この人は?
レティシアを翻弄する美女は、レティシアを美女だと言い切った証拠だという風に自分のドレスの裾を閃かせた。
「私のドレスこそ最高でしょう?今日の誰よりも」
「え、ええ。そうだわ」
「あなたこそドレス一つで変わるのよ」
「女特有の変な慰めは残酷よねえ。いいえ、慰め合ってるだけかしら?あなたは綺麗ね。あなたこそよ。そんな慰め合いしているからぜんぜんダメなのよ。自分がブスだってわからせてやる方が親切よ。わからないばっかりに、あとで突きつけられて傷つくと思いますの」
「レティシア様。たった今ご高説を披露された方の十年後の姿を思い浮かべてごらんなさい。そしてあなたの姿も。どちらが素敵に年を重ねていらっしゃるかしら?そしてどちらにあなたはなりたいと思いまして?」
レティシアは瞬間的に自分を守ってくれるこの見ず知らずの美女にこそなりたいと思ったが、それで気が付いたのだ。レティシアはアランの仕打ちが悲しいと何度も泣いたが、一度だってアランに愛されるララになりたいとは思っていなかったということに。
それはなぜかと言えば、いくらララが綺麗でも空虚にしか感じないからだ。
美女は悠然とした笑みを崩さない。
彼女は言葉だけでなく微笑みでレティシアに訴えているのだ。
自分に自信をお持ちなさいな。
「――わたくしはわたくしのままでいいわ」
レティシアは久しぶりに自分に自信をもって答えていた。
それが彼女に自信を取り戻させたが、レティシアに否定された女こそ黙っているはずなどない。
「はん。負け惜しみね。婚約者に優しくしてもらえない女の癖に!!」
「あらあら。優しくしてもらったくせにって台詞はどうなったの?御自分の言葉をそんなにすぐに否定するなんて記憶力の無い方ね」
「あんたは性格が悪いわね」
「あら、欠点を言ってあげることこそ優しいのでしょう。でもね、優しいって何かしら?それは相手を尊重して接する事が出来る人しか持ちえないと私は思いますわ。だから私は強い人こそ優しいと思う。どんなに失礼な女性の言葉だって笑って許せる器の方は、とてもとても優しい方だと思います」
あなたは違うわよね、とアランを睨む美女の瞳は言外に語っていた。
笑顔を崩さないままの睨みは貴族女性の良くやることで、母親や年上の親族女性に睨まれた経験のあるアランは反射的にびくりと震える。
「そうだ。本当の優しい振る舞いを知らない勘違い男は、とにかく贈り物をするわね。ああ、そうそう、最近聞いた噂話には唖然とさせられましたのよ」
レティシアは、美女の表情にびくっとした。
その表情は一度だけ見た事があると、彼女は思い出しもした。
この笑顔は、ダーレンが敵を叩く時に作った笑顔だと。
「浅ましいな。くだらない噂話で喜んで。だから私はララが好きなんだ。彼女は誰をも幸せにする。嘘が無いからな」
「ええ、そうでしょう。私が聞いた噂は凄い令嬢のお話しですもの。なあんと、彼女は数人の信奉者に同じお店で同じドレスを買わせたのですって。出来上がったドレスは一着。でもお店が出した請求書は数人の男性宛て。あら、あら、皆さんで協力し合ってのお買い物だったのかしら。だってそうじゃないと、過剰になったお支払いのお金はどこに消えたのか役人に調べてもらわなきゃいけない事態ですものね。でも、噂のお嫌いなアラン様には、どうでも良いお話ですわね」
「あ、ああああ!!嘘ばかり!!アラン様信じないで!!この人はアラン様の気を惹こうとこんな嘘をついていらっしゃるのよ!!」
「あらまあ。私のはただの噂話でしてよ。どこの誰かわからないけれどこんなお話を聞きましたわよってお話ですの。まさか、あなたのことでしたの?」
底の浅いララは、美女の返しにハッとして青ざめた。
これこそ罠だったと気が付いたからだろう、とレティシアは思った。
美女の話は嘘だとしても、ララが違うと大声をあげたそこでアランには真実に聞こえてしまうのだ。
レティシアは上品にコロコロと笑い声を立てる美女を見つめ、この人は今自分を助けてくれているけれど、敵になったら空恐ろしすぎるのではと考え、震えた。
「まあ、まああ。恐ろしいこと。さあレティシア様、そろそろお暇しましょう。こんな破廉恥な話の方とご一緒してしまっただなんて皆様に知られたら、私達こそ悪い噂になってしまいますわ」
美女はレティシアを真っ直ぐに見つめる。
さあ、あなたはどうするの?と。
レティシアは奥歯を噛みしめ、失った威厳をかき集めて胸を張った。
それから親友がするように美女の腕に自分の腕を絡ませる。
「あなたのおっしゃる通り。破廉恥な方々とはお別れします」
「そのご決断は友として喜ばしいわ。では、ドラゴネシア侯爵の控室に参りましょう。わたくしはそこを自由に使っても良いと許可を頂いておりますの。彼の婚約者ですから」
レティシアは転びそうになった。
一緒にパーティ会場に来たダーレンは、会場に足を踏み入れた時点では婚約者のこの字もなかったはず、と。
疑問ばかりがグルグルと頭の中で巡り、視線も動き、そこで自分達を見守っていた侯爵様とレティシアは目が合った。
「だ」
ダーレンと呼びかけようとしたが、ダーレンが唇に指を立てたのでレティシアは黙るしか無かった。
内緒?
この美女は何者?とレティシアは混乱するばかりだ。