誰が復讐の鎌を持っているのか
レティシアの救い手のように出現した美女。
彼女はアランの腕にぶら下るララと同じぐらい小柄で華奢な人であるが、ララなど比べ物にならない程に可愛らしく美しいとレティシアは思った。
ララと同じ金髪だが、ララと違いアンティックゴールドに輝く巻き毛は、薄暗い廊下でも眩しく感じるほどである。
また、彼女をさらに人と違うと際立たせているのは、会場の出席者の貴婦人の誰とも違うドレスを着ていたからだ。
今期の女性達がこぞってピンクドレスを纏うのは、国一番の女性達の人気者、近衛兵団長のジュリアーノ・ギランの好みがそれだからと言われている。
一騎士でしかないジュリアーノ・ギランには爵位も財産も無いが、王のあからさますぎる彼への寵愛は誰の目にも明らかだ。ならば彼に娘を嫁がせれば国の中心に食いこめるのでは、と野心的な父親は考え、娘の母親は美貌の男性が自分の息子になるならばと考えて、誰もが必死にギランを取り込もうとしている。
つまり、ギランは社交界の誰もにとって、垂涎の的であるのだ。
よって流行はギランを狙ったものとなり、ドレスデザイナー達は彼が好むらしい同じ様なピンクのドレスばかりを作るようになったという事だ。
レティシアは自分がピンクドレスばかりを着る羽目になった事にうんざりしつつ、その流行が発端が自分であったような気がして悲しくなった。
王宮で開かれるパーティには必ず出席させられるギランだが、それは近衛兵が仕事の一部として、パーティを盛り上げる役目も請け負っているからでもある。
近衛兵が貴族の出身者で、それまた見目麗しい青年達ばかりで構成されているのは、そんな職務に対応するためであろう。レティシアの兄達が兵隊服を着たお人形と嘲るように、彼らは実戦の経験など一つもない人達なのだ。
でも、と、レティシアは悲しくなりながら思い出している。
不細工だと思い知らされたデビューしたての頃、アランに声をかけられるまで、レティシアをダンスに誘ってくれたのはギランだったのだ。
社交界一年目の乙女が着ることが許されるのは、白かピンクか水色だけだ。
どの令嬢よりもレティシアがギランと踊った数が多いのならば、絶対に似合わないピンクドレスの時の彼女が悪目立ちして記憶に残った勘違いなのだと彼女は思っている。
だから彼を独占した罰として、今もピンクドレスを着なければいけない呪いに罹っているのかしら。
レティシアは羨ましい思いだけで、目の前の女性を見つめる。
レティシアの助け舟のように出現した彼女が着るのは、彼女の目の色と同じ水色のドレスであった。
他の女性のドレスと違うのは、彼女のドレスの色だけではない。
上半身は飾りも何もなく体の細いラインを際立たせる造りで、肩をそっと隠す程度の小さな袖が飾りが無いからこそ小さなフリルみたいで可愛らしい。また、下半身のスカート部は、チューリップを逆さにしたようなデザインなのだ。
レティシアは目の前の女性の完璧な美しさに溜息を吐いた。
彼女への感嘆もあるが、レティシアの絶望の方が多く籠っていた。
散々にレティシアを扱き下ろしていたアランが、自分こそ追い払おうとしていた女性に対し、あからさまに賞賛の目つきをしているのだ。
「あら、慣れない場所で迷われたのかしら。それともエスコートの方に置いてきぼりをされたのかしら?お困りで可哀想ね」
レティシアはララの小馬鹿にした声にハッとする。
なんと、ララこそアランの様子を腹立たしく思っていたようだ、とは。
しかし、ララの悪意のある言葉に対し、美女は全く意に介していなかった。
それどころか、正面から切り捨てた。
「あらあら。あなたと違って男性の腕が無いと歩けない三歳児ではありませんのよ、わたくしは」
レティシアは美女の台詞に吹き出しかける。
そして美女は、それこそ狙いといった風に、レティシアに笑いかけた。
「わたくしは親友を迎えに来ただけですの。ねえ、レティシア様」
なんて、優しい笑顔。
見ず知らずだろうが、レティシアは美女に笑顔を返していた。
すると、美女はさらに目尻を嬉しそうに下げる。
それから彼女はそっとレティシアに身を寄せ、仲の良い少女達が噂話をし合うようにレティシアの耳に囁いた。
「この人達と同じ恥知らずに堕ちてはダメ。淑女は淑女として下々を踏みつぶしてやればいいのよ」
「ま、あ」
美女の瞳は意地悪く光る。
レティシアは、猫がネズミを捕らえた時みたいだ、と思った。
それはその通りだったらしく、美女の次の囁きは、噂話をしている風でありながら、レティシア以外に聞かせるための音量の物であった。
「ねえ、レティシア様。わたくしは最近楽しいお話を聞きましたのよ。妻となる相手の信用で買い物をしていたお間抜けさんが、その信用を失ったらどうなるのかしらね、というお話」
「それは」
「婚約破棄なんかされたら、一気に債権者に襲い掛かられるでしょうね。わお、お金が無ければ債務者牢獄行きだわ!!そんなおばかさんが考えることは、形だけでも自分に過失が無いようにして相手から婚約を破棄して貰って慰謝料を手にするか、散々お相手をいびって言いなり人間に仕立てるか、ですわね」
レティシアは、美女が言わんとしていることを理解した。