大事な妹分を見守る兄貴達
リカエルは王城の祝賀会にうんざりどころでは無かった。
参加している着飾った女達はどれもピンク色のドレスであり、まるで腐った水で赤黒くみえる沼のような様相だ。
さらに我慢できないのは、浴びるような勢いで香水をつけている女達がリカエルを見つけるやリカエルに向かって扇をパタパタと仰ぐのだ。
自分の色香を気に入った男に向けたいのだろうが、彼女達の体臭と香水が混ざり合った匂いにリカエルは吐き出しそうだと気分が悪くなるばかりだ。
さらに彼を苛立たせたのは、彼の大事な妹分への心無い陰口と嘲りだ。
そんな彼だ。
レティシアと糞婚約者が会場を出たと囁きを聞いたのならば、後先どうなろうがレティシアを救ってやろうと彼らの後を追いかけるだろう。
すべての鬱憤を侯爵家の三男にぶつけてやる。
レティシアの兄達がレティシアが我慢する限りはと我慢しているが、色々と汚いこともしていたリカエルならば秘密裏に人一人消すことだってできる。
だがリカエルは、レティシアが連れ込まれたらしい廊下の奥に辿り着く手前で、何かがぷしゅうと音を立てて体から消えた気がした。
彼の主であり彼の尊敬しているダーレンが、壁に貼り付いてレティシア達を盗み見をしているのだ。
大きな体でこそこそ盗み見行為をする姿に情けないと一瞬考えたが、とりあえず大事な妹分の状況を確認するべくダーレンに声をかけた。
「現状は?」
「!!」
ダーレンはリカエルの出現に本気で驚いたようで、隠れていた壁から飛び出しそうになった。
ダーレンが間抜けに壁から飛び出さずに済んだのは、リカエルがダーレンの腕を掴んで引き戻したからである。
「脅かすな」
「申し訳ありません。ダーレン様こそ気配を消してる感じでしたので」
「悪かったな。消しきれてなくてよ。それよりもあっちは気が付いていないな」
リカエルは壁向こうを見返し、リカエルのターゲットがそこにいる事を改めて確認した。
確かに、まだ何も気が付かずに、我が世の春を謳歌してやがる。
だが、アランと愛人は分かるが、水色ドレスを着た小柄な美女は何者なんだ?
「獲物には気取られてませんよ。あとは俺が担当しますので会場にお戻りください。大事なレティシアを小馬鹿にしたあの小僧。大事なモノ切り落としてベルーガ河に沈めて、奴の腕にぶら下っている女は娼館街の適当な路地に捨ててきます。そんな所を歩いていた令嬢となれば、一生結婚できません。自ら娼館のドアを叩くしか無いですね」
「――静かに見てようか?俺のヴェリカが奴らをやっつけてくれるはずだから」
リカエルは眉根を潜める。
ダーレンこそレティシアの侮辱には血を持って贖わせるはずでは無いのか、と訝しく思うしか無いのである。
「未成年だろうが、ドラゴネシアは充分成人です。俺だって初陣は――」
そこで言葉が詰まったのは、リカエルの初陣話にはダーレンの大怪我話に続くからである。
リカエルの頭に大きな手が乗った。
殆ど同じ背であるが、ダーレンはこうしてリカエルを幼い弟扱いするのだ。
「落ち着け。俺の結婚がかかっているんだ。殺戮は禁止。今はあの水色ドレスの姐さんを静かに見守ろう、な?」
「結婚?あなたの?あの水色が?」
「ああ。あの水色ドレスの美女は俺と結婚したいらしいと、俺に告白した。しかし、俺は彼女の目には美男子すぎるので、ドラゴネシアと結婚する目的は曲げられないそうだ」
「頭大丈夫ですか?」
「――やっぱり。あなたが素敵すぎるからって台詞は、社交的な女が使う相手を傷つけないお断りなんだろうか。俺が君が狙っているドラゴネシアだって伝えるべきだったのだろうか」
リカエルはこんな混乱しているダーレンが初めてだと思いながら、ダーレンが珍しく心惹かれているらしき美女へと視線を動かし、リカエルが通りすがりに殴り殺したい男との彼女の会話に聞き耳を立てる。
数分後、話し合いは終わったと切り上げた水色美女は、レティシアと腕を組んでドラゴネシアの控室がある方角の廊下へと消えていった。
「ど、どうかな?」
「勝手にあなたの婚約者って言ってましたよ。大丈夫ですか?」
「そこは大丈夫だ。か、彼女を、よ、嫁にどうかな?」
リカエルは珍しくはにかんだ表情のダーレンを見返し、英雄が悪女にコロッと騙される神話って事実だったんだなあ、とぼんやり思った。
レティシアの糞婚約者を口先だけでやり込めたあの女は、感情よりも利を優先できるところが普通よりもヤバイじゃないか。
いや、ダーレンにあの女の内面が見えて無いだけならば?
きっと外見が彼の好みすぎて、あの女の難点を見ようとしないのだろう。
男にはそういう情けない面がたまに出る。
それならば、冷静な俺が突いてぼろを出させれば良い。
「人となりを知るにはまず会話ですね。俺達も控室に行きましょう」
「君だけ行って」
「はい?」
「ヴェリカは普段幽閉されているそうだ。そこを今日だけは使用人の手助けで抜け出して俺に会いに来た。俺は彼女の期待に応えねばならないので、明日彼女を迎えに行く準備をする。君は彼女を無事に家に送り届けてくれ」
「――また飛躍しましたね。人となりを確かめてはどうしました?」
「じっくり話し合うには時間が必要だ。まずは明日彼女をかっ攫いに行って、そこで彼女から本心を聞いて、俺で良いなら結婚だ。人生は長い。語り合って、死ぬ寸前には互いに分かり会えている夫婦だったら良いねえ」
「なんか、前半は単なる人攫いの犯罪者ですし、後半は財産狙いの悪女に毒殺される予定の被害者の述懐みたいで嫌です。それ。とりあえず俺がヴェリカさんの人物評価すればいいんですね」
「ヴェリカを見極めるのは俺だ」
「そこだけキリってしないでください。まあ、頼まれごと了解です」
「ありがとう、リカエル。俺は君がいてこそだよ」
リカエルはちょろすぎる自分にうんざりしながら、ダーレンによる「君がいてこそ」という言葉を反復しながら隠れていた壁から出た。
それから彼は通りがかりにアランにぶつかる。
女と痴話げんかしながら歩いていたのだ。
リカエルが計算したようにアランはリカエルに自らぶつかって行き、しかし、体幹など出来ていないひ弱な男はみっともなく仰向けに倒れた。
アランの腹を踏み込んでやりたいリカエルであるのに、彼はアランの脇を何事も無い風に通り過ぎようとした。だが、起き上がったアランは、転んだ恥で憤慨したままリカエルを罵倒してきたのである。
「君!謝罪も無しか?僕はグラターナ侯爵家のアランだ。不敬では無いのか?」
「ぁあ?」
リカエルはアランに凄んで見せた。
それだけでアランは震え押し黙り、リカエルから目を背ける。
しかしそれで許すリカエルではない。
そもそもこれを期待しての行動なのだ。
馬鹿兄共が。
レティシアの我慢など関係ないところでアランから喧嘩を売らせればいいんだよ。
「てめえのせいで、俺のヤワな腹筋が割れちまっただろうが。どうしてくれる」
ダーレンはリカエルのどこから見ても言いがかりを確認すると、自分はやることがあるからと知らなかった事にして振り返った。
「おや?」
ダーレンの真後ろにはギランがいたようで、彼はただでさえ印象的な瞳をさらに大きく見開き、ダーレンの背後の廊下の先で起きていることに対しておそるおそると指を差そうと右手を持ち上げる。
ダーレンはそんなギランの腕を取り、ギランの耳に囁いた。
「砦落としの訓練を受けて見たくはないかな?」
ギランこそ恋した女性の役に立ちたいからと駆け付けていたのであり、リカエルの思い切った所業に驚いても、レティシアを傷つけていたアランをリカエルから救う気になるはずはない。
「ものすごく興味がありますね。では場所を移動しましょう」




