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006:ルナの行脚⑤ 女神教神殿Ⅱ


 テッパチさんに半ば無理矢理連れ込まれる格好で赴いたのは、神殿の奥にある応接室……ではなく、地下だった。

 あれ、そう言えば私も地下階段を降りたことは無かったわね、などと興味津々。

 過去に聞いた話だとサラエラ様の指導の下、軍事的な意味合いを含む部屋が設置されているとの事だったけれど詳しいところまでは聞いていなかった。

 だって、領主代理の立場であるサラエラ様と、ここに更にエリザ王妃様が絡んでいるともなると貧民街での炊き出しや怪我人の治療といったいわゆる現場仕事をメインとしている聖女わたしには殆ど関係のない事だったし、ぶっちゃけ下手に覗き込んで厄介事に巻き込まれたくなかったのです。

 触らぬ神に祟り無しとはこの世界であっても通用する至言なのである。


「え……いやいやいや……これって……」


 けれど実際に踏み入った神殿地下階層で私の口から出たのは、混乱に満ちた言葉だった。


『ヘッドクォーターよりフォックス01へ、B-3区画にて強盗事件発生、至急、急行せよ』

『こちらヘッドクォーター、アルファ3の報告を受理した。帰投せよ』

『司令より総員に通達、本日フェアリー01の復帰あり。緊急シフトに移行する』


 部屋は縦横天井ともに10メートルといった広さで大学の教室みたく段々に長机が設置されていた。

 部屋の奥の壁には大きなモニタが設置され、その両脇に少し小さめのモニタが角度を付けてくっついている。

 そこに映し出されているのはラトスの町をマッピングしたような図形。

 また机にはオペレーターの女性達がオフィスレディ的な女子制服に身を包みそれぞれの前に置かれたどう見てもノートPCでしょっていう四角い板(魔導具)と正面大モニタを見比べつつヘッドセットから送られてくる音声に応答していた。


 どう考えても剣と魔法の素敵なファンタジー世界には似つかわしくない作戦司令室オペレーションルームです、本当にありがとうございます。


「驚かれましたか?」


 猿顔に法衣姿といった様相のテッパチさんが悪戯を成功させた悪ガキみたいなキラッキラッな目で私たちを顧みる。

 お姉様はといえばそんな教主さんに「ああ、なるほど」と理解の色を示していた。


「つまり過去の魔物の襲来で行った通信魔導具による即時の情報伝達を国家規模で行うと、そう言うことね」


「左様です。この案件にはサラエラ様だけでなく国王様夫妻、それからウェルザーク公爵様らが出資なさっておいでです」


「なるほど、教団を隠れ蓑にした軍事態勢の抜本的改革。考えましたね。……他に関係している貴族の方々には誰がいらっしゃるのかしら?」


「シューデル公爵様(魔法省の長)、ハイマール侯爵様(宰相)、ブラウニー侯爵様(キルギス提督)、それからシラヴァスク子爵様、といったところです。あと魔導具等、諸々の備品に関してはラブルス商会にて」


「なるほど。……国の重鎮がこぞって出資したと。ということは、国王様としては将来的に聖導教会を国から叩き出す方向に舵を切っているということですわね」


「ご明察恐れ入ります」


「えっと……?」


 テッパチさんの何やら悪巧みするような顔とお姉様の狡猾な笑みが鉢合わせしている。

 ワケの分からない私がお姉様に視線を向けていると、鋼色の艶髪を指で掻き上げ彼女は言った。


「ええと、つまりね。女神教というのは、大まかに言えば女神アリステアを信仰する宗教団体って説明でも間違いでは無いのだけど、実のところ王家をはじめとした貴族連中はこれに別の意味合いを持たせているって事なの。

 つまり、国内で権威として存在すべき団体として聖導教会は認められないってこと。

 王様としては、ゆくゆくは正式に女神教を国教にする考えなのでしょうけれど、テッパチさんが興した教団に出資して、同時に他国から分からないように既存の軍隊の在り方を大きく変えた新しい兵組織の編成。つまり情報の遣り取りを早馬や伝書鳩に頼らない魔導具による即時伝達で行う軍隊の新設。そのモデルケースとしてラトスに本部を置き、まずは治安維持でどれだけ効果が期待できるかデータを取っている、といったところかしらね」


 聖導教会と言えば大陸じゅうで信仰されている神エヘイエを祀っている宗教団体で、かく言う我が家も週に一回は近所の礼拝堂に行くし食事の前にはお祈りをしている。

 けれどお姉様は言うのだ。

 信仰と宗教は全くの別物で、個人が神に祈ることは素晴らしい行いだが、宗教団体は信者を奴隷化し搾取するだけの詐欺組織に過ぎないと。

 だからまずはアルフィリア王国の内側から聖導教会を駆逐する。

 その為の尖兵としての意味合いが女神教にはあるのだと説明された。


「で、でもお姉様的にはどうなんですか? 自分を崇めてる人達が他を追い出すための兵隊になるっていうのは」


 大凡ながら理解した私が問うものの、お姉様はごくあっけらかんと述べるばかり。


「全然構わないし、むしろ大いにやっちゃうべきじゃないかしら」と。


「マリア、それから他の人達にしてもそうだけど、この際だからハッキリと明言しておくわね。

 そもそも神と呼ばれるものに意思なんてないの。宇宙に遍く流れるエネルギー、聖神力エーテルこそが神そのものです。

 そして私、というか女神アリステアというのは、厳密に言えば神ではなく、身に余る聖神力エーテルを我が身に呼び込んだせいで魂と肉体が分解され再構築されてしまった人間の成れの果て。

 これまでに存在していたであろう多神教の神々にしたって、大体はこれになる。

 そして、少なくとも私がアクセスした空間情報体アカシックレコードにエヘイエとかいう存在は記録されていない。

 つまり教会が崇めているエヘイエというのは無数の周波数によって構成されている聖神力エーテルを全部ひっくるめてその様に呼び習わしているに過ぎず、そういう名前の神様が存在してるわけじゃないってこと。

 分かりやすく言えば、どれだけ一生懸命に拝んだところで意味は無いって話なの。

 聖神力そのものに意思は無いからね。記憶する性質はあってもただそれだけのエネルギーなのだからコントロールするのは常に人間の側。

 まあ、何事にも例外はあって、私の知る限り天之御中主神って呼ばれる神に関してだけはこの裏側にサムハラって呼ばれる神々の集合体が憑いているせいで祈ることに意味が生まれちゃうのだけれど、……今は失われた宗教の概念なんて今はどうでもいい話よね。

 話を戻すと、聖導教会を国内から追放しようとすれば必ず武力蜂起は起きる。

 何万、もしくは何十万とかいう狂信者達が手に武器を持って攻め入ってくるの。

 当然よね。教団は教徒を奴隷として搾取し続けていて、その利権を手放すなんて考えられないのだから。

 そして教会の信者たちが殺戮者集団と化したとき、押し寄せるのは間違い無くこのラトスになるでしょう。

 だってここは女神教の総本山なのだから。

 王家の権威なんて信者達にしてみれば二の次三の次。まずは対立宗派である女神教を叩き潰そうと考えるのは誰にでも思いつくこと。

 だから神殿の地下にこういった施設を設置している。

 王国を担う重鎮達が雁首並べてお金を出したという事は、そういった諸々もを意味しているって話になる。

 ……そうではなくて?」


 お姉様がニッコリ問い掛ければテッパチさんは大きな溜息を吐いた。


「やはり女神様には全てがお見通しというワケですか。……私個人と致しましては神の真実についてお聞きしたいことが山ほどありますが、それは後日、時間を作ってゆっくりお聞かせ頂くとしましょう」


「ええ、そうしてちょうだい」


 話の内容から言って、きっと他の人達には聞かせられない話になると思う。

 だから、なのだろう。

 お二方は言葉を切ってもう一度作戦司令室(オペレーションルーム)然としたフロア内を一巡見渡した。

 なお、お姉様の言葉にウットリとした顔で聞き入っていたアリサ様は、話の中身までは全く理解していない様子だった。



 神殿地下から再び地上階へ。

 そこで出くわしたのはベンガジさんとリベアさんのご夫婦です。

 ベンガジさんはお姉様の姿を見るなりハッと何かに気付いた様子で傅く姿勢を執り、リベアさんも倣って平伏した。


「偉大なる女神様。あの時、お救い頂いたこと、今も感謝の念に絶えません」


「ああ、気にしなくていいわ。神が奇跡を起こすのは当たり前の事でしょう? あなたは偶々(たまたま)起きた奇跡の真ん中に居た。運が良かった。ただそれだけの話です」


 グッと感涙に咽ぶのを耐えるベンガジさんにお姉様は手をヒラヒラと振って応える。

 お姉様の愛は無限。

 私の心もギュッと鷲掴みされたまんま。

 一生ついていきます、お姉様♡


「テッパチさんは結婚とかはしないの?」


「ええ、まあ、相手が見つかりませんので……」


 不意に話を振られた教主様がどうにもバツの悪そうな顔で答える。


「念のために言っておくと、男を顔で判断する女は三流。財力で判断する女は二流。一流は自分に好かれるためにどれだけの努力を積み重ねているかを見るものなの。女は基本としてチヤホヤされたい生き物ですからね。ですので精進なさい。そうすればいずれ一流の女が貴方の伴侶になってくれますよ」


「はい、心に刻みます」


 ルナお姉様13歳ですよね?

 なんでそんなこと知ってるのかと聞きたくなってくる。

 あ、でも本職の女神様なのだし、世の中の全てを知っていても全然おかしくはないのか。なんて思いつつ端正な横顔を眺める。


 やっぱり可愛いなぁ……。

 と、そこまで思ってハッとする。

 どうやら私は女としては三流であるらしい。


 ほんのり涙目になっている猿顔教主(テッパチさん)を置いてけぼりにするようにしてお姉様は「次は町に行きましょう」と告げた。


 ああ、そう言えばもう一人お姉様に会わせたい人がいたっけと思い出したけれど既にお姉様の視線が町に向けられていると感じ取っていた私は、次の機会で良いかと忘却の彼方へと追いやっていた。



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