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君とだけは結婚しない

 ギランジーノと結婚したいと、レティシアは兄に向かって大声をあげていた。


「彼と結婚します!!それが私の望みです!!」


「そいつは結婚など考えていないと言っている」


「でも私は結婚したいです。ドラゴネシアになりたいのが彼の夢ならば、私は彼と結婚して、彼をドラゴネシアにして差し上げます」


 彼を守りたい。

 彼が私を愛していなくとも、私が愛しているならば、彼が望む家族、ドラゴネシアを彼に捧げたい。

 そればかりだった。

 地面に両手をついて動かなくなったギランにしがみ付いてレティシアは叫び、だが、ギランは顔さえもあげず、できない、と苦しそうに呟いた。


「ジーノ?」


「君とは結婚できない」


「妹にここまで言わせて!!揶揄ったのか?遊びで誘惑しただけか?貴様は俺の大事な妹を弄んだだけか!!」


 ルーファスは激高したが、レティシアは呆然とするばかりだった。

 あなたはドラゴネシアの一員になりたかったのでは?

 リカエルや兄の言う通りに、そのために私を誘惑していたのでは無かったの?


「申し訳ありませんでした。俺は夢を見たかっただけです。私生児でしかない、何も持たない俺が、レティシア様のような尊い方を手にできるとは思ってません。夢を見たかっただけです」


「ギラン?」


 私はギランから聞いた彼の生い立ちと、リカエルから聞いていたギランの事情の切なさに、涙が零れるばかりだ。

 何も無い彼。

 美貌を失えば近衛の職を失うからと、軍功をあげられる死地を求めていた哀れな兵士。


「愛のない結婚をレティシア様に強いることなどできません」


 レティシアはギランが、できない、と言った理由を理解した。

 するしか無かった。

 ギランを愛してしまった今、レティシアこそ他の男性との結婚など考えられなくなったのだから。


 リカエルが私と子作りできないって言ったあれ、その通りよ。

 私は彼じゃないとそれは嫌だわ。

 彼だって愛する人以外じゃ嫌なはず。

 でも。


「愛が無くても家庭を持てるのでは無くて?私とあなたは友達になったのでしょう。子供を持てない夫婦でもそれなりにやって行けるのでは無くて?」


「はは。そうか、君は友人としか俺を想って無かったか。――君が俺と結婚しても良いと思うのは、俺が哀れだからという単なる憐憫か?」


 ギランが出した声は、地獄の底から聞こえた様な低くて暗いものだった。

 レティシアは驚きたじろぎギランを抱く腕が緩み、ギランはレティシアの腕があ外れたことに連動するようにゆっくりを上半身を起こす。


 顔を上げたギランは、レティシアを見据えた。

 忌々しいもの、のようにして。

 そうではない。

 そうレティシアが思い込むほどに、ギランは傷つききった自分をさらけだした顔付となっているのである。


「ジーノ」


「俺が身の上を語ったのは同情を貰うためじゃない。俺を知ってもらいたかった。これが俺だと、単なる俺だと、ただそれだけを知って欲しかった。俺が君から欲しかったのは、優しさの施しではなく、愛だった。何も持たない俺は君と結婚など出来やしない。だから、ほんのひと時のたわいもない夢だけが欲しかった」


 レティシアは頭をガツンと殴られたようだった。

 彼はレティシアを愛しても自分にはレティシアに捧げられるものが何一つも無いから、レティシアとの楽しい思い出だけが欲しかったのだと言っているのだ。


「初めて君を見つけた時、なんて綺麗な子だと思った。話しかければ、なんて可愛らしくて気立ての良い子なんだろうと思った。俺は毎日君を探し、今日も君が似合わないドレスを着て、一人ぼっちでいてくれて良かったと思った。俺は君に話しかけられる。俺は君をダンスに誘える。俺はそれしかできない男だ。家も無ければ財産も無い。君に与えられるものなど何もない。婚約者ができた令嬢には話しかけてはいけない決まりだ。君を求める俺にせめてできることとして、君の家族の一大事に駆け付けたが、結局足手まといの無駄足でしか無かった」


 ギランの告白によって、彼女の脳裏にはギランとの逢瀬がいくつも浮かんで、さらに彼女を追い込んでいった。



「二曲後の俺と踊ってくださいますか?」


 レティシアはギランにはいと答える。

 人気者の彼には次と次の次のダンスに予約があるのだとわかっていたから。

 しかし彼は彼女の了解を取ると、そのまま彼女の横に立ったのだ。


「二曲分の時間だけ、あなたの横に立つご褒美を」



 そんなやり取りばかりだった記憶が、レティシアに訴えるのだ。

 ずっと誠実だった彼の心を、どうしてお前は一度たりとも見なかったのか。

 自分が傷つきたくないばかりで、お前はどれほどギランを軽んじ彼の心を傷つけてしまっていたのか、と。


「ジーノ」


「君が隣にいる時だけ、俺は一人じゃない夢が見れた」


「ああジーノ」


 ギランは身を屈め、レティシアの額にキスをした。

 彼は泣き出しそうな微笑みをレティシアに向ける。


「俺は騎士で良かった。騎士は貴婦人にキスを捧げても罪にはならない。騎士とのキスは貴婦人の汚れにもならない」


 ギランは立ち上がる。彼はレティシアではなくルーファスに向き合い、今度は立ったままだが、再びルーファスに対して深々と頭を下げた。


「申し訳ありませんでした。二度とレティシア様には近づきません」


「そうしてくれ。お前みたいな腰抜けはドラゴネシアにはいらない」


「お兄様!!」


「うるさい!!帰るぞ!!」


 ルーファスはレティシアを乱暴に引き立たせると、有無を言わせずに、抵抗など出来ないぐらいの力の強さで、レティシアを歩かせる。

 レティシアは兄に引っ張られながらもギランへと振り返るが、彼は頭を下げた姿勢のまま微動だにしない。


 それは、彼がレティシアに対して絶対に動かない、その意思を示していた。

 絶対にレティシアとは結婚しない、そんな意志だ。


 彼は何も持っていない人だから。

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