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009:ルナの行脚⑧ 異教徒狩りⅡ(説明回)


「――ねえ、お姉様。折角なので聞いておきたいんですけど」


「どうしたの?」


 聖導教会から送られてきた刺客を誘い受け形式で駆除しつつのご町内行脚。

 道行く中で私は斜め前を歩いているお姉様に声を掛ける。


「はい、あの、地獄とか天国とかって、本当にあるんですか?」


 さっき刺客であろう男性が襲い掛かってきたとき「お前の行き先は地獄だ」なんて本職の女神様たるお姉様がその口で曰った言葉なのでちょっと疑問に思ったのだ。

 質問を受けて鋼色の長髪を揺らす彼女は少しだけ沈黙した後にこう述べた。


「地獄も天国も人間が勝手に作った設定よ。だから天国とか地獄といった場所(・・)は存在しないわね」


「引っ掛かる言い方ですね」


「ええ。場所はないけれど、それこそ地獄のような苦しみを人によっては受ける事があるってこと。

 これは世間一般ではあんまり知られてない話だけど、魂というのは転生を繰り返す。言い方を変えれば循環することで意味を成す一つの機構システムだって事は分かる? ……ああ、マリアは分かるのよね」


「ええ」


 私には前世の記憶があって、現代日本で死んでからこの世界で生まれた。

 つまり死んだ魂が転生するって事を身をもって思い知っている。

 お姉様は「ふふっ」と含み笑んで、口を開く。


「人は生まれた時点では無垢なの。それから生きていく中で様々な出来事に遭遇して、様々な思いを魂に刻みつけて死ぬ。死に方は病死であったり戦死であったり、天寿を全うしたりと様々だけど、いずれにしたって死んだ魂が無垢のままであることなんて有り得ない。

 じゃあどうして生まれ変わった時点で無垢なのかと言えば、肉体という器を失った魂が輪廻の輪へと還るその前に、生前の記憶や思いを削り落とされて再利用できるようさらな状態へと戻されるから。

 生前の記憶や人格を次の生に持ち越しているなんてのは、誰かが意図的に操作しない限りはシステム側の失敗エラーなの」


 ふむふむ、と相づちを打つ。

 どうやら私はエラー人間だったらしいです。

 生まれてきてごめんなさい。なんてフレーズが頭を過ぎった。


「で、普通は魂に刻み込まれた余計な物、つまり“穢れ”は取り払われるのだけれど、ここには生前の記憶だけじゃない、それまで魂が背負ってきた因縁、因果、宿業といった目に見えない繋がりも削り落とされるわけだけど、悪行を重ねた人間の魂はどうしたって内側の深い部分までごうが染みついている。

 これが取り払われる時に体を引き裂かれるような苦痛を味わう羽目になる。そりゃあ当然よね。魂の奥底にある物を無理矢理に引き剥がすわけだから。場合によっては魂が裂けてしまうなんて事もある。それはもう地獄のような苦しみでしょうよ」


 お姉様は丸っきり他人事といった顔でカラカラと笑った。


「あ、念のために言っておくと、マリア、貴女もたぶん相応の苦痛を味わう事になると思うから覚悟はしておきなさいね?」


「え、それってどういう……」


 ドキリとして尋ねる。


「だって貴女あなた、“プロビデンスの眼”を、“女神わたし”に対して使用したでしょ? あれで貴女の背負っている業が山盛りに増えてる筈よ」


「あ、あの、そこのところを詳しく!」


 反射的に大声が出てしまった。

 前を歩くアリサ様と鷗外さんが何事かと顧みるけどそんなの構っていられない。

 私自身、薄々ながら「ヤバいことしちゃったんじゃ?」と思える節があって。

 お姉様は「そんな深刻な顔をしなきゃいけないほどの事でもないけれど」と前置きしてから答えた。


「今だから分かるけれど、例のアイテムは対象を復活させるための道具ではないの。怪我を治療したり蘇生させたり、欠損した部位を復元したりといった意味合いの物ではない。

 “対象とした存在を地上に縛り付ける”ためのもの。

 どういう事かと言えば、例えばアイテムを死亡した人間に使用した場合、確かにその人物は復活を果たす。

 けれど、これ以降、寿命であってもそれ以外でも、死んでも魂は地上から離れられず彷徨い続ける事になる。

 つまり輪廻の輪に戻る事そのものが出来なくなってしまうといった話なの。

 なので当然だけど輪廻転生する事もなければ、その前に行われるはずの魂の洗浄もされない。

 どこぞの暇人か物好きが蘇生魔法でも使用しない限り、永久に世界の何処かを漂うだけの存在になってしまうってワケ」


 事も無げに仰るお姉様。

 顔から血の気が引いていくのを感じた。

 私はなんて事を……。


「ああ、誤解しないで欲しいのだけれど、掛けられている呪法に関して、私はいつでも好きなときに解除することが出来るわ。

 だってこう見えて一応は神様だからね。

 一年前のあの時、私は自ら呼び込み我が身に注ぎ込んだ聖神力エーテルで肉体が分解され再構築されていた。

 そして、いわゆる神という存在へと切り替わった私は輪廻の輪からも外れて、本来ならこことは違う場所で永遠を過ごす事になっていたの。

 けれどアイテムが使用されたことで私はこの世界に縛り付けられ、最適化されて間もない肉体が環境に合わせて更に変質した。

 難しい事を言うと幽体だったものが強引に受肉させられて半人半神みたいな存在になっちゃった。みたいな?」


 肩を竦めてお姉様が微笑む。

 私はホッと胸を撫で下ろす。

 でも、彼女の話はここで終わらなかった。


「……問題は私じゃなくて貴女あなたの方。

 貴女は“わたし”に対して“呪い”を掛けた。

 良い悪いに限らず何らかの思いを込めて呪術を行うことを“呪う”という。

 人を呪わば穴二つというけれど、神を呪えば穴は一つしかない。

 なぜなら神に対して呪術を行使することは“神殺し”に次ぐ悪行と見做されるのだから」


 ゴクリと唾を飲む音がしたけれど、それは私の喉から鳴ったものだろうか?

 お姉様は一瞬だけ同情するような目を向けて、再び可憐な唇を開く。


「つまり、貴女は聖女でありながら大罪を犯した極悪人でもあるということ。

 まあ、私自身は何とも思ってないけれど、貴女が死んだ時に受ける苦痛はそんじょそこらの咎人の比じゃないだろうとは思うわよ」


「……それって回避する方法とかあります?」


 参考までに。と、自分でも分かるくらいには悲壮感漂わせる顔で聞いていた。

 お姉様はコクリと頷く。


「貴女が死後、地獄のような苦痛にもがき苦しまないための方法は三つ。

 一つは私が貴女の素体情報を魂のレベルで書き換えて全くの別人へと変えてしまうこと。

 因果やごうは魂に刻まれるものだから基本情報を分解し再構築してしまえば初期化されて無かった事になる。

 ただし、その代償として貴女は聖女である事を失うし、つまり今持っている人格や能力も丸っきり違った物になってしまうと思って欲しい」


 指一本を立てたお姉様の手で二本目の指が立つ。


「次に私の、というか神の眷属となること。

 この場合も聖女としての能力は失われるけれど、神に近い存在という意味では大司教なんかよりもずっと上の位になる。

 とは言えこれは別人どころか人間でさえ無くなってしまうから、人間関係諸々、大切にしている全てを引き換えにすることになる」


 これってもしかして“詰んでる”ってこと?

 実感が無くても頭では理解しているようで、そんな結論を浮かび上がらせる。

 とは言っても、お姉様の眷属としてずっと傍に居られるっていうのなら、それはそれで良いのかな、とか思ってみたり。


「……と、まあ。この二つというのは要するにマリア・テンプルという人間を別の何者かへと変化させる事で死後に訪れる苦しみを回避しようといった話なの。

 もしも貴女が何も失わず、人間のままで天寿を全うしたいと願うなら、三つめの方法しかない。

 それは、“他の誰かに背負っているごうをそっくりそのまま渡してしまう”という遣り方」


 え、それって、他の人を犠牲にするってこと?

 そんな酷い事……。

 拒絶の色を漏らそうとした私の口を立てた指で塞ぐお姉様。


「今から言う事をよく聞きなさい。

 誰でも良いというワケじゃあない。“プロビデンスの眼”というアイテムに何らかの形で関わっている人物でなくては因果を繋げられない。

 かといってアイテムを配置したであろう“幻燐の魔女”は一年前に私が魂を書き換えてしまったから既に繋がりが無い。

 けれど、幻燐の魔女に呪物アイテムを配置するよう命じた人間が他に居るかも知れない。


 ――考えてもみなさい。

 幻燐の魔女は預言書(乙女ゲーム)に登場しており、けれど実際の彼女は預言書に記載されたシナリオ以上の事を行っているわ。


 つまり、今では大衆浴場になっているけれど、廃教会に出現した魔王幹部や眷属というのは、そのまま物語が始まった場合、辻褄の合わない出来事(イレギュラー)になるって事。

 そこから考えると、極めて高い確率で彼女に余計な知恵を吹き込んだ人物が別に存在しているって話になる。

 貴女の手に“プロビデンスの眼”が渡るよう仕向けた人物。

 同時にそいつはわたしに間接的な攻撃を仕掛けてもいる。


 ――マリア。あなたがもしも人の身で天寿を全うし、かつ苦痛を回避したいと考えるなら、私たち(・・・)を嵌めた人物を探し出しなさい。

 全てはあなた次第。

 出来なければ最初に言った二つの方法からどちらかを選べば良いわ」


 ああ、そうかと理解した。

 唐突に目の前に光明が差すのを感じた。


 お姉様が私に求めているのは知恵働き。

 私にどこぞの名探偵みたく犯人を捜し出せと、そう仰っているのだ。


 うん。なんか燃えてきた。

 私が背負うことになった罪の因子。

 だったらそうなるよう仕向けた真犯人を暴き出し、丸っとどころか倍返ししなきゃ気が収まらない。


「はい、任せて下さいお姉様!」


 私は勢い込んで答えていた。

 もしもお姉様の言うように犯人Xが存在するというのなら、その人は必ず魔法学園に潜り込んでくる。

 なぜって、そう考えないと一年前のあの時点でお姉様を退場させなかった(・・・・・・・・)理由が説明つかないから。


 犯人Xはお姉様、というか侯爵令嬢ルナ・ベル・ディザークが、そしてこの私マリア・テンプルが魔法学園に入学、乙女ゲームと同じ環境下でシナリオが始まる事を望んでいる。

 この前提で考えれば去年起きた“ラプラス戦役”にも納得できる説明ができてしまうのだ。


「あ、けどダメだったらお姉様の眷属になる方向でお願いします」


 胸の奥ではヤル気の炎がメラメラ燃え盛っていても、念のためにと失敗した場合の処置をお願いしておくチキンハートな私だった。



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