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あいつには近づくな

 リカエルはレティシアの腕を掴んでずんずんと歩く。

 これが小柄なヴェリカだったら、すでに歩けなくなって引き摺られてしまっているだろう、とレティシアは考え、普通に歩けている自分だからこそ大事にされないのかなと、大柄な自分が悲しくなった。


「あなたは女性にはいつもこんな振る舞いなの?」


 レティシアを引っ張っていたリカエルは足をピタッと止め、レティシアの腕から手を離した。


「――悪かった。苛立ったからって、酷い振る舞いだったな」


 レティシアは不機嫌そのもののリカエルの顔を見つめ、彼だってもギランのことを憎からずと思っていたのでは無いのかと思い付いた。

 男性間の恋愛など認められない。

 だから互いに想い合っているのに叶わず、そんな中、好きな人が結婚が可能な女性の隣に親密そうに座っていたら?


「ごめんなさい。浅はかでした」


「君はすぐ謝りすぎる。君は悪くない。悪いのはあいつだ」


「リカエル」


「――あいつは庶子なんだそうだ。子爵家の人間だが、その家の養子にもなっていない。爵位どころか財産も、いいや、実家さえない、何もない男なんだよ」


「え?」


「あいつはね、それで実戦経験を積みたくて仕方が無いんだ。近衛のままじゃ美貌を失ったらそこで終わり。だが、兵隊として生きていけるならば、軍部で出世していける。なのに近衛だ。このままじゃ実戦など一生体験できない。あいつは本当の戦場に出て英雄になることを夢見る阿呆だ」


「でも。ドラゴネシアの男達だって武を誇っているじゃない。彼ばかりを阿呆って、ひどいわ」


「俺達は好戦的なわけじゃない。逆に戦闘から逃げられるだけ逃げる。だから生き残っているし、部下を失わずに済んでいる」


「リカエル?」


「あいつはドラゴネシアになりたいんだそうだ。ドラゴネシアの女と結婚したら、嫌でも頭数に入れられて戦場に放りなげられる、なんて、言った俺が馬鹿だった」


 レティシアはそこでリカエルが、ギランにわざわざレティシアがまだ婚約中だと言い放った理由に気が付いた。

 婚約中は嘘ではない。

 アランとの婚約破棄の話合いの日時についてグラターナ侯爵家とこれから交渉中という状態なのだ。だが、ドラゴネシアでは婚約破棄は確定事項であるからして、レティシアにもしも縁談が来たら婚約者などいないと絶対に言うはずなのだ。


「彼は私と結婚してドラゴネシアになりたかった?それで、私を探して声をかけて来たっていうことなの?そうよね、そうか、納得したわ」


 異性どころか同性の輪にも入れない自分だ。

 誰とでも仲良くなれるヴェリカの姿に悲しくなって中庭の奥に逃げた自分に、素晴らしきギランが純粋な好意を寄せるはずは無かったでは無いか。


 ギランが話しかけてくれたことを無邪気に喜んでいたほんの数分前の自分がむなしくなり、レティシアは言うべきでないことをリカエルに言ってしまっていた。


「私自身を欲しがってくれる人などいないものね」


 リカエルは、ハアと大きく溜息を吐く。

 そして、なんと、レティシアを抱き締めたのだ。

 レティシアはリカエルの腕の中に入った瞬間、自分の体がとっても小さい、そんな錯覚に陥って驚いた。

 まるで父親に抱きあげられた子供時代の感覚だ。


「リカエル?」


「君を傷つけて悪かった。だが違うよ。俺が伝えたい意味は、違う。それから、俺は君が凄く可愛い。だけどな、妹なんだよ。妻にするようなあれやこれやは君にできないよ。君は出来るか?俺と、子作り、できるか?」


 確かにできないと、レティシアはリカエルの腕の中でくすくす笑う。

 自分こそリカエルに抱きしめられて胸が高鳴るどころか、父親との抱擁と同じに安心してしまうだけなのだ。


「笑うな。俺もダーレンも悩んだんだぞ。可愛い君を幸せにしたいのに、俺もダーレンも君が妹にしか見えないんだ。俺達と結婚したら、君を幸せにするどころか、一生処女の修道女にしてしまうだけだ」


「じゃあ私が誰と結婚しようといいじゃないの。アランと違って私を尊重して下さる方なら喜ばしい相手だわ」


 リカエルはレティシアの両肩に手を当て、ぐいっと自分から遠ざけた。

 そしてレティシアの瞳を覗き込んだ。

 リカエルの瞳が陰りばかりなのは、彼の瞳がダークグリーンだからではない。


「リカエル?」


「君が選んだ相手ならば文句は言わない。だがギランだけは止めろ」


「ドラゴネシアになりたいだけだから?でも、アランと違ってドラゴネシアのもしもに参加できる彼ならば、ドラゴネシアには得難い婿ではなくて?」


「得難い?君は未亡人の人生こそ欲しいのか?」


「リカエル?」


「あいつは初陣で死んじまうよ!!」


 リカエルは吐き捨てるように言い捨てると、再びレティシアの腕を掴み、今度はレティシアが何を言っても止まらない勢いで館に向かって歩き出した。

 口元をきつく閉じているリカエルの横顔は、耐え難いものに耐えているそれで、レティシアはリカエルの気持が、ギランを死なせたくない、それなのだと思った。


 互いに想い合っているが互いの気持がわからない相思相愛なのね。

 ギランは一族になることでリカエルに寄り添いたいと望み、リカエルは愛した人が死んでしまう事だけは避けたい。


 なんて悲劇なの!!


 レティシアは彼女が考える報われない恋人達に対して、涙をこぼすしか出来なかった。

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― 新着の感想 ―
[一言] 道ならぬ恋を応援する少女としてレティシアは覚醒か。つまり腐女子。 あれ?結婚してからも妻から男同士の恋愛を応援されるのでは?まあ、王都の貴公子と、田舎の貴公子の道ならぬ恋、なんてその道の同好…
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