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外に出たら君に頼むな?

 レティシアはヴェリカを連れて手芸店に入った。

 カランとドアベルが鳴り、店内の買い物客が一斉にレティシア達へと振り返る。


 レティシアは、失敗した、と心の中で呟く。

 四爺の妻達だけでなく、リイナ・ハレーシアだったリイナ・ファルネルと彼女の母ハレーシア夫人もそこにいたのだ。


「あら、お久しぶり。レティシア。婚約破棄されただなんてお辛いわね」


 口火を切ったのはリイナだった。

 レティシアは瞬間的に、失礼なのは相変わらずね、とリイナに思った。

 彼女は五年前のダーレンの婚約者になりかけの意識でレティシアに話しかけて来たが、当時社交界デビューをしていない十三歳のレティシアでさえその上から見下す話し方には辟易していたのだ。


 ――それだけじゃない。と、レティシアはリイナを忌々しく思った。

 五年前のダーレンの顔から包帯が取れてすぐのパーティにて、リイナはダーレンと顔を合わせるや、悲鳴を上げて気絶する真似事をしたのだ。本人は愛する人の怪我に心を痛めた繊細な令嬢のつもりだっただろう。


 ダーレンに介抱して貰って、それで婚約者となりあがるつもりだったの?

 ダーレンが傷つかないと思って?


 浅はかなリイナの思惑通りに事は運ばず、リイナを抱き留めたのは彼女の取り巻きの一人であり、ダーレンは彼女の取り巻き達によって会場から追い出されたのがその夜の顛末だ。


 その後、リイナは自分が引き起こした騒ぎで衆目を浴びたことで、自分を抱き留めていた男と結婚しなければいけなくなった。そこで反省してその男と幸せな家庭を築けば良いものを、彼女は自分以外がダーレンの妻になることが許せず、くだらない噂を流したのである。

 

 ダーレンと結婚を望むのは、財産目当てのあばずれ。

 


「ごきげんよう。ファルネル夫人」


 レティシアは罵倒したい気持ちを抑えて笑顔を作り、それ程仲が良くない女同士がするような挨拶をリイナに返した。それから、自分とヴェリカが連れだっている姿に一様に目を丸くしている四爺の奥方達へと笑顔を向ける。


「叔母様達もお買い物?私は今年はヴェリカ様と一緒に刺繍が出来ることが嬉しいの。彼女は王都でも私に優しくしてくれた私の親友ですのよ」


 レティシアの横にいたヴェリカは、レティシアの親友だという言葉が真実だという風に、とても可愛らしく微笑みながら淑女の挨拶を叔母たちに向ける。


 ヴェリカが頭を下げたことで、外出用の小さな帽子を髪に止めている小さなピンがきらりと光る。ダーレンの瞳の色に似ている宝石が付いているピンで、レティシアはダーレンからの贈り物なのかと考えた。


 ヴェリカの付けている帽子止めがダーレンに愛されている証拠だと思った時、ギランがレティシアから遠ざかったのはそんな愛の証拠をレティシアに贈れない自分を悲しんだのだろうかと思った。


 私はあなたがいれば何もいらないのに。


「あの、叔母様達?」


 ヴェリカの珍しく動揺した声にレティシアがハッとすれば、いつもは気さくなはずの叔母達から挨拶が返って来ていないのだ。

 レティシアは何が起きたのかと目を見開くばかりである。

 叔母達は気まずそうにして、もじもじするばかりなのだ。


「あら。叔母様達はヴェリカ様とのご挨拶は済んでいらっしゃらなかった?私はてっきり、ダーレンからとっくに紹介を受けていると思ってたわ。それでは大変。今すぐ皆様をヴェリカ様に紹介させていただきますわ!!」


 レティシアは慌てながらヴェリカに振り返る。

 ヴェリカは気を悪くしているどころか、楽しくて堪らない、という無邪気な笑顔をしており、そのせいでさらにレティシアの脳内で危険警報が鳴り響いた。


 私が何とかしないと血の雨が降る!!


 町に出る直前にレティシアがダーレンから耳打ちされた事によると、ポット事件の召使い達はヴェリカに対し、レティシアがやったことだと使用人達の情報網に流すと、ヴェリカに脅しをかけて来たのだそうだ。


 評判を大事にする貴婦人ならばこれで脅し返せると、誰かに知恵をつけられてのそれだろうとダーレンは見立てている。


「いいんですかあ?馬鹿にしてる虫けらだってお喋りできるんですよ」

「そうそう。あのぼんやり間抜け女に変な評判を足したくなかったら、ちゃあんとあたしらに謝罪してさ、それなりのものを包んで貰わないと、ねえ」


「あらそうね。私が間違っていたかもしれないわ。では、お水をどうぞ」



「あいつは、あいつを脅迫してきたメイドに虫の入った水入りグラスを差し出したんだ。これが何か何も知らなければこれは飲めますわよね?と。あの虫は毒虫だった。飲めるはずなんか無い」


「え、あの黄金虫は毒虫だったの?」


「毒ハンミョウだ。いいもの見つけたってヴェリカは拾っちゃうはずだな」


「それで、あの子達は不在だったのね。死体を隠すためにあの馬車だった?」


「阿呆。夜逃げだ。あいつは水の入ったグラスを前に震えるだけの女中にさらに追い打ちをかけた。飲めないってことは罪を認めたという事ですね。そうだ、強盗狙いで主人に毒を仕込む女中がいるって噂をご存じ?その女中の名前があなた方と同名だったら怖いわね。間違って縛り首にされたら大変――のぞき見していた俺はちびりそうだった」


「ど、どうして外出前にそんな話を?」


「あの女達が夜逃げしても俺にはどうでも良かったが、リカエル達の母は困る。特にリカエルの母(ナタリア)が実家に帰ったらリュートがうるせえ。俺が困る。俺は君に頼んで良いかな」



 町に出る直前のダーレンとの会話を思い出したレティシアは、今はドラゴネシアの女の代表の自分が何とかしなければと焦った。


「え、ええと。こちらの方がリカエルのお母様のナタリア様です。リカエルとそっくりでしょう。それでこちらから、キースのお母様のキャサリン様、ガムランのお母様のクリステル様と、ベイラムのお母様のシェリル様……です」


 四爺の妻達を紹介しながらレティシアの口調が重くなったのは、レティシアこそ彼女達がヴェリカを警戒している理由に思い当たったからである。


 ナタリアはリカエルの貴公子ぶりがわかるほどに、今も細くて美しい方だ。おくれ毛に白髪も見えるが焦げ茶色の髪は艶やかで若々しく、未だに夫であるリュートが恋女房と自慢しているだけある。


 だが他の面々は、ドラゴネシアの老けた女達でしかなかった。


 明るい茶色の髪に健康的な肉付きの良い体つきで、顔立ちだって悪くはないが、全員が不格好な中年女性にしか見えないのだ。


 レティシアは、叔母達が王都の自分の母や兄嫁達とは違うと、彼女達をヴェリカに紹介しながら初めて思ったのである。

 そこでレティシアにとある考えが浮かんだのだ。


 もしかして、レティシアが自分を巨大女で不格好だと思い込んでアランからの不誠実に我慢するばかりだったように、彼女達は自分達を不格好だと思い込んでいるから、だから、美しいヴェリカに対して意味無く反発してしまう?


 ヴェリカがダーレンにこの上なく可愛がられていることを、彼女が美しいからだと、羨ましい妬ましいと、素直に祝ってあげられなくなっているだけ?


 これは、自分が伯爵家での茶話会から逃げ出したあの時と一緒なのでは、と。


「お、叔母様方!!今日の私をどう思いまして?綺麗になったでしょう。今着ているこの外出着は以前と同じものですが以前とは違うのです。ヴェリカ様の紹介のドレスデザイナーが、外に出たいならせめて、と私のドレスの余計なものを剥ぎ取ってくださりましたの」


「き、急に、どうなさったの?レティシア?で、え?無駄なもの?」


「ええ。キャサリン叔母様。私は余計な鎧をたくさんつけていたようですわ。彼女によってドレスをシンプルにしてもらったら、自分が華奢で綺麗に見えるようになりましたの」


 まだそこまで自分を見直しては無いけれど、と、レティシアは嘘を吐いた事を心の中で神様に懺悔しながらも、言葉を続ける。


「これもみんなヴェリカ様のお陰だわ」


 これは真実。

 さあ、あの日の茶話会のように、ヴェリカに皆を魅了してもらうのよ。

 レティシアがヴェリカに振り返ると、ヴェリカは幸せいっぱいの笑みを顔中に浮かべており、レティシアに感謝ばかりの視線を捧げる。


 君に頼んでも良いかな?


 私、ダーレンの期待に応えられたみたいね。

 レティシアは頼られて応えられた経験に、初めて自分をとても誇らしく感じた。

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[気になる点] リイナが唐突に出ていて、どんな人か全くわからないままで混乱してます
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