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こいつはやばいと警報鳴ってます、兄さん

 リカエルがドラゴネシア専用控室の扉を開けて目にした光景は、笑顔を忘れていたはずのレティシアが楽しそうに笑っている姿であった。彼女はいち早くリカエルに気が付くと、幼い頃の彼女のまま、聞いて、と声をあげた。


「ええと、そこの美女を紹介してくれるのかな?」


「あ、そうそう。先に紹介しなければでしたわ。こちら、ヴェリカ・イスタージュ様。イスタージュ伯爵家のご令嬢でダーレンの婚約者なのですって!!それで、ヴェリカ様。こっちが従兄のリカエル・アークノイド。ダーレンの右腕です」


 リカエルは仕事用の社交的な笑顔をヴェリカに向けたが、自分達を紹介したレティシアの一言添えが嬉しいと無意識にレティシアの頭を撫でていた。


「も、もう!!また子ども扱いです。私はもう十八歳だってお忘れですか?」


「俺は自分が二十四歳だって事を時々忘れたくなるよ。どうして成人しちゃったんだろう。成人しなきゃ、引退した親父達の面倒をみなくて済んだって、俺は時の神様を恨んじゃうね。ドラゴネシアはドラゴネシアの血を引けばみんな兄弟姉妹だ。子供がいりゃ全員の子供だ。親父達がいれば、全部ダーレンの親父になる」


「も、もう。これからダーレンと結婚する方にがっかりする事を教えないの。ヴェ、ヴェリカ様。リカエルは大げさに言っているだけですからね」


 さて、とリカエルはヴェリカを観察する。

 アンティックゴールドに青い瞳の、一見して人形にも見える小柄な美女は、リカエルに対してニコニコと微笑んだ。


「皆さん仲良しだなんてすばらしいわ」


「ヴェリカ様は心がお広いですわ」


 阿呆レティシア。

 こいつは俺の意図を汲んでのこの返答だ。

 リカエルの脳内で警戒警報がガンガン鳴り響いている。

 そこでリカエルは決断した。


「レティシア。俺はダーレンからこちらのお嬢さんを無事にご自宅に送り届けるように頼まれているんだ。君も今日はもう家に帰ろう。いいかな?」


 レティシアは輝いていた顔付をパッと暗くし、リカエルは大事な妹の気持を思って胸が痛んだが、得体のしれない女に傷つけられる未来を考えて心を鬼にした。


「明日もヴェリカ嬢に会えるんだ。こんな瘴気の沼に浸かっている場合じゃない」


 リカエルは鬼になり切れなかったと自分を責めた。

 年上で兄貴面の従兄ばかりの彼には、年下で頼って来る小さな妹は何よりも可愛らしい存在なのである。

 そしてヴェリカに視線を向けて、さらに自分を責めた。

 ヴェリカまでレティシアと同じく、寂しそうな表情をしているとは何事だ。


「どうしたのですか?やはりドラゴネシア侯爵との結婚は辞退したいと?」


 ヴェリカは顔を上げ、いいえ、と答えた。

 それどころか、リカエルが意図しない台詞を口にしたのだ。


「女学院にも通えませんでしたから、レティシア様が初めてのお友達ですの。仲良くなれても私はドラゴネシアに発たねばいけません。レティシア様と別れがたい気持ちで、申し訳ありません」


 リカエルはヴェリカの本意を掴んだと思ったが、虚しさばかりが湧いていた。

 ヴェリカがダーレンと結婚してもドラゴネシアに骨を埋める気は無く、自分一人だけでも王都に出て歓楽に身を委ねたいのが本心とわかった途端に、ダーレンとレティシアのがっかり顔しか彼には浮かばないのだ。


 やはりここは心を鬼にして、傷が浅いうちにヴェリカの本性を露わにするのだ。


「実はダーレンは全く上京して――」

「せめて文通はして頂けますか?ご迷惑かしら?」


 なぬ?

 文通でいいのか?本気で言っているのか?


 混乱しかかったリカエルをあざ笑うように、少女達は勝手に話を続けていく。

 レティシアの嬉しそうな顔にはリカエルは自分の敗北を認めるしかない。


「そ、そんな。私こそ同じ気持ちですから嬉しいわ。ああ、ドラゴネシアは遠いですけど、我が伯爵家は意外と里帰りしてますの。それから、ドラゴネシアの人達は我が家を王都の宿扱いです。結婚なさってドラゴネシアにうんざりしたら、いつでも泊りがけで遊びに来て下さいな。まずは、明日から!!」


「まあ!!なんて嬉しい。ええ、ええ。あなたとこれっきりじゃ無いのは本当に嬉しいわ。それで、ちょっとだけ失礼していいかしら?」


 ヴェリカの意図しない動きは、リカエルとレティシアを石化させた。

 ヴェリカがそれッという感じで、レティシアの腰を両手で掴んだのである。


「嬢ちゃんは何を?」


 リカエルの口調がドラゴネシアの四爺化してしまった程だ。

 しかしヴェリカは自分の行動に自信ばかりのようで、よし、と右手に拳を作る。


「やっぱり細い。よしわかったわ。胸とお尻も触らせて頂ける?私のドレスメーカーにあなたのサイズを伝えておきたいの」


「90、63、88だ。それで君は、83、58、85か」


 レティシアはきゃっと可愛い声を出して両腕で自分を隠したが、ヴェリカはリカエルが想定した通りに騒ぎ立てもしなかった。

 女王のように顎を上げて、見事だわ、などとリカエルを評したのである。


「なんかムカつくな。ほら、嬢さん達、移動するぞ」


 その後はリカエルには何の面倒も無かった。

 女の子達を自宅に送り届けるという、簡単なお仕事だ。

 しかしリカエルはヴェリカの内面を探る目的があるため、先にレティシアを送ってからヴェリカの家に向かうルートを取った。


 そしてヴェリカこそリカエルの思惑を読んでいるので、彼女こそリカエルに話しかけて来たのである。


「あなたにお願いがあるの。今日のドレスを縫ってくれた親友が無事なのか探って欲しいの。私の帰宅について心配ないってメモを送ったけれど、私は彼女こそ心配なのよ。彼女は私を助けようとしただけあって、とっても人情味があって優しいの。そんな方が私のせいで困った事態になっていたら悲しいわ」


「俺にその彼女を助けろと?」


「私を知りたいなら、彼女こそ私を知っていてよ?」


 ヴェリカはにこっと微笑んだ。

 リカエルは目の前の性悪を殴りたい衝動を頑張って抑えた。

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