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我はドラゴネシアの王として

 ダーレンは、愛する妻(ヴェリカ)を町に送り出したほんの数時間で、数日分の状況が完全に覆されてしまうとは、と驚くばかりだった。


 レティシアと腕を組んで町に繰り出した妻が戻って来た時には、小柄な妻こそ狩られたウサギみたいにして叔母達に囲まれていたのである。

 ダーレンが頼りになる従妹に感謝を捧げたのは言うまでもない。


「ありがとう。君ならばやってくれると信じていた。ヴェリカ一人ではこんな友好的な世界は実現できていなかっただろう」


「ダーレン?酷い言い方ね。あなたはヴェリカが何をすると思ってたの?」


「あいつはわざわざ母親の形見を持ち出しただろ?敵視して来る奴ら全員に見せびらかし、コレが欲しいなら私と表面上は仲の良い関係を築くのね、とやるんじゃないかなって思ってた。もし私に娘が出来なかったら、私の子供の結婚相手に私の宝石を譲ってもいいわ。ぐらい言うだろう、あいつは」


 ダーレンは仮定していたことを馬鹿正直にレティシアに語ったが、彼としてはレティシアに「酷い」と罵られるだけだと思っていた。


「――そこは阻止できてる、はず。親に力関係があると子供の成育や人間関係に歪みが出ると思うって言ったら、ヴェリカもそうねって認めていたから」


「――君は得難い人物だよ。ずっとヴェリカの友人でいてあげてくれ」


 ダーレンはレティシアを労った事を思い返しながら、晩餐会から帰って行く大事な叔母達を領主館のエントランスどころか城門まで出て見送っていた。


 彼女達は自分達を招くための晩餐会を自分達で仕立てた上に、会では領主夫人を持ち上げる客となり、帰宅時には自分の配偶者を砦から引き摺って持ち帰ってくれたのである。


 感謝を込めて見送らなくてどうする、と言う事である。


「旦那様。少しよろしいですか?」


 外に出ているダーレンにわざわざ声をかけて来たのは、砦の方の部下の誰かでもなく、ヴェリカに忠誠どころか祖父の気持で付き従っているイスタージュ伯爵家の元執事である、ヘンリー・ギャリクソンであった。


 彼はヴェリカの母のクーベリ家に仕え、ヴェリカの母の輿入れについて来たそのままイスタージュ家のタウンハウスの執事へとなりあがった人物である。


 彼がドラゴネシアにまでヴェリカに付いて来てくれたおかげで、女主人が不在だった領主館の引継ぎがヴェリカを悩ませることなく行えた。それどころか、両親が生きていた頃よりも領主館の住環境が向上している。ならば、引退後の優雅な暮らしを約束するからあと二年は引退するなと、ダーレンがギャリクソンに頼みこんだのは当たり前のことであろう。


 そんなダーレンにとって得難い人物が、わざわざ話があるとヴェリカの目が無い所で呼びかけてきたのだ。ギャリクソンの話に悪い予感しかしなくともダーレンは聞くしかない。


「なんだ?」


「王都からの知らせによりますと、エヴァンスが動きました」


 ダーレンは大きく舌打ちをする。

 エヴァンスはイスタージュ伯爵家のマナーハウスの方の執事だ。

 彼は女伯爵であったヴェリカの祖母に仕え、彼女が亡くなった後も伯爵家を守ることこそ生きがいにしている男である。


 エヴァンスはダーレンがタウンハウスを壊した前日に上京してきており、ダーレンとギランが屋敷を壊している裏で召使い達をまとめあげ、閉じ込められていたヴェリカに余計な侵入者が無いように守ってくれた恩人である。


 結果として、ダーレンとエヴァンスの思惑は違っても。


 エヴァンスの夢は、彼が尊敬してやまない亡き女主人そっくりのヴェリカに伯爵位を継がせたい、そればかりなのだ。


「あいつは伯爵家の存続には傀儡がいれば良いと、領地に叔父一家を連れ帰ったのでは無かったか?」


「ベイリーは駄目ですね。爵位の義務を知りません。ヴェリカ様の父君である前伯爵と兄弟とはとても思えないご気性に教養の無さです。恐らく最低限の貴族の子弟が備えているものも無いと、エヴァンスこそ匙を投げたのでしょう」


「匙を投げるとどうなる?言う事聞かなきゃ寝たきりにしてベッドに拘束するぞと、エヴァンスはベイリーを脅していたな。実行したのか?いや、寝たきりの方が何とかなるか」


「ベイリーが精神病院に入院したそうです。著しい精神状態の悪化という理由で爵位のはく奪を狙ったものだと思います」


「それでは王家に爵位を返却することになるのでは無いか?」


「返却の後に正当な血統者が爵位回復請求をすれば戻ります。あんな経済状況が悪化している領地など国こそ抱えたく無いでしょう。考えるべきでした。ベイリーをあれほど好きにさせていたエヴァンスの思惑を」


「だったら、最初からベイリーを教育すれば楽だっただろうに!!」


「彼の娘達に伯爵を名乗らせるぐらいならば、エヴァンスは爵位と共に滅ぶつもりだったのでしょう。片棒を担いでいた私こそ何も言えません。ヴェリカ様の不幸は、そのまま叔父一家とヴェリカ様は違うという目に見える線引きになります。私はヴェリカ様の評判を守れることこそと――」

「いい、いい。わかった。君が罪悪感やら何かを抱く必要は無い。俺は君をまだ引退させたくない」


 ギャリクソンはダーレンの台詞を受けるや、執事にあるまじき笑いを押し隠そうとしたのか、軽く咽た。


「そうだ。笑い話だ。俺からヴェリカが奪われる事態は起こらない。君はエヴァンスに手紙を書いてくれないか?正当な血を持つ者を返して欲しくば、動くな、と」


「――ヴェリカ様と離縁を考えていらっしゃると?」


「の、わけあるか。あれを手放さずに済むように俺が動くと言っている。だから邪魔は困るんだ。あの男はマナーハウスから動かすな」


「ほっと致しました。私はイスタージュの領地は嫌いです。虫は苦手なんです」


「俺もだよ。あいつの秘密の小箱から毒虫の死骸を完全に抜き去るにはどうしたらいいかな?」


「――私の力不足でございまして、お暇をいただ――」

「悪かった。俺が何とかする。と、明日にでも俺はドラゴネシアを発つ」


「かしこまりました。ヴェリカ様にとってはデビューともなる初めてのドラゴネシアのお祭り。ヴェリカ様の為に必ず間に合うように無事にお戻りください」


 ギャリクソンはダーレンに深々と頭を下げる。

 ダーレンは自分を上手く使う執事に皮肉な笑みを作ると、話は終わったという風に大股で歩き出す。

 自分にはやることがいっぱいだ。

 馬鹿な弟分を捕まえて連れ帰らねばならないし、大事な妹分のためにドラゴネシアの戦士として彼女の求めるものを略奪せねばならない。


 足を止め、ダーレンは空を仰いだ。

 完全に日が落ちた空では、ちらちらと星々が瞬いている。


「導いてやれんのはお兄ちゃんの俺しかいないからな。新婚なのによ。いや、ずっとヴェリカに耽溺できるようにと、俺は俺の好きな世界を作ろうとしているだけだな。どうしようもねえ」

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