015:婚約者と書いて勇者と読む④ 移動中につき
航空戦闘部隊、300名。
ディザーク第一騎士団、100名。
そこへ王子達の護衛として追従してきた50名ほどの近衛騎士たちを加え、総数450余りの兵団はラトスを出発し会合ポイントであるアザリアを目指している。
目的は表向きには国王夫妻の前に顔を出す事でルナが一年間の眠りから目覚めたことを内外にアピールする為だが、顔合わせの場所が軍事拠点となっているアザリアである事と書状で航空部隊の随行を求めている所から何らかの軍事行動が伴うと見てまず間違いない。
第一騎士団の100名は全てが馬に跨がる騎兵であり航空部隊は文字通り空を飛んで移動するので機動力に置いては他の追随を許さない。
即ち、不穏な動きを見せている周辺の諸外国に対する、もしくは大陸内にあって教皇の意のままに動く聖導教会の信徒どもに対する動きがあると予想していた。
「あら王子殿下、ご機嫌麗しく」
「おかげさまで身動きするのが辛いよ」
昼食を終えて撤収作業を済ませた一団は再び街道に戻って進軍再開、したワケだけれども。
休憩時間が終わろうかといった頃合いで馬車内にて気絶していたはずの王子様お二方が這い出てきてルナに文句を言った。
どうやら気絶からは回復したものの今度は全身の筋肉痛に苦しめられているようだ。
そんな二人に手早く食事を済ませるよう促すルナは、しかしお返しにと道中の相乗りを要求されてしまう。
アベル王子は不敵な笑みを浮かべ迫ったものだ。
「これでも一応は君の婚約者だからね。移動の馬車まで別々だと流石に聞こえが悪いと思うんだ」
「……ちっ」
最もらしいことを曰う金髪王子様に思わず舌打ちするルナお嬢様。
「そんな露骨に嫌がらなくても」と、兄王子は苦笑するばかり。
「念のために言っておきますが、私個人は貴方を結婚相手とは認めておりませんし、ですので仮に貴方様が婚約破棄を口にしたならば如何なる文脈の下であっても現実のものとさせて頂きます」
ルナの側、つまりディザーク侯爵家の側からでは一度成立してしまった婚約を白紙に戻すことは困難だった。
なぜならルナの身柄を奪われるといった最悪のシナリオを回避しようとエリザ王妃が無理矢理に絞り出した策であり、ルナの母サラエラ夫人も否応なく飲まざるを得なかったわけだから。
そして発端となっている経緯から目を逸らしたとしても、締結されている婚約を破棄するためには王家側からの撤回、或いはこちらから要求するに当たっての何らかの不祥事を向こうが起こしていなければ突っぱねられるのは目に見えている。
即ちルナが王家の魔の手(?)から逃れ得る為には謀略を張り巡らせなければならないといった話であった。
「じゃあ出発の際には僕とルナ嬢、カインとマリア嬢でそれぞれ馬車に乗り込むという事で良いかい?」
「お待ち下さい。私がいつマリアを離しても良いと言いましたか?」
「……良く聞いてるんだね」
しれっと自分の要求を滑り込ませてくるアベル王子は、確かに統治者としての資質を持っているとルナは思う。
しかし、だからといって妹分と引き離されることを認めることはできない。
なぜならマリアは、女神にとっての専属聖女なのだから。
「分かった、そこは折れよう。けれど僕だって男だからね。これ以上は譲歩できないよ」
一番最初に要求を飲ませておいて何を恩着せがましい物言いしてやがるのかこのクソガキは。
と、ルナちゃんは思ったが言葉には出さない。
これはもう修行と銘打って今度こそ死ぬ直前まで追い込まないといけないわね。などと密かに心に誓うご令嬢であった。
――と、それからの事と言えば。
対面式の座椅子にルナとマリア、アベル王子とカイン王子で腰掛けて幾ばくかの会話を交わしつつの移動となった。
「ねえ、折角だし席替えしようよ」
「却下です」
ルナの隣を占拠したいアベル君が事あるごとに提案するがルナは悉く撃ち落とす。
金髪王子は何とも言えない表情で強要の言葉を飲み込んでいる様子ではあるが、仮に強要してきたなら表に放り出してボコボコにしてやろうなどと画策している鋼色髪娘だったり。
カイン王子は本日未明に掛けて行われた“躾け”が尾を引いているのか借りてきた猫のように大人しく無闇に口を開くといった愚を犯さない。
「ルナ嬢、今の間に聞いておきたいのだけれど、良いかな?」
馬車に揺られる中で第一王子が問う。
何でしょうかと答え、ジロリと目を向けるルナちゃん。
威圧するような視線を受けても女心に疎いのか少年は臆したふうも見せずに言葉を紡ぎ出す。
「君は僕のことを毛嫌いしているように見受けられるのだけれど、もしかして何か気に障るような事をしてしまったのかな? もしそうだとするなら謝罪したいんだ」
彼の言葉を耳にして少女は今度こそキョトンとした顔になる。
「私は貴方個人を指して好き嫌いを言えるほど貴方のことを存じておりませんわよ?」
「それならどうして突っ慳貪な態度を執っているのかな?」
食い下がる王子にルナは溜息を返した。
「理由は三つ。まず貴方の非力さが気に入らない。男は、王者ともなれば尚のこと豪傑でなければいけないと私は考えております。世に言われる英雄然り、偉業を成し遂げるだけの武力と知力と統率力、そして魅力を持たずして王とは認められません。
他の誰かの傀儡として担ぎ上げられているだけの王というのも世の中にはありますが、少なくともその様な凡夫を我が夫とするなど断じて認められないといった話です」
ルナは余程腹に据えかねているのか一息でそこまでを言い切って指を立てる。
立てられた指は更に数を増す。
「次に気に入らないのは貴方の母君です。貴方の母君、エリザ王妃様は野心が高すぎる。なまじ能力があるために簡単に成し得てしまう。だから足下を見ない。上ばかりを見ているから足下に転がる小石に気付かない。その小石に刃が仕込まれていても分からない。いつか必ず彼女は足下を掬われる。その時に彼女の手駒であったなら、こちらまで巻き添えを食う。私は私の失態から窮地に立たされることには納得できる。ですが、他人の野望を成就するための生け贄にされるのは遠慮願いたい。というのが二つめ」
これはどちらかと言えば国王夫妻の問題でアベル君には何の責任も無い。
だが三つめに挙げられた理由に彼は目を丸くする。
「三つめは、数年後の話。貴方は運命の女性と出会い、その女性と添い遂げる道を選ぶでしょう。それ自体は私は全く構わないのですが、貴方が私に対して国外追放などの処遇を言い渡したり暗殺を目論んだ場合、その瞬間からアルフィリア王国の全土を巻き込んだ内戦に発展することは明白で、私か貴方のどちらかが命を失わない限り決着が着かなくなります。
この時に私に執りうる行動としては大量破壊術をオーガスト城の真上で行使する事、その一択になってしまう。敵対し相対するとなった瞬間に私はそれを行うでしょう。
ただ、それは私の望むところではありませんし、であるならば早期に貴方との婚約を解消してしまうのが最善であると考えます」
「ちょ、ちょ、ちょっと待って!」
アベル王子が焦った様子で制した。
ルナは落ち着いた物腰で「何でしょうか?」と応じる。
「その、数年後に僕が他の女性と恋に堕ちるといった話はどこから出てきてるのかな?!」
流石に自分の事ともなれば冷静でいられなかったのか身を乗り出そうとして、タイミング良く揺れた客車の衝撃で座椅子に引き戻される。
ルナはクスクスと優雅に笑んで囀った。
「随分と前に預言書なる物を閲覧する機会が御座いまして、そこで知ったのです。貴方のご両親は既にご存じである筈なのですが、知らされていなかったのかしら」
「ええ、初耳です」
動揺を気取られまいとしてかアベルは平静を演じようとする。けれど僅かに目が泳いでいるところを見るに、きっと頭の中では大混乱しているのだろうと察する事が出来た。
「お姉様、ここで暴露しちゃって良いんですか?」
マリアが耳元で囁くと、ルナは一つ頷く。
「マリア、手札には有効期限というものがあるの。手にしている情報は最大限の効果を発揮する場面で使用するべきで、いつまでも懐に隠し持っているものではないと。私が彼らの未来について幾ばくかを知り得ていると、この前提情報はなるべく早い段階で伝えておく必要があると私は判断しているわ」
「なるほど。勉強になりますお姉様♡」
感心しきりのマリアちゃんがルナの腕に自分のそれを絡み付かせてイチャイチャする。
終始黙していたカイン王子が「最低だな兄上」とジトッとした目で金髪兄貴を見つめるものの当の本人は応答する余裕すら失っているように思われた。
なお、ルナの言う「国王夫妻が知っている情報」というのは「ルナが神託を得た、預言書を閲覧した」という話であって、その中身は告げていない。
同じく乙女ゲームをプレイしている母サラエラがひょっとしたら情報の一部を開示しているかも知れないが、少なくとも王子達の耳には入っていないであろうと確信していた。
「い、いや待て。待って欲しい。つまり、君が見た預言書に、僕が他の娘と恋に堕ちると書かれていたと、そういった話なんだね?」
暫し混乱に頭を抱えていた金髪少年は、持ち前の賢しさで情報を整理しどうにか衝撃の新事実を飲み下す事に成功していた。
ルナは小さく頷いて第一王子の目を見据える。
この状況でどういった切り返しをしてくるのか、ちょっぴり楽しみだったり。
「……そうか、だからルナ嬢は……いや、だったら……」
少年は何かに思い至ったように物凄く真剣な表情でブツブツと呟いてからルナと面と向き合い口を開く。
「ルナ嬢。けれど君は僕に教えていない情報があるよね?」
「どういった事でしょうか」
「君はさも預言書の記述が絶対といったニュアンスで物を語っているけれど、君自身はその内容が変えられるかどうかを試しているし、事実“記述は変えられる”という結果を目にしている。つまり、僕が誰かと恋に堕ちるといった事象だって、僕が少し気をつけていれば幾らでも変えることができるって話だ」
したり顔で曰うアベル君。
「よくそこに気付きましたね」
思わず褒めてしまうルナお嬢様。
ドヤ顔の少年に、「けれど」と声を掛ける。
「出来ますか、貴方に?」
「勿論だよ」
「ではそのお言葉を魔法学園にて卒業を迎える日に、もう一度お聞かせ願えますか?」
「うん、勿論さ」
十代の少年少女が口にする「絶対に」とか「約束」なんてものは欠片ほども信じてはいけない。
なぜって責任の伴わない言葉など簡単に都合良くねじ曲げて裏切ってしまうからだ。
それが子供が子供たる所以である。
そして傲慢な子供にはムカつくといった感情しか持ち合わせていないルナが、真摯さを装っているだけのガキに本音をぶつけるなど有り得ない話なのである。
「では精進なさって下さい。アベル王子殿下」
13歳の少女は、故に彼の言葉をこれっぽっちも信じていない。
微笑み頷いて見せるルナの目には、しかし相手への敬意や信頼といったものは全く映し出されていなかった。