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010:ルナの行脚⑨ 異教徒狩りⅢ


 ――そんな、当事者以外にはちんぷんかんぷんといった会話を盛り込みつつの行脚。

 ご町内を練り歩き、襲い掛かってきた刺客をその都度ぶちのめして進み続けた一行は最後に貧民街スラムへとやって来た。


 貧民街は今も昔も身寄りのない子供達や犯罪を犯したならず者どもが身を隠そうと住み着いている場所で、それだけ聞くと無法地帯と思われがちだが案外に揉め事は少ないし、今ではどちらかと言えば家を持たない人達(ホームレス)の溜まり場といった趣になっている。

 

 女神教神殿では孤児の引き取りも行っているし、犯罪者にしたって女神教の信者となっている事が殆どなので、逮捕後に諭して職を与えてやればすぐに改心。この好循環があって犯罪の発生率は他と比べてそんな大して変わらない程にまで落ち着いている。

 だから聖女認定されている私だって炊き出しにと訪れることが出来るのだけれども。



「私はね、本音を言えば信仰する神が違うからといって剣を手に殺し合うなんてのは馬鹿げていると思っているの。信仰は他の誰に強要するものでは無いし、個人の心の拠り所であって、それ以上の物にしてはいけない。

 信徒が人を殺め、強姦し、略奪するとき。それらは神の名を免罪符に己が欲望を満たしているに過ぎないし、私にはひどくいびつなものに見えるのよ」


 お姉様は人を殺めることも、陵辱する事も、奪い取る事だって、その行為自体は否定しない。法律上では犯罪だけど、人間生きていればやむを得ず手を汚す機会だってあるものだと彼女は考えて居る。


 その上で、されたくなければそれ以上の力で抗すれば良いだけの話でしかないと続くのだ。

 “強さ”とは正義の一つの形態でもあるのだから。


 けれど、いずれにしたって行うのは必ず本人の意思で無ければいけない。

 それらの所業の善悪に関わらず、行為の結果に得る物も、付随する罪も諸々ひっくるめて本人の物であるべきだと、そう考えている。

 神の名を盾にするのは、だから許せないとお姉様は言葉を締め括った。


 貧民街の通りを突っ切っていれば、やがて噴水もベンチも見当たらないだだっ広いだけの広場に行き着く。

 広場の真ん中には噴水のような目印になりそうな建造物は無いが、代わりに上半身が半裸の丸坊主男が座禅を組んで私たちを待ち構えていた。


「……あなた達はそこで待っていなさい。かなりの手練れだわ」


 相手が半裸である事に恐怖を覚える私やまだ戦意ありまくりのアリサ様を一歩先行して制したルナお姉様は、それから我が身一つで前に出る。

 ここで何を思ったか鷗外さんが、「俺に任せろ!」などと声に出して駆け出す。

 想定外だったのか「あ、ちょっと!」と叫んでしまうお姉様を振り返ることもしないで黒胴着のあんちゃんは突っ走って、そして大きく跳躍したかと思えば座禅坊主の頭上へと握り絞めた拳を叩き降ろした。


「ぬるい」


 ――光明真拳、列突れっとつ


 応じる様に指一本を立てた手を迫り来る拳へと突き入れた坊主頭。

 鷗外の腕が、まるで肉を削ぎ落とすように爆発したのは一秒にも満たない時間の後だった。


「ばかなっ!?」


 叫んで、吹き飛ばされたのか自分で飛んだのか随分と離れた場所に墜落した鷗外さん。

 彼は地面に転がりながら失われた腕の付け根を手で抑えのたうち回っている。


「鷗外、あなたには後でみっちり稽古を付けて差し上げます。覚悟なさい」


 地ベタを転がる大男の袂まで進み出てきたお姉様が冷ややかな声を浴びせ掛ければ、厳つい顔を歪ませつつの鷗外さんが「ひぃ!」などと恐怖の声をあげた。

 どうやら腕一本を木っ端微塵にされるよりもお姉様の稽古は厳しいらしい。


 坊主頭へと向き直ったお姉様は尚も足を進め。

 呼応するように半裸坊主も組んでいた座禅を解いてユラリと立ち上がる。

 素人の私から見ても分かるほど、その輪郭から恐ろしい気勢が放たれていた。


「私の部下が粗相をしてしまったようで、ごめんなさいね」


 お姉様が微笑み冷涼な音色を手向ける。


「謝る必要は無い。なぜならお前も含めて皆殺しされるのだから」


 坊主頭がドスの利いた声で答える。


 ゴゴゴゴゴゴゴゴ……。


 地響きにも似た圧迫感を耳に感じながら私たちは固唾を飲むばかり。


「随分と威勢が良いけれど、あなた片手で戦えるの?」


 お姉様が告げる。

 誰も彼もが疑問を覚えたが、けれどいつの間にかお姉様の手が何やら塊を提げていると気付いたときにはもう半裸男の腕が消失し、思い出したように血をボタボタと滴らせている光景があった。


「き、貴様! 今何をした!?」


 恐怖に駆られたように坊主男が叫ぶ。

 手に捕まえていた手合いの腕を地面に落として、お姉様が声にする。


「私が何をしたのかなんて、私たちを皆殺しすると仰った貴方であれば言わなくても分かるでしょうよ」


 お姉様がどんな顔をしているのか、その鋼色の艶髪が風に靡く様を眺めるだけの私には分からない。

 けれどお姉様と対峙する男の顔に恐怖の色がありあり窺えた事から、そうではないのだと察する事が出来た。


「ば、化け物めえぇぇ!!」


 坊主頭が叫んでお姉様めがけて突進する。

 しかし彼の残された腕が届くより先に、足を滑らせて地面に転がった。

 半裸男の足の片方、膝から下が消失していた。


「あらあら、貴方があまりにノロマなもので、つい手が滑ってしまいましたわ。ごめんあそばせ」


 お姉様は新たに掴み上げていた男の足を無造作に投げ捨てる。

 地ベタを這いつくばる坊主男は「ヒイィィ!」と恐怖に染まる音色で鳴いた。


「ああ、なるほど“豚の鳴き声のような悲鳴”というのは、こういうものなのね。勉強になったわ」


 クスクスと笑うお姉様。

 その立ち姿はまさしく“蒼紅あおあか”に登場する悪役令嬢である。

 そこに痺れる憧れるぅ!!

 と、思わず感動する私だったり。


「さて、次はどの部位を切り取られたいの? リクエストがあれば応えますよ?」


「た、たのむ! 助けてくれ! 何でもする! 俺は命令されてきただけなんだ! な? あんた女神様なんだろ? だったら慈悲の一つも掛けてくれよ!!」


 坊主頭の態度が急変した。

 さっきまでの強者然とした立ち居振る舞いは何だったのか。

 ちょっと白けたような溜息を吐いて、お姉様はヤレヤレと首を振ると踵を返した。


 この瞬間に見えたお姉様の顔は愉悦に嗤っていた。

 あ、これ許してあげる気なんてこれっぽっちも無いわ、って理解した次の瞬間にはもう片足と片腕を失った半裸男が空中に跳躍し頭上から急襲していた。


「ぬかったなぁ!!」


「いいえ、抜かっていません」


 最初の威勢を取り戻したような怒声に、冷涼な音色が応える。

 お姉様が上体を思い切り屈ませたかと思えば真上に向けて回し蹴りを放つ。

 グシャ、と何かの潰れる音。

 真横へと吹っ飛ばされる半裸男の体躯。

 不埒な輩は地面に墜落し、それでも攻撃の構えを執ろうとして必死に藻掻いている。


「おのれ! おのれ! 神エヘイエに刃向かう莫逆の使徒め! 我ら極星十二神将は必ず貴様を葬り去る! 必ずだ! 貴様にはもう安心して眠れる夜はやってこない! イスカリオテすらもが恐れる我らの力を思い知るがいい!」


 必死の形相で何か喚いている。

 お姉様はそちらを一瞥すると、とても冷たい声を放つ。


「理解できないようだから教えてあげるけれど。あなた、もう死んでいるわよ?」


「はべ?」


 坊主頭がキョトンとした顔で黙った。

 その頭部がグニャリと歪んで、有り得ない大きさまで膨らんだかと思えば、風船を針で刺したように爆発する。

 何やら赤とかピンクっぽいものが飛散したように思われたけれど、私はそれらがどういった代物なのか敢えて考えないようにした。


「マリア、鷗外君の怪我を治してあげて」


「はい、お姉様!」


 こちらへと戻ってきたルナお姉様が私に指示を出してくれて、私は跳ねるような勢いで駆け出す。

 今に至るまで全く活躍できなかった私の唯一の見せ場なのだから、それは仕方の無い事よね。


「……というか隊長、さっきのアレは何をやったんだ? 俺の目にも全く映らなかったぞ」


 私が治癒の光を欠損した腕の付け根に当てている間、鷗外さんがお姉様に聞いた。

 するとお姉様は「ああ、アレね」と事も無げに仰る。


「時間を止めたの。これでも一応は神様だからね、これくらいの芸当はできるって話。まあ、桜心流とは関係のない力だから伝授はできないわよ?」


「おおぅ……」


 厳つい面構えのあんちゃんは肩を落とし。

 私の頭の中では「お姉さま素敵です!」なんて台詞がリピートされていた。



 ――そんなこんなでラトスに潜伏していた聖導教会の刺客たちはあらかた片付いて、私たちは撤収する事になった。

 私の都合、というか聖女のお仕事としてお祈りとか色々あるのだけど、お姉様も女神様ご本人なのだからと無理を言って神殿まで引っ張っていったところ、日中に立ち寄った時とは比べものにならない程の信者さんたちで溢れかえっていて。

 私たちはそんな女神教のご神体&大聖女として一同から崇められてしまうのだった。


「迂闊に祝福なんて掛けるものじゃないわね」


 とは、一時間以上拘束されて夕飯があるからと神殿を抜け出した際に漏らしたお姉様の愚痴である。



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