ドラゴネシアの砦を奪おうとした敵は隣国では無かった
ダーレンはダンスホールの出来事を見届けると、彼と同じように隠れて全てを盗み見ていたはずの男の元へと向かっていた。
角の生えた甲冑の大男は目立つが、普通の一般客と同じ衣服姿の大男の姿は簡単に見逃される。
そして約束など無くてもダーレンの訪問が分かっていた相手は、廊下を歩くダーレンに対して案内役を派遣してきた。
「どうぞ、こちらへ」
お仕着せを着た年配の男がダーレンを王宮の特別室へと続く廊下に誘導し、廊下の先にあったいくつもの重厚な扉のうちの一つを開ける。謁見室ではない特別客用の控室でしかなかったが、クラヴィス国そのものの存在がダーレンを待っていた。
ダーレンの後ろで扉が静かに閉まる。
ダーレンはクラヴィス王に臣下の礼をすることなく彼の前にまで進み、クラヴィス王が指先だけで命じた通りに王の向かいのソファに腰を下ろす。
「これが仕返しか?」
「仕返し?仕返しなどする気はありませんよ。あなたは我々に援軍を送ってくださった。大事な息子に領地を与える機会になると、喜んで息子を解き放った。こちらは本当にギリギリでした。砦が崩れるまであと少し。あなたの息子の到着が遅ければドラゴネシアはジサイエルの侵入を許していたでしょうね。あなたが期待した息子の活躍の場を失う結果となったのは申し訳ございません」
「――いつから気付いていた?」
「ギランは母親似だろうが鼻の形はあなただ。あなたに拝する機会がある者ならば、よほど目が腐れていない限りわかるのでは無いのですか?」
「我が側近が腐った者達ばかりと、当て擦り痛み入る」
「腐った沼の我慢大会?あれを止めたら少しは風通しが良くなるのでは?」
クラヴィス王はダーレンの返しに悔しそうに唇を歪めた。彼自身参加者の香水や色彩感覚が壊れたドレスの氾濫に眩暈を覚えるばかりなのだ。それで王は思わずダーレンを睨んだが、ダーレンは王と敵対するつもりはないと友好的な笑みを顔に作る。
「ドラゴネシアはギランの後ろ盾になります。大事な姫の配偶者です。そしてギランはこの上ないぐらいにドラゴネシアに魅了されている得難い戦士だ」
「――私から息子を奪うのか」
「あなたこそ。どうして彼に親子の名乗りを上げないのです。ギランがあなたへいくら思慕を向けても王と臣民でしかないからこそ、彼はドラゴネシアに傾倒したのですよ」
「――私はジュリアーノの母を愛していた。だが彼女は出産の時に亡くなり、彼女の兄は私が彼女と子供の為に用意した金を全て着服し、私から息子を隠した。そんな男に育てられたジュリアーノは、父親に捨てられた子と刷り込まれていた。だが違うと言ってやれない。王の庶子だろうが未婚の母が産めば私生児だ。私は生まれながらに不幸な子供を作ってしまったろくでなしだ。そんな我が子が私を王として尊敬してくれているのだ。息子の期待を何一つ叶えてあげられなかった父だと、あの子に知られたくないのだ」
「もういい大人ですから、ギランは真実を知ったからとあなたを恨んだり――恨んでいて欲しいのですね。あなたも難儀な人だ」
「王を王と敬う事が無いくせに、調子よく無償で小麦を奪っていく恐るべき戦闘民族が国の要の国境線に陣を張っているのだ。性格が歪むのも仕方なかろう」
「ならば、ドラゴネシアの王の機嫌を取ったらいかがです?」
「息子をドラゴネシア人となし、孫を抱く夢を諦めろ、と」
「いいえ。クラヴィス人のまま、あなたの忠臣のまま、あなたが今までやりたかった最愛の息子に爵位を与える。そんな夢を叶えてさしあげようと申してます」
「そんなことができるのか?」
「あなたが俺の望みを叶えてくれるならば」
ダーレンは王にニヤリと微笑む。
百戦錬磨の男の微笑みに実戦を知らない男は背筋に脅えが走ったが、彼は息子を想う気持ちだけでドラゴネシアの悪魔の囁きに耳を傾けた。
「叶えよう。何が欲しい?」
「いえ。欲しくないから引き取って欲しいという願いですね」
クラヴィス王は驚きしかない目をドラゴネシアの王に向け、ドラゴネシアの王は笑いで喉を震わせながら彼の望みをクラヴィス王に打ち明けた。
「イスタージュ伯爵家は近々王家に爵位を返上します。そうしたらギランに正当な後継者として爵位返還の訴えを起こさせてください。イスタージュ伯爵家は王家と歴史が深いため、イスタージュの血を継ぐ者ならば誰でも継げるという特記のある家です。嫡子であれば女児でも、通常は絶対に継ぐことができない庶子でさえあっても。王の子であればイスタージュ伯爵家には、まさに正当な跡継ぎと言えるでしょう」
「……だが良いのか?イスタージュ伯爵家は君の妻の家だろう?」
「ヴェリカ・イスタージュは、すでにドラゴネシア王のものです。あれとの結婚許可証は最高のプレゼントでしたよ」
「……借金ばかりのどうしようもない経済状態だったな。君は本当に先読みをしていたのだな」
「ええ。あなたは大事な息子に援助がしたい。直接などは王の身ではできやしない。そこにドラゴネシアがおりますね。俺だっても大事な妹の生活は見守ってやりたい。俺が妹夫婦へする援助にあなたも噛んでいいですよ」
「だからドラゴネシアは嫌なのだ!!筋肉馬鹿ばかりなら可愛いが、地方領主の顔をしてクラヴィスを操ってくる!!」
「――決裂ですか?」
「いいや。忠臣の家にお忍びで訪問する王はいくらでもいた。私が訪問できるようにタウンハウスはすぐに直せ」
「タウンハウスが壊れている忠臣です。王宮の宿舎を提供してあげれば良いではないですか」
クラヴィス王は貴人にあるまじき大きな舌打ちをすると、ダーレンに向かって右手を差し出した。
ダーレンは迷わずその手を握る。
「デューンが亡くなったのは本当に悲しい。彼は君以上に私を苛立たせてくれた」
「父もあなたが親友だと申しておりました」
「嫌な要求ばかりしてきた奴は親友と呼ばん。悪友だ。それでも形見は大事だ。馬車はちゃんと戻しておくように。いつでもドラゴネシアに逃げられると思えば、重い責任にも耐えられるのだ」




