ごめんなさいはいつだって後の祭り
リイナは王都のイスタージュ伯爵家がボロボロであることこそヴェリカが財産目当ての女である証拠だと、底意地悪そうな顔で言い放った。
「貧乏であばら家じゃないの。ダーレンが壊したからなのよ!!」
リイナに言い返したのはヴェリカではなくレティシアだった。
レティシアはギランとのことがあってから王都を発つまで七日待たねばならず、その間に観光名所となったヴェリカの実家を目にしている。
新聞の事件欄に載ったぐらいのものなのだ。
どんな様子なのかと見に行ったレティシアも兄嫁達も、ダーレンがヴェリカの実家に施した所業を目にして、ただただ呆然となって立ち尽くしてしまったほどだ。
「イスタージュ伯爵家の惨状を見て、ヴェリカが財産狙いだなんて考える人は誰もいないわ。普通に野獣に略奪された哀れな美女よ!!」
「あなたはまたそんな嘘ばかりを信じて。だから財産目当ての女性に誑かされて騙されてしまうのよ。可哀想に。綺麗よって言われたから彼女の言葉を信じたの?それで親友だって思い込んだの?」
リイナの台詞に周囲の叔母達が息を飲む。そしてレティシアの盾になるようにと彼女達は動いた。ただし当のレティシアはリイナの言葉に言葉を失って呆然としていたが、リイナの言葉に自分が全く傷ついていないことがなぜかと驚いているだけである。
ララに同じような事を言われた時はあんなにも傷ついたのに。
「初めて君を見つけた時、なんて綺麗な子だと思った」
そうよギラン!!
あなたが綺麗だって言ってくれたからだわ!!
レティシアはギランが自分を評した台詞を思い出し、両手で自分の顔を包んだ。
こんなに顔が熱いのだから、きっと頬が真っ赤になっているはずだろうと。
「レティシア!!ああ、あなたは可愛いわ。それは真実よ」
「そうよ。意地悪なリイナを叱ってあげるわ。泣かないで」
「ほら、ほら。おばさんがプリンを作ってあげるから!!」
叔母様達ったら、私をいくつだと思っているのかしら?
レティシアは顔から手を外し、自分を囲む叔母達を見上げた。
叔母達はレティシアを囲んでいるが、レティシアを見てはいなかった。
レティシアは叔母達の視線の先を見る。
「やめっ、やめてよ!!」
「悪いことしか言わない口は、こうよ、こう!!」
ヴェリカはリイナの口を、言葉通りひねり上げていた。
リイナが自分よりも拳一つ背が低いヴェリカに好きなように抓られているのは、リイナの左手首がヴェリカの左手によってしっかり握られているからである。
あの握り方は、物凄く痛いことをレティシアは知っている。悪い男の手首をひねり上げる方法と、デビュー前にレティシアが兄達に教えて貰ったものと一緒なのである。
ダーレンったら、なんて恐ろしいことをヴェリカに教えているの!!
「まあ。ヴェリカったらいい子ね」
「思ったよりも元気な子で良かったわ」
「子供みたいなところがダーレンがきっと気に入ったのね。幼い頃のあの子は従弟の面倒を見ていたみんなのお兄ちゃんでしたものね」
「あら、今もそうよ」
叔母達はヴェリカがリイナの口元を可愛くひねっているだけにしか見えないらしい。
あれは本当に痛いと思うわよ?
レティシアこそ仲裁に入ってヴェリカの暴力を止めねばならないはずだが、ダーレンが傷つけられてきたことを考えたらヴェリカを止めない事に全く罪悪感など湧かなかった。
ダーレンに対して共感が増しただけである。
ダーレンがヴェリカの好きにさせているのは、小さなヴェリカが自分よりも大きな人をやっつける光景が可愛いとひたすら思っているからかもしれないわね、と。
「痛い、痛いって。あなたはなんて酷い人なの!!」
「酷い人間はあなたこそよ。ダーレンはあなたに酷い事をされて、もっと痛かった。きっとリカエルだって痛かったはずだわ。それにね、あなたはお金お金と言うけれど、ダーレンにお金が無くっても私は良いの。彼は何も持たなくっても私を守って助けてくれるもの!!」
「よ、よく言うわ!!その宝石のついたピンは、王都でダーレンに買って貰ったものでしょうよ!!あなたはダーレンの財力に惚れただけでしょう」
「あら、これは母の形見なのよ。お母様はクーベリ家の令嬢でしたの。ご存じ?ガーネット鉱山で有名なクーベリ家よ」
「嘘つき!!ガーネットが緑のわけ無いわ。それはエメラルでしょう!!」
「あら、宝石もご存じないの?あ、る、の、よ。ダーレンの瞳色みたいな緑のガーネットが」
「もうおやめなさいな」
ヴェリカを窘めたのは、リカエルの母だった。
彼女はリイナを拘束するヴェリカの手をリイナから外すと、ヴェリカの右手をそっと両手で覆った。まるで感謝を捧げる人のようにして。
「ダーレンとリカエルの気持を分かって下さってありがとう。体が大きくて頑丈そうでも、ちゃんと繊細な心を持っていることを知ってくださってありがとう。ええ、リカエルこそこの噂に傷ついていたの。何とかならないかなって思っていたわ。だから、あなたがダーレンを愛してくれてありがとう」
「そう、そうよ!!ダーレンがあんなにゆるっとしているのは幸せだからだわ。悪女に騙されたなんて勘違いも甚だしいわ」
ナタリアに追従するようにシェリルも声をあげてヴェリカのもとへと走り、そのあとをキャサリンとクリステルが続く。
「歓迎するわ。ヴェリカ。お母様の形見って、形見ってことよね。うう」
「泣く前に言ってあげなきゃ、キャサリン。私達がお母さんの代りになってあげるから困った時は相談するのよって」
「ああ、そうだった。そうだった。キャサリンとクリステルの言う通り。リュシエンヌも亡くなってるんだから、領主館の差配をヴェリカに教えてあげられる人がいなかったじゃない。あなたは私達から教えを乞いたかったはずよね」
レティシアは何が起きているのかと不思議になりながら、一人だけぽつんと離れて突っ立っていた。
四爺の妻達が四婆と化している。
彼女達は完全にヴェリカの姑の気分となっており、しかし、手芸店に入った瞬間と比べ物にならない程にヴェリカに友好的となっていた。
これはダーレンが望んだ友好的解決かもしれないが、レティシアはなぜか不安ばかり増していく。
それは、ヴェリカが子供みたいな顔付でキャサリン達に囲まれているだけであるからだろうか。
まるで、母親の言い聞かせを素直に聞いている子供の姿だ。
ヴェリカが?
「もう心配いらないわよ。私達があなたのお母様がわりになってあげる」
キャサリンの台詞によって、ようやくレティシアははっと気が付いた。
今まで姑がいないという気楽なお嫁さんだったのに、一瞬にして四人もの姑に囲まれる新婚生活に成り代わってしまったのだと。
私は、……ヴェリカに何もしてあげられないわ!!
レティシアは親友に対して、ごめんなさい、と心の中で手を合わせた。
四爺を一人で何とかしているリカエルの手腕を凄いと思いながら。




