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愛する人がここにいるのに!!

 ギランは三日安静が必要な体となった。

 本当は数時間の様子見で充分なのだが、強い全身打撲からの完全回復には三日の絶対安静とリカエルが大げさに言って見たら言い分が通ったのだそうだ。


 朝にはギランが王宮に戻ってしまうと慌てていたレティシアは、彼女を呼び止めたリカエルに向けていた不満顔を喜びだけの笑顔に変えた。


「と言うわけであと二日あいつを預かって良いってさ。ただし、預けて貰った以上信頼は大事にしたい。そこで君。婚約者と言えども一線を越えるなよ?」


 一線?と、レティシアの笑顔は戸惑いの表情に変わる。

 次いでダーレンとヴェリカの仲睦まじい様子が自分とギランに変換して想像してしまい、頬がかっと熱くなり、彼女は恥ずかしいと自分の顔を両手で覆う。


「そ、そういうのは」


「男から、と言うのは間違いだ。大体そういうことは女性から誘って行われる。いいか、男は繊細なんだ。」


「そうなの?」


「そうだ。一線を越える勇気をもってのそれなのに、女に全部間違いだったと突き放されたら、繊細な男は心の底からへし折れる。だからな、ギランの評判と繊細な心の為に君が浮ついた行動をしないように」


「わかりました。それで、あんなに大騒ぎしたのに、よくギランを預けて下さったし、ドラゴネシアの言い訳が全部通りましたわね。本当にドラゴネシアに何のお咎めも無いの?」


「そのための人質だ」


「ええ?ギランは人質?え?人質として交渉?」


「ギランに関しては、お願いしますって、近衛兵達からギランの身柄を渡してくれたのさ。ギランに対する近衛兵の忠誠は物凄いからね。彼が処分になったら大変ですから、どうぞドラゴネシアで匿ってくださいって」


「凄いのね。ってやっぱりそのぐらい大ごとだったの?ギランは大丈夫なの?」


「大丈夫でしょう。それにギランを匿って連座で処罰されることも近衛の皆さんは覚悟している。知ってます?あの日以来俺達をお人形って呼ぶ軍人も貴族もいないんです。確かに。俺達を怒らせたらイスタージュ家のようにされるって思ったら以前のように馬鹿にできないですよね。だそうだ」


「あら、まあ」


「そう。だがまあ、俺達のかかわりが無い時からも、ギランには人望があったね。でなけりゃ、ひと声でドラゴネシア救援の百人隊など作れない。隊を一糸乱れさせず王都からドラゴネシアまで二日半で辿り着くなんて偉業は、奴が旗印だったからこそ出来たんだ」


「今日は凄く褒めるのね」


「褒めとかないとな。内緒だが、奴は来月一日付で団長肩書きが復帰する。それも、地方の危機に王命にて駆け付ける近衛特務兵団を新設してのその初代団長だ」


 レティシアは年に数回隣国と小競り合いがあるドラゴネシアよりも危険になるのではないかと、ギランのことを思ってぞっとしながら震えた。


「たぶん、地方の危機ってうちの方しか無いから、その時は君はギランと一緒に里帰りしてくればいいよ。年一回の里帰り?待ってるよ」


 リカエルはレティシアの頭にポンと手を乗せた。

 レティシアはリカエルの兄のような所作に対し、今までの彼がギランにしていたことを許せる気がした。


 いいえ。

 私こそがハッキリしないから余計な不信を生んでいたのかもしれない。


 彼女は顔を上げて真っ直ぐにリカエルを見返し、しかし、リカエルはレティシアではなくあらぬ方角を見て顔を歪めている。


「どうし――」


 レティシアがリカエルの見ているものへと振り向こうとしたが、レティシアの頭に乗っているリカエルの手がそれを許さない。

 リカエルから牛が唸っているような音が聞こえる。

 大きな舌打ちも?とレティシアは驚くが、やはり彼女は頭を動かせない。


「リカエル?」


「――悪いな。お子様にはまだまだ大人の内緒が一杯なんだ。ギランならばわかるかもしれないが、俺としてはまだレティシアに伝えたくない」


 レティシアの頭を拘束していた大きな手は外れ、リカエルはレティシアの後ろ側へと早足で歩き去っていった。

 レティシアは何があったのかと振り返ったが、廊下には伯爵家の使用人の姿以外は何も無い。


「あの大きな体で猫みたいに動けるから不思議な人」


 レティシアは顔を前に戻すと、リカエルに呼び止められなかったらするべきこと、愛する人が安静にしている客間へと駆け出していた。


「婚約者だもの。看病をするものよ」


 自分が生育した家であるが、今日この時だけは広すぎると溜息を吐く。


 ギランを潰した昨夜は、あのあとすぐにギランと離れ離れにされ、彼女がギランにした宣言通りに彼女こそ担がれて馬車に放り込まれた。

 その後は自宅にて身繕いをしている時にギラン到着の報を受け、しかし正式な婚約をまだしていないからと部屋から出るなと閉じ込められた。


 一緒にドラゴネシアから来た三十人の若者は信用のおける人達だが、部屋着姿のレティシアが彼等の間でふらふら歩くのは外聞が悪い。王都で雇った使用人もいるならば、使用人の前で浅慮な行動は慎むべきなのである。


 そこでレティシアは部屋に閉じ込められる事には抗議しなかった。

 それにレイラならばレティシアの望みを叶えてくれると、彼女は信じている。

 実際にその通りで、ギランが客間に落ち着いた頃にレイラはレティシアに声をかけて来て、レティシアは母親と彼女達の付添いとなる小間使いの先導でギランに挨拶に行けたのだ。


 ベッドに横になっているギラン。

 ベッドのわきに椅子が置かれ、そこにはレティシアの父が座っている。

 キスも声掛けも出来ない状況だったが、レティシアとギランは視線を交し、明日から続く幸せを噛みしめながら微笑みあったのだ。


「日の光がある昼間ならば、お話したりできるわ!!」


「レティシア!!」


しかし、レティシアはまた呼び止められて足を止める事となった。

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