塊が夜を引き裂き世界を白日の下へと引きずり出す。

 ルナは場違いなまでに満ち足りた微笑みを浮かべ、斬り掛かってきた敵兵の振り下ろされる剣を簡単に躱すと軽い調子でガラ空きになっている脇腹を殴りつける。

 すると敵兵は真横へと吹っ飛んでいって、地面を転がりながら胴体を膨張させ破裂した。


「ふふっ。……くくくっ。あっはっはっは!!!」


 悦びと狂気が天井知らずに膨らんでいく。

 ルナは可憐な乙女らしからぬ哄笑と共に夜の闇の中を踊り狂い、次々と襲い来る兵を打ち倒していく。


「凄え……」

「お前らよく見ておけ、あれが俺達の大将だ」

「「うっす」」


 降り注ぐ光が描き出す死の舞踏。

 遠巻きに見つめる男達が口々に囁き合っている。

 しかし、そんな囀り声などルナの耳には入ってこない。

 なぜなら楽しくて愉しくて仕方が無いから。

 全身から闘気を迸らせ、まさしく美の女神を体現するかの如く舞う少女は、白い衣装が血の色に染まっても、鋼色の艶髪が返り血を浴びてドス黒く色を変じてさえ気にした様子も無く、次の敵を屠り、更に次の敵を葬る。


 誰にも行く手を阻めないし、誰にも止めることはできない。

 そこでは一匹の修羅が踊り狂っていた。



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