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013:婚約者と書いて勇者と読む② 妙な展開


「――マリア、貴女も連れて行くから支度なさい」


 サラエラ侯爵夫人が詰めている執務室から出てきたお姉様は開口一番に私を名指しした。


「はいっ!」


 お姉様と王妃様お会談ともなれば私なんて出る幕も無いからと帰宅しようとして、けれど一縷の望みを胸の奥に隠し持っていたせいでなかなか踏ん切り付けられずお屋敷内に留まっていた私は弾かれたように返事してしまう。

 現金なものねと自分を顧みて恥ずかしくなってしまったり。


「あ、でも王妃様の前に出られるようなドレスなんて持ってませんよ?」


 お姉様また貸してくれるかなぁ、とか厚かましいことを考えて曰えばお姉様は呆れた顔で肩を叩いた。


「ドレスは要らないわ。というかあなたの場合は聖女服が正装になるから用立てるにしても侯爵家うちか女神教神殿の方に話を持っていけばいいの」


「ええと、つまり今回は私は聖女として顔を出すって事ですか?」


「ええ。たぶんだけど、あなたはこれから先ずっと聖女という肩書きで貴族連中の前に立つ事になる。男爵家のご令嬢と呼ばれる事は無いと思いなさい」


 お姉様は侯爵家のご令嬢で、かつ公爵様の孫娘、つまり正真正銘のお姫様なのだけれども、これとは別に“女神アリステアの化身”という肩書き?がある。

 そして貴族としての地位は、王族と同等か特定分野だと上回る事になる。

 いや、だってほら、現職の女神様だし。

 神様が王様より下なんて有り得ないでしょ。

 そして聖女は王様よりも仕える神にこそ帰依する存在なので、この場合は女神様おねえさまの付属物みたいな扱いになる。

 だとするなら、何処へ行くにもお姉様と一緒。

 私は嬉しくなって思わずお姉様に抱きついてしまった。


「あんっ、ちょっとマリア」


「お姉様、何処までもお供します♡」


 身も心もお姉様に捧げている聖女わたしは、いつでもどんな時だって、お姉様の事で頭の中はいっぱいなのです。


「出発は明日の朝。移動先は王都ではなくてアザリア。ここでエリザ様と落ち合うようにと指示が出ています」


 廊下を歩きながらお姉様が告げる。

 え、王都じゃないんですか?

 尋ねた私に、ルナお姉様は何とも言えない顔をした。


「流石というか何というか。どうやら王妃様は寝起きの小娘を捕まえて馬車馬のようにこき使う考えみたいね」


 王妃様からの書状というのは、城に挨拶しに来いって話ではなく、部隊を引き連れて編成途中の軍と合流せよといった召集令状。

 つまり戦時中の日本でいう“赤紙”に近い代物だったらしい。


 なぜかと言えば、お姉様たちの推測だと軍事行動らしき動きを見せている聖導教会への牽制もしくは攻撃を意図しているのだとか。


「エリザ様のことだから、状況が許すと判断すれば迷わず攻撃命令を出すでしょうね。つまりお披露目会の意味もあるってこと」


 お姉様が率いているのは航空戦闘部隊で、空を飛んで戦争をする兵科は他に存在していない。

 となると、航空戦力を相手陣営に見せつける、いわゆるデモンストレーション的な意味合いも含んでいるってこと。

 その部隊長が本物の女神様ともなれば、教会側としては堪らないだろう。

 なぜって、彼らは長い歴史の中で一度として信仰する神エヘイエと遭った試しがないが、相手は普通に女神様自らが部隊を率いて襲い掛かってくるのだから。


 聖導教会の軍と言いながら、その実、奪略者の群れであって規律や戦闘能力の面で正規の軍組織とは比べるべくもないのだとか。


「あと王妃様の我が儘で王子たちと同じ馬車で移動することになったから」


 アベル王子殿下とカイン第二王子殿下。

 二人を待たせている応接室へと向かう最中にお姉様がめちゃくちゃ嫌そうな顔で告げる。

 私は、この流れならそうなるでしょうねと困った顔で愛想笑いするしか知らない。


 普通に考えれば空を飛んでいけば目的地まで小一時間で到着する。

 軍事行動という目で見れば早いに越したことなかろう。

 けど、今回は一年ぶりに目を覚ましたお姉様の挨拶、それから本人の意思を無視して婚約者といった関係になっている第一王子殿下との顔合わせが含まれている。

 つまり速度よりも二人の仲を進展させる狙いもここにはくっついているのだ。

 とすれば、王妃様的にはルナお姉様と王子様の二人にはなるべく時間を掛けてアザリアまで来て欲しいといった思惑がある筈だった。

 

 ……というかお姉様は実際のところ王子様お二人をどう思ってるんだろ?

 生理的に受け付けないとか、そういう事なのかな?


 聞いた話だと、確かお姉様が自らスカウトした最初の部下というのは鷗外さんで、彼は心根はめっちゃ良い人なんだけど物凄い人相が悪い。体格も大きい。

 ひょっとしたらお姉様の好みのタイプって彼のような人かも知れなくて、だとしたらいわゆるヴィジュアル系というかキラキラとして少女漫画にでも出てきそうな王子様たちは顔的には絶対に好みじゃないよね。

 私は、まあ、ああいう顔はタイプなんだけど……。


「お姉様はアベル王子殿下との婚約というのは、どうお考えなんですか?」


 ふと気になって聞いてみれば、ルナお姉様は一瞬だけキョトンとした顔になってから笑みを浮かべた。


「あら、マリアああいうのが好みなら迫っても良いんじゃないかしら。私は男は豪傑であるべきと考えてるからああいったモヤシに用は無いし、本来はヒロインとして彼らを落とすのが預言書のシナリオなのだし、私は邪魔しないわよ?」


「お姉様、意地悪なこと言わないで下さいっ!」


 つい声を荒げてしまう。

 だって、私の本命が誰かなんてお姉様は知ってる筈なのに。

 私の身体と心はお姉様のもので、お姉様は私だけのもので。

 勢い余って縋り付くように腕に自分のそれを絡めれば、お姉様は私の頭を優しく撫でてくれた。


「そうね、ちょっと意地悪なこと言っちゃったわね。ごめんなさいね」


「もうっ……」


 頭を撫でられてしまえば怒りも湧いてこない。

 好き。大好き。

 胸の奥に閉じ込めている底無しに深い気持ちが爆ぜたかと思えば私の背中に純白の羽根がバッと飛び出してしまう。


 お姉様への気持ちが天元突破しちゃうと羽根が出てしまう、というのは最近になってようやっと気付いた事で、自分でやろうとしてそうなるワケじゃあない。

 体質というか、そういうものなのだ。


「けれど羽根はあんまり出さない方が良いわよ?」

「分かってはいるんですけど、自分でコントロールするのが難しくて」


 羽根が出てる時というのは、要するに聖女モードで色んな術が使えるようになるけれど、オンオフの切り替えが難しいのだ。


「困った子ね。……そういう所も含めて私は好きだけど」

「♡」


 頭を撫でられて喜びに満ち溢れる私は、きっとどこから見ても単純で面倒臭い女なんだろうな、なんて思いつつ。

 応接室の前に立ったところで渋々腕を離して扉を開いたものである。


「うん、分かったよ。……それにしたって母上も随分と思い切った事をする」


 応接室で王子様お二方に書状の内容を伝えれば、アベル王子殿下は肩を竦めて息を吐いた。


 会合場所となっているアザリアは旧ミューエル侯爵家の領地だった所で、当主だったリブライ氏が領地を召し上げられてからは直轄領となったまま誰かに分譲されることもなく、それどころか王様名義で大規模な軍事施設が建設されていた。

 常駐の兵は五千とも一万とも言われているけれど、そもそも最初は領主を失った当町の治安維持のためと称していたわけで、詰まるところ治安を守ると言うよりは兵を駐屯させるための基地を作っておこうと目論んでいたのだと今なら分かる。


 まあ、眠りに就いたお姉様の身柄を強奪しようと聖導教会が兵を差し向けてきた事もあって、女神教神殿からも王都からも近い位置に基地を置こうという考えは誰でも納得できるものだったけれど。


 問題なのはそのお姉様の起床に際して、王子様二人を随行させる格好でアザリアに来いと声を掛けてきていること。

 ラトスからアザリアまで、馬車の足だと二日と少しは掛かる。

 つまり今日も含めて三日間もの間、お姉様はこのクソガキどもの面倒を見なければいけないといった話であった。


「マリア、少しは不機嫌そうな顔を隠してちょうだい」


「ぁうう……ごめんなさい」


 応接間でソファーに腰掛け対面する私たち。

 お姉様にたしなめられてしょんぼりする私。


「ふふっ、聖女殿はよっぽどルナ嬢がお好きと見える」


「いくらなんでもこうも露骨に態度に出されると流石の俺達も困ってしまうぞ」


「はぃ、ごめんなさい」


 アベル王子とカイン王子は苦笑を浮かべ、私はやっぱり平謝り。

 お二人とはお姉様が眠っている間にも何度か会っていた。

 とは言っても私個人に気があるからとかじゃなくて、お姉様が目を覚ますときには女神専属の聖女である私に何らかの連絡がいくものと思っていた節があって、確認のためにというのが主な理由になる。

 あと女神教全体としての動きを監視する目的もあったかも知れない。

 いずれにしたってお姉様が目を覚ました以上は私も女神教にしたってお姉様の思ったとおりにしか動かないのでお姉様だけに注視していれば事足りる。


 けれど、まあ、私個人としてはお姉様にこんなクソガキどもの目に触れて欲しくないというのが少なからずあるんだけど……。


「では今夜はこちらのお屋敷に泊めて貰えるのかな?」


 アベル王子が告げた瞬間に私の鼓動が激しく脈打った。

 彼はお姉様の婚約者なのだ。

 まさか同衾するつもりじゃないでしょうね、と不安が募る。


「構いはしませんけれど、色気のある事は期待されても困りますよ?」


 お姉様がピシャリと仰る。


「まあ、修行するというなら見て差し上げますが」


 つまりお姉様的には二人を異性としては認識しない。

 訓練したいなら付き合ってやんぜ?

 という意味合い。私はちょっぴりホッとする。


「じゃあ俺の修行に付き合って貰えないか?」


 ここで返したのはアベル王子ではなく弟殿下である。

 アッシュグレーの髪を無造作に掻いて、少年は身を乗り出す。


「構いません。が、私を付き合わせるともなると、限界一杯まで追い込まれることは覚悟して下さいね?」


「あ、ああ。お手柔らかに頼むよ」


 ニッコリと満面の笑みを浮かべるお姉様にカイン王子はやや引き気味。

 そこへ嫉妬したのか兄王子が割って入る。


「おいおい、婚約者である僕を差し置いて勝手に話を進めないで貰えないか」


「嫉妬してんのか? 器が小さいぞ兄上」


「何とでも言え。ともかく、訓練には僕も同行する」


「あらあら、お二人様ですね。これはもう私も気合いを入れないといけませんね」


 ニコーッ、とお姉様が笑んだ。

 少年二人はその超絶的な美貌を前にポッと顔を赤らめたが私には分かった。


(あ、お姉様は彼らに地獄のトレーニングを課すつもりだ……)と。



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