だってあなた方使えないのだもの
レティシアが用意したお茶をヴェリカに促されるままに口に含んだレティシアの母、レイラであったが、彼女は貴婦人にあるまじき吐き出しをする事になった。
貴婦人として、ハンカチの中に、という上品な振る舞いであったが、吐き出すなどあってはならない事である。そんな事になったお茶を見つめ、自分の口の中が一瞬で生臭くなったことにぞっと震えた。
レイラは目の前のヴェリカを見つめ返す。ヴェリカが無表情で何事も無い顔をしていることで、ヴェリカの怒りをレイラは感じた。
ヴェリカは吐き出さずに飲んでいるのだ。
本当であれば彼女こそレイラのような素振りを見せ、レイラ達に嫌がらせを受けたと騒いでいたはずかもしれない。
レイラはそう考え、ヴェリカの怒りの先がお茶を用意させていた娘へ向かうと思い当たり、レイラは大事な娘を案じて声をあげていた。
「こんなこと、娘のお茶で起きるはずありませんわ」
「もちろんですわ。レティシア様が失敗などするはずありません。これは、私が口を付ける前に笑った方々の仕業でしょう」
「我が家の召使がそんな」
レイラはそれこそ罪のない証拠としてポットの蓋を摘まんで持ち上げたが、彼女はポットの中の茶葉の様子を知るや、再び貴婦人にあるまじき振る舞いをした。
悲鳴を上げてしまったのである。
「一体なぜ虫が入っているの。誰がこんなことを!!」
「私を笑った方達でしょうね」
「虫なんて入れていません!!」
「そうよ。虫なんて入っているはず無いわ!!」
レティシアの後ろで二人のメイドの声が上がった。
レティシアは、これは昨夜のヴェリカの罠と同じだ、と気が付いた。
そして、ヴェリカが罠を仕掛けた相手へと、レティシアは視線を動かす。
レティシアの所作に笑い声を立てた者は、レティシア付きの小間使い達である。
彼女達はレティシアからの視線を受けると、二人同時に頬をかっと赤らめた。
そして昨夜のララと同じ動きをしたのである。
「誤解ですわ。私達はお茶に何かなどいれていません」
「そうですわ。お嬢様が用意されたポットにお湯を注いだだけですわ」
「雑巾の匂いのするお湯を注がれたのはあなた?」
ヴェリカの返しに小間使いは図星だという風に顔を赤くし黙り込み、自分の口に感じた臭みが汚水のせいだと知ったレイラは口元に手を当てた。
「なんて、こと。どうしてこんな」
「奥様。私達は本当に何も知りません。だって、全部用意していたのはお嬢様ですもの」
「そうです。茶器も茶葉も全てお嬢様が用意したものですわ」
レティシアは何も言えなくなった。
全て自分が一から用意していたのは事実であり、他の誰がこんなひどいことをしたのだとしても自分の監督不足なのだ。
「全部?お湯を沸かすのは伯爵令嬢の仕事ではなくってよ」
「そ、それはお嬢様付きのメイドの仕事でも無いです」
「ええ。私達はお嬢様が用意されたポットに、厨房から持ってきてもらったお湯を注いだだけですわ」
「ではなぜ笑ったの?」
レティシアの小間使い達はヴェリカの追撃に言葉を失った。
ヴェリカの笑みは、答えるまで下がらせない、そう言っている。
あるいは、答えたくないならばお辞めなさい、そんな威圧を背負っていた。
「ヴェリカ様?この子達は私の小間使いですわ。私が確かめますから」
「ええ。あなたが始末をお付けなさるのが一番だと思います。私こそ出しゃばってごめんなさい。大事なお友達を貶める人は許せなくて。私はこの方々が許せませんのよ。あなたを台無しにばかりする。小間使いならば昨夜のあなたを作り上げたのがこの方達でいらっしゃるのでしょう?小間使いとしても完全に要求される水準に達していないではないですか」
「でも、それは私が――」
ヴェリカは右手を上げてレティシアの言葉を遮った。
次にヴェリカはレティシアの小間使いに顔を向け、高圧的に言い放った。
「主人に従えないどころか主人を貶めようとなさる人達は不要です。笑った理由ぐらい他意が無ければいくらでも言い繕えるはずですわね」
ヴェリカにぞっとしたのは、レティシアの方こそだった。
小さな体のお人形のようなヴェリカであるのに、怒ったダーレンが醸し出す威圧感と同じものが彼女からぞわぞわと吹き出しているのがわかるのだ。
当たり前だが、小間使い達は脅え、二人肩を寄せ合い震えている。