005:ルナの行脚④ 女神教神殿Ⅰ
それぞれの衣装を言えば、ルナお姉様は白を基調としながらもブレザーやスカートの裾に青地を入れる事で全体像が締まって見える、ふんわりとした表現をすれば学校制服と呼ばわるにしては仮装色の強い出で立ちで、長い艶髪を赤い布で結っているところから左右を固めている私とアリサ様を意識しているようにも見える。
っていうか、めっちゃ可愛いです! このままお持ち帰りしたいですお姉様!
また、アリサ様は赤を意識した装いで、ドレスよりはチュニックに近い感じのトップスと黒いパンツ、あと腰に艶のある黒いベルトを巻いて全体像を引き締めている。
のだけれども、どう考えても中世ヨーロッパ風の衣装としては異端というか斬新なスタイルになっている。
現代日本なら都心部に行けば幾らでも見つけられる格好というか。
まさかアリサ様って異世界の転せい……いやいや、何でも安直に結びつけるのはいけない。
きっと服屋で動きやすい服装を探したらこうなったとか、そういった話なのだろう。
それで私はやっぱり青を基調とした服装。
聖女っぽさを演出する白い金縁法衣と、その肩口に羽織った真っ青なマントが華奢なボディラインを覆い隠しているとかいう服装。
だって、今から神殿に行くって時にラフな格好してたら威厳が無いというか。
私個人が白い目で見られたり小馬鹿にされたりするぶんには全然何とも思わないのだけれど、お姉様の事まで悪く言われた日にゃあ理性を保っていられる自信が無いのです。
きっとお姉様を指してダサい子とか囁き声であっても聞こえた瞬間に青筋立てて「キレちまったよ、屋上行くぞゴルァ!」とか昔のヤンキーみたいに言っちゃうんだろうな、なんて。
あともう一人はシェーラさん。
ディザーク家に養子として迎え入れられた彼女は名実共にお姉様の妹様である。
私とアリサ様は彼女と顔を合わせる機会が少ないのでよく分からないのだけれども、全身黒一色のドレスというのは如何なものかと思います。
一見したらお葬式の帰りですかとツッコミ入れたくなっちゃうその立ち姿。
しかも常にお姉様の真後ろ、三歩下がって影踏まずといった位置に居て、どちらかと言えば舞台演劇の黒子さんじゃあるまいかと疑ってしまいそうになる。
というか彼女は侯爵家に来たときには既に多数の忍者たちを従えていたわけですが、つまり影の軍団的なそういう人なのかと訝ってしまう。
なお、そんなシェーラさんは氣術の使い手で空を飛ぶことは勿論のこと空中戦だって難なくこなせる超人だったりする。
はい、この中で一番ダメな子は私なのです。
だからといって捨てないで下さいお姉様と祈るばかり。
……そんな女の子達と一緒に歩いていて思ったのは、あと一人、金髪かお色気担当でピンク髪の子が仲間になったら完璧なんだけどな。
採石場で五人揃ってポーズをキメて、後ろで爆発がドッカーンって……。
うん、ごめん。きっと誰も理解できないよね。私みたいな転生者でも分かるかどうかは五分五分なのに。
特撮大好きなのです。それ以上は恥ずかしいので言わせないで。
◆ ◆ ◆
半壊したまんまのお屋敷を飛び出した私たちは、そこからはもう徒歩で歩くなんて野暮なことはしない。
皆してお空を飛んでラトスの町までひとっ飛びってな感じです。
お姉様の護衛として付いてくれたのはやっぱり鷗外さん。
如何にも悪役ってなお顔とは裏腹にめっちゃ気の良いあんちゃんです。
彼は終始微笑ましげな目を私たちに向けていて、護衛役というよりは保護者ってな感じになっちゃってる。
私としてもついお兄ちゃんとか呼んじゃいそうな雰囲気だった。
「――さ、ここが女神教の神殿です!」
なんちゃって聖女の出で立ちで私がドヤ顔で物申せば、お姉様は「へぇ」と感嘆の言葉を口ずさむばかり。
造形は、地球で言うならドイツのヴァルハラ神殿っぽい佇まいになっていて、入り口手前に伸びている石階段が、徒歩で通うお爺ちゃんお婆ちゃんにはちょっとキツいかな、とは思うけれど、まあ、剣と魔法のファンタジー世界で実際に生きている人達はお年寄りでも足腰は尋常じゃないくらいに強いので問題は無いかと思われ。
勿論私は、何かの催し事でもない限りは階段の頂上にある踊り場に着地しているので足腰の鍛錬にはなっていないです。
お姉様の耳に入ったら「ズボラをしない! 人生是修行なり!」とお叱りを受けてしまうことほぼ確実なので余計な事は言わないけれど。
バァァン! とそびえ立つ神殿を前にドヤ顔でラトスの新たな観光名所も兼ねる女神教神殿を紹介するとお姉様は何とも言えない顔になった。
「こんな所にお金使ってる余裕があるならもっと他に良い使い道があったでしょうに」
はい、全くその通りです。
その通りではあるのだけれどもラトスの人々が頑と言い張って譲らなかったのだから仕方ない。
「いいえお姉様。神殿の建設は町の総意だったんです。私だって最初、聖女として所属して欲しいって言われたときには同じ事を思ったのですけど、実際問題として、町の人達が後追い自殺しちゃいそうな勢いだったから折れざるを得なかったということがありまして……」
「町の人達って、そんな情熱的だったのね……」
ちょいとドン引きしたお姉様に、私は縋り付くように腕を取って神殿の中へと連れ込もうとする。
周囲には信者の方が数名行き来していたけれど、そんな私たちの様子を目の当たりにして何を思ったか膝を付いて平伏し拝み始めていて。
私としては動物園の客寄せパンダよろしくといった対応に居心地の悪さを感じて可能な限りの最速で神殿を脱出しようと心に誓っていた。
「お、聖女マリア、今日は早いお着きですな。……と、そちらの方は……」
神殿は作りを言えば凝った装飾が無くてスッキリしていた。
壁面は白く、薄暗いはずの天井だって光を取り込む構造になっているために明瞭で、そのせいなのか随分と高くに感じる。
神殿最奥には一段高くなった敷居と、この上に置かれた燭台、壁際にてそびえ立っているのは6対13枚の翼を持つ少女の像で、石膏で作られているせいで色までは分からないが、そのモデルとなっている娘さんの髪色は鋼の如き色合いなんだろうな、などと他人事のように思ってしまう私である。
整然と並べ立てられた長椅子の向こう、赤い絨毯が形作る道の奥に法衣を身に付けた神殿長かつ女神教の教主であるテッパチさんが佇み私たちに笑顔を手向けたが、私が腕を絡めているお姉様の姿を見るなり驚愕からワナワナと震えだし、そして表で信者さん達と同様に平伏し仰ぎ見る格好となった。
「我らが女神! いと尊き慈愛の女神アリステア! 遂にお目覚めになられたのですね!!」
石床に頭を打ち付けそうな勢いで傅くテッパチさん。
私は事情が飲み込めていないお姉様に耳打ちした。
「冒険者だった頃にお姉様に命を救われて、それでお姉様を崇拝するようになったそうです」
「……あ、ああ!」
面を上げたテッパチさんと数秒ほど見つめ合ったお姉様は、私の言葉を聞いてピンときたのか理解の声を出した。
「あの時の冒険者くん。……そう、人の運命というのは本当に分からないものですね」
お姉様はしみじみと呟いて、おっとりとして天上の調べかと思われる程に美しい声で告げた。
「テッパチよ。でしたら一つ注意しておきます。今ここに在る私は依り代であり、ゆえに崇拝すべき対象としてはいけません。私はディザーク侯爵家の娘ルナです。それ以上でも、それ以下でもないと心に留め置きなさい」
「御意っ!!」
口調から察するに、きっとお姉様としてもちょっとは女神を意識しているのだろう。
幼子を諭すような物言いでやんわりと窘める。
テッパチさんは絶対君主の命に従う従者の様に気合いの籠もった返事をした。
というか、日本の戦国武将の家臣みたいな物腰だけど、今の今までそんな態度執った事ないよね?
聞いた話だと冒険者の頃の職業は盗賊で、為政者側というよりはむしろ反社会的組織の側だったよね?
なに? 実はそういうのに憧れてたヒト?
私はつい胡散臭げな目をテッパチ氏に送ってみたり。
「聖女殿、殿中にござる」
そんな私の視線に気付いてもどこ吹く風。
三十路過ぎのおっさん教主様はしたり顔で謳う。
なんだか無性に腹が立った。
「あ、そういえばベンガジさんは?」
「彼なら奥の炊事場です。リベアも一緒ですよ」
ふと思いついて尋ねたところ、こう返される。
ベンガジさんはテッパチさんが冒険者だった頃の仲間で職業は剣士。
リベアさんはその奥さんで、二人の子供を育てている職業魔法使いの女性。
二人はテッパチさんが女神教を興すってなった時に一番最初に信徒となっていて、創設から一年で十数万人を突破しちゃった女神教団では幹部に数えられている。
……というか、二人はめっちゃ良い人なんだけど、あんまり会いたくないんだよね。
なぜって、二人は愛し合っているから。
女神教の教えは“愛せよ”がまず最初にくる。
そして愛の形ってのは人によっては様々ではあるのだけれども、夫婦間での愛を表現すれば必然的に性的な、目を覆いたくなるまでの痴態へと突っ走りがちで。
つまり何が言いたいのかと言えば、二人も子供が居る三十路の男女が人目も憚らずにイチャイチャするのは如何なものなのか、といった話です。
私はそっと目を伏せると「それじゃあテッパチさん、私たちはこの辺で」と踵を返そうとする。
だって神殿で紹介の必要を感じるのはテッパチさんだけだし。
それなのに法衣姿で傅いていた猿顔の中年男性は慌てたように立ち上がると私たちの背後へと素早く回り込んだ。
「まあ、そう言わずに。女神様……失礼、ルナ侯爵令嬢様と面会したいと望む者も多いのです。ほんの少しだけで構いませんのでお時間を頂きたく」
と言って私たちを堂内の脇にある別室へと追いやっていく。
そういえば日本でもカルト宗教の勧誘員も標的を強引に別室に連れ込んで仲間で取り囲んで、半ば無理矢理に引き込むよね。と。
やっぱり宗教の教主という職業はテッパチさんに合ってるよ、などと思いながらもニコニコしているお姉様たちと共に奥の部屋へと誘われてしまう私たちだった。