令嬢ではなくドラゴネシア人として生きる
お読みいただきありがとうございます。
あと五話ぐらいで終わる予定です。
「私も王都に行くわ!!」
ヴェリカが大声で叫んだ。
レティシアはヴェリカこそダーレンの出立について知らされていなかった事に驚きだが、ヴェリカを連れてはいけないとダーレンがはっきり言い切った事にも驚いていた。
「私の馬車でヴェリカも一緒に――」
「ダメだ」
レティシアの提案こそ一蹴された。
「俺は仕事で王都に急行せねばならない。そんなことはこれからいくらでもある。ヴェリカの大事な時にだって、俺は断腸の思いで動かねばならないだろう。その練習としてヴェリカは耐えてくれないか?」
「では、その寂しさを紛らわせるために、私はレティシアと一緒に王都に行くわ。あなたの留守の間だって私が楽しくできるならば安心でしょう?」
ダーレンは唇を噛みしめ数秒黙り込んだが、それで発せられた言葉は彼の意思が変わってはいないものであった。
それよりも今のレティシアには害となる台詞をダーレンは吐いた。
「レティシア。君の出立をあと一週間遅らせてくれないか?」
「馬車で王都まで片道四日かかります。一週間遅らせたらヴェリカのお祭りに間に合わないかもしれないわ」
「だが、今回はヴェリカは連れて行けない。何度も言うが、緊急の用だ。俺は途中で馬を替えての早馬で王都に向かう予定だ。出来る限り早く帰って来るから、レティシア、頼む。あと一週間だけ砦にいてくれ」
「いいえ。レティシアは、彼女の人生の為に今すぐ王都に行かなきゃなの。ねえ、レティシア。そうでしょう」
レティシアはヴェリカが向けた視線で、ヴェリカがダーレンを止める理由が見えた気がした。
ダーレンは最初から馬で行くと言っていたのだ。
馬ならば馬車と違って一日早い三日となるし、援軍となったギランは大隊を率いて二日半だった、俺一人ならば二日かからず行けるだろう、と。
「ダーレン。私は今すぐに行かなきゃなの。だから、あなたと一緒に、いいえ。私こそ馬で王都に行きます」
「おい。俺は君の付添いなんかできないぞ」
「俺も行く」
朝食の席には四爺はいないが爺はいた。
妻が王都にいる人であるため、リュート達のように晩餐会の後に妻に家に連れ帰られなかったレティシアの父ラルフである。
彼はダーレンに対して父親みたいな顔を向ける。
「ラルフ。あなたが付いてくださるなら安心ですが、俺としてはレティシアに俺が戻るまでヴェリカと過ごしてくれることを」
「俺としてはお前の付添いだよ。早馬駆けで王都に行くなんざ、こっから動けねえお前がやったのは何年ぶりだ?お前の親父が生きていた頃に俺を呼びつけに来た二度か三度程度の経験だろ?」
「ラルフ」
「いいか?嫁は来てもまだ跡継ぎは来ていない。そんな状況のお前を俺が一人で出すわけにはいかないだろ?」
ラルフは珍しく叔父として甥を言い聞かせ、今度は自分の娘に対して厳しい目を向けた。
「お前は待てるよな?」
ラルフがダーレンに付き添うならばヴェリカの心配が解消された事になる。
しかしレティシアは、待つ、と言えなかった。
「私は行かなきゃいけないの」
「早駆けってな、言葉通り宿に泊まらんぞ。野ぐそしながら進むんだ。女の出る幕じゃねえ」
「ラルフ。女性の前です」
「気取るな。ヴェリカはもうドラゴネシアだ。いや、まだいたか、クラヴィスの乙女が」
レティシアは父の視線が自分を値踏みしていると気が付いた。
普段の娘としての彼女に向ける視線ではなく、兄達に向ける視線である。
「お父様」
「レティシア。早駆けに付いてきたいって言うからには、お前はドラゴネシアとして生きることに決めたのか?お母さんが望むクラヴィスの社交界の花となる夢はもういいのか?」
「私にはクラヴィスの乙女なんか無理だったのはよくわかっているからいいの」
「なんだその、駄目だったからドラゴネシアでいいって奴は」
「お父様、言い方!!私は、自分が間違っていたと今は思うの。クラヴィスの人達みたいに振舞えないから、クラヴィスの人達の美の基準にいないから、自分はダメだって、思って、うじうじするのはもうやめたの。私は、私こそドラゴネシアの姫だって胸を張ることにしたのよ」
「ドラゴネシアの姫は野ぐそなんかしない。お前失格」
「お父様!!」
娘を否定したラルフだが、豪快に笑い出した。それから彼は椅子から立ち上がって娘の横にまで歩いて行くと、彼女の頭の頭に手を回して自分の胸に彼女の顔を押しつける。
「お父様」
「ドラゴネシアの姫で男を堕とすのはいいが、俺には可愛い娘として甘えてくれ。俺も君の兄さん達も君に我慢されるよりは、あの男をどうにかしてって、君に泣きついて欲しかったんだからよ」
「――ごめんなさい。アランに見下されていることが恥ずかしくて、辛くて、口にしたら惨めで耐えられなくて。私は自分の惨めさを見ない振りしてたの」
「いいよ。俺達こそ君の我慢強さを軽く見過ぎた。俺は父親として今度はちゃんとするよ。あの野郎が娘に見合う男か、俺が見極める。だから君は安心してここに残れ」
「え?」
ラルフはレティシアに軽く片目をつぶる。
レティシアの母レイラならばラルフに見惚れるであろうが、レティシアはラルフの娘でしかない。
彼女が見惚れるのはギランだけで、そのギランに父親が暴力を振るう宣言をしたのだ。彼女はラルフを押しのけて彼の腕から飛び出して、ラルフが敵わないはずの人物へと駆け寄っていた。
「絶対に私も付いて行きます。置いて行かれたら一人でも追いかけます」
「レティシア。危険なんだよ。おい、ラルフ!!俺は一人で――」
「馬替えして二日。馬替えせずに隊を組んで二日半で王都に着きゃ、三日の行程を二日半で百人隊連れて来たあの美人と同等と胸張れるか?あっちは現役兵だけでこっちはお姫様付きだ。それ以上となるか?どうだ?ダーレン」
ダーレンは見るからに悔しそうに奥歯を噛みしめた。
レティシアはダーレンのその悔しそうに歪めた表情から、自分の王都行きに余計な人間が付いてくることが残念なのではなく、ラルフの挑発に乗ってしまう自分が悔しかったのだろうと思った。
ドラゴネシアの男達は「武」を誇る。
クラヴィスのどんな屈強な兵士達よりもドラゴネシアの自分達の方が優れていると考えているのだから、武装した百人隊を二日半で連れてきてしまったギランに対して彼らはかなり思う所があったのだろう。
「あいつはドラゴネシアの苦難を知ったその日の午前のうちに志願者をまとめ上げ、昼前には王都を出立している。姫を連れての旅路にチャレンジしたくば、一時間以内に準備を終えろ」
その後は早かった。
ラルフは四爺だけではなく、三十人の志願者をまとめ上げたのである。
たった一騎で王都に行くダーレンの予定が、三週間後の祭りの前奏のような状況となっており、砦の城門前の沿道には見送りの領民が並んでもいる。
ダーレンを見送るために城門前に出て来て叔母に囲まれているヴェリカは、朝食の席での大騒ぎなど嘘だったかのような凛とした佇まいである。
そんなヴェリカに対し、ダーレンではなくラルフが騎士の礼を彼女に捧げた。
「当主を必ずあなたのもとに無事お戻しします」
ヴェリカは最高の笑顔で、信じています、とラルフに答えた。
ダーレンは大ごとになった自分の旅路に、周囲を脅えさせるほどの不機嫌そうな顔を崩さない。そんな恐ろしい有様となっている男は、馬に乗る前にヴェリカを乱暴に引き寄せ、彼女の威厳を台無しにするようなキスを与えた。
「この性悪め」
「無事に帰って来て下さいね」
レティシアは二人の別れを羨ましく眺め、自分こそ、と覚悟を決めた。
男性でも大変なこの旅路に参加しきれたならば、ギランが自分が何もないと言う理由でレティシアから離れられなくなる気がするのである。
これでどんな苦労だって私が耐えられるってわかってもらえる。
私がギランさえいれば何もいらないってわかってくれるはずだわ。