あなたに必要なのは素晴らしきドレスデザイナー
ヴェリカは怒っていた。
その理由は、レティシアがヴェリカの為に用意したお茶に、小間使い達が汚水を入れて台無していたからである。
レティシアはヴェリカが怒っている理由が、自分が汚水紅茶を飲まされたことでなく、レティシアを貶めようとした行為だからということで、感動はしているが悲しさも感じていた。
小間使いも監督できない自分が情けなさすぎると。
「あなた方が笑ってしまった理由を言えなかったのは、ご自分の中に悪意があったとご存じだからです。大事なレティシアの美しさを一つも引きだせなかったのは、悪意があるからですね。私はそんな悪意のある方々に親友が囲まれている状況など我慢ができません。下がって、これをもって職を辞しなさい」
「そんな。全部言いがかりです!!」
「そうです。私達はお嬢様を美しく飾ることに一生懸命でしたわ。今の流行とお嬢様がそぐわないのは、それは、私達の責任ではございませんわ!!」
「今の流行に合わない。それを知っていながら工夫も何もしなかった、と。レイラ様。こんな無能な小間使いは必要かしら?」
「え、でも。そうしたら明日からこの子の小間使いは?」
「私にお任せ下さいな」
レティシアとレイラは新たな声にビクッと震え、同じ動作で居間の戸口へ振り返った。そこには地味な外出ドレスを纏った二十代ぐらいの女性が、彼女の付き人らしき幼さの残る若い女性と立っている。
それだけではない。
成人男性が二人ぐらい立ったまま入れる縦型の、異様に大きな車輪付きのトランクまで彼女の後ろに控えているのだ。
ドラゴネシアの非常識に慣れているレティシアとレイラであれど、一体何事なのかと脅えるばかりだ。
そもそも使用人や一般人は、自分から貴族に向かって話しかけてはいけない。
しかし、そんなルールなど間違っていると思わせるほどに、戸口の女性には貴族女性には見受けられない強い存在感が満ち溢れている。
赤味の強い茶色の髪が燃え立つようだからではない。
彼女の顔が繊細というよりも大作りであるからでもない。彼女が美しい事には変わりない。
彼女にはレティシアが持ちえない、自信、というもので輝いているのだ。
その女性はレティシアにむけて微笑んだ。
女性の顔立ちを際立たせるサファイヤのような青い瞳は、絶対に頭を下げないドラゴネシア一族の男達みたいにまっすぐだと、レティシアは思った。
「レティシア様。レイラ様。私の最高のドレスメーカーのセシリア・ワーグナーを紹介いたします。私の本日のこの白いドレスと、昨夜の青いドレスは彼女のデザインですのよ。セシリアのお店は三か月先に開店を目指しています。ですがそれまで身を寄せる場所がありませんの。そこで、こちらに住まわせていただけないかなって。もちろんただとは申しません。彼女にレティシア様のプロデュースをさせていただけたらと思いますの」
「ヴェリカ様?」
「レティシア様は自分の美しさを知るべきだわ。そして、誰も知らなかった美しき花を咲き誇らせたとなれば、セシリアの店の良き宣伝となるでしょう」
「私が、美しく?」
「ええ。あなたは誰よりも美しい。私はあなたの外見になりたいわ。蜂蜜色の髪に見事なエメラルドグリーンの瞳。そして女神像そのものの均整が取れた肢体。どうしてあなたが自分を素晴らしくないとお考えなのか、それこそあなたを問い詰めたいぐらいよ」
「でも。いいえ。どうしてあなたのお付きになさらないの?」
ヴェリカはそこでくしゃっと顔を綻ばせた。
年相応どころか、天真爛漫にも見える笑顔に、レティシアは少々怖くなった。
もしかして、時間とお金をかけても結局美人になれなかったと、私を笑うための意地悪を?と。
「だって私は今日から新婚さんよ。朝から晩までダーレンと一緒にいたいもの。絶対に彼と一緒に辺境に帰るわ。でもそうしちゃったら、お店の準備に忙しいセシリアに作業する場所や寝泊まりする場所を提供できませんわ。ですからセシリアのお店が開店するまで、お願い」
両手を合わせてお願いしてきた美女に対し、レティシアもレイラも駄目とは言えず、セシリアと彼女が連れて来た付き人を受け入れると約束するしかなかった。
「レティシアお嬢様。ぶしつけで申し訳ありませんが、後程お嬢様のワードローブを確認させて頂いてもよろしくて?私の腕に信用が無ければ、今すぐにでもあなたを変身させていただく事も可能でございますが」
発言を許可されてもいないのに申し出てきた上に、セシリアは居間の真ん中に従者とトランクと一緒に入って来た。そして許可も得ずにトランクを従者に開けさせた。
だがしかし、レイラもレティシアもセシリアを止めることなど出来なかった。
大きなトランクから引き出され、セシリアが翳した若草色のドレスに、レティシアもレイラも言葉を失うぐらいに心を奪われたのである。
それは今の流行では無い、夜会用どころか単なる日常用の室内ドレスである。
だが、この先の流行になるはずと思わせる、自宅でくつろぐ自分を外に出したくなるぐらいに美しく見せるだろうと想像できるドレスだったのである。
レティシアは今朝小間使いに着せられたドレスを脱ぎ棄て、今すぐにセシリアが見せつけるドレスに袖を通したくなった。
「お母様」
「ええ。あなたのドレスを全部この方にお任せしましょう。それから、私のドレスもお願いしてよろしいかしら?」
セシリアはにっこりと微笑んだ。
そして、ヴェリカもにっこりと微笑み、とっても人でなしなセリフを吐いた。
「では。この使えない小間使い二人は私が引き取るわ。悪意ばかりの人は他者の悪意に敏感だし、私の親友を貶めたその咎、ちゃんと身をもって教えてさし上げられるから都合がいいわ。ドラゴネシアという辺境に行くのを嫌がるメイドばかりで困ってたの。ねえあなた達。紹介状も無く放り出されるのと、私に年季奉公するのは、どちらが好み?」
レティシアとレイラはいつの間にか手を繋ぎ合っていた。
とても可愛いヴェリカが、とてつもなく一番怖い、と。
次話はようやくレティシアとギランになります