君から破棄してくれないか?
「君との婚約を破棄したい。君から婚約の破棄の申し出をしてくれないだろうか」
レティシアは呆然とするばかりである。
アランから別れを切り出されるか、今までの不誠実についてアランから謝罪を受けるのか、レティシアはそのどちらかだと思ってアランに促されるまま会場を離れて人気の無い場所に移動していた。
それこそ、彼の評判が少しでも保てるように、との彼女の配慮である。
それなのに、これ?
アランは私のことなど何一つ考えてはいなかった、のね。
彼は、大きな影響力を持つドラゴネシア一族であるレティシアとの破談を、レティシア一人の責任にしてしまおうと企んでいただけだった。
彼女の脳裏で、彼女に向かって婚約を願い出たアランの姿が思い出される。
金髪の巻き毛をキラキラさせて、天使のような水色の瞳でレティシアを照れたようにして見つめながら、彼女が夢見た王子様みたいに彼女に跪いた。
「僕と結婚してくれないか?」
あの日のレティシアは天にも昇る気持ちだった。
アランはパーティでレティシアを見かければ、必ず気さくに話しかけてくれ、必ずダンスに誘ってくれた人でもあった。そんなアランに対し、レティシアが彼を自分の王子様と思い込み彼に恋してしまうのは、何らおかしくないどころか自然な流れてあっただろう。
婚約成立した翌日から、アランは以前のような甲斐甲斐しさが無くなったわね。
レティシアはアランの行動の意味が解らないと、彼を見返す。
レティシアに真っ直ぐに見つめられた男は、気まずさも何もない、そんな感じで当たり前のことだろうという風に言葉を続ける。
「レティシア、君は強い。私は私が守らねば生きていけない人を守りたいんだ」
レティシアは咄嗟に自分の両肩に両手を当てる。
アランの言葉によって、王宮に向かう前にダーレンに言われた言葉を彼女は思い出したからだ。
「なんだ?最近は女も鎧を付けるのか?」
ダーレンは勝手知ったる我が家としてレティシアの部屋に入って来て、そしてレティシアの飾り袖を鎧と言い切ると、それを無理矢理外させた。
「お前の肩の形は良いものなんだ。隠すな!!」
ダーレンの台詞は久々にレティシアを幸せにして、レティシアは自分でも鎧にしか思えなかった飾り袖を脱ぎ棄てた。だが、アランの台詞で考えれば、ダーレンが言う良い肩とは良い戦士の肩であったかもと彼女は思ったのだ。
それで彼女は自分の肩を抱き、羞恥で顔も上げられなくなったのである。
アランの酷い台詞に言い返す気力だって失せている。
今やアランの腕には、信奉者にいつでも囲まれている、誰よりも可愛らしいと評判のララ・フローラがしがみ付いているではないか。
自分と全く同じドレスを着て。
どうして同じドレスを着ているのだろうと思考が止まると、アランはレティシアを散財者と罵った。
似合わないものに高い金を出す女は無駄ばかり、と。
「そんな。王が主催する会に着るドレスは新品でないといけないだけで、私はそんな散財など。それよりも、あなたがドレスをその方に買って差し上げていた行為こそ領民への無駄使いではありませんの」
「似合わないドレスを買う君こそだろう。ララは困っていた。困っている淑女を助けるのは紳士の役割だ」
「アラン様ったら。似合っていないなんて、そんな正直に。わるい人」
「だってそうだろう。いくら流行でも、ぜんぜん似合っていない。普通は仮縫いやらするところで気が付くだろう?私はね、君のそんな主体性の無さにもウンザリなんだ。会話も弾まない。愚鈍すぎるよ、君は」
レティシアはただただ悲しかった。
悲しくて涙が零れそうなことを我慢するしか出来なかった。
ああ、こんな醜い自分だから。
「泣く前に動いてよ。もーう。あたしたちを祝福するって約束して下さればいいのよ。アランのお陰でいい夢が見れたのでしょう。ね、その感謝として身を引いてくださいな。あなたが悪かったと、ちゃんと皆に言ってくれればいいから」
「悪かった?それはお猿さん達を放し飼いしていたことかしら?確かにこれはあなたの責任よ。レティシア様。お猿さんにはちゃんと躾をしませんと図に乗るばかりですもの」
「何だ君は!!関係のない人は遠慮してくれないか?」
レティシアは初めて聞く声に驚き顔を上げると、アランが見ず知らずの女性に高慢そうな顔と言葉を放ったところだった。
しかし女性の方はアランに対してさらに高慢そうに鼻で笑い捨て、さらに女王様よりも偉そうに顎を上げた。
レティシアはそれだけで初対面のその女性に見惚れてしまった。